ビジネス小説
52件の記事
止まれない男と、立ち止まった男
営業部の朝礼が終わると、課長の片桐は自席でため息をついた。
今期、部内のSNS施策を任された若手の宮本が、また問題を起こしていた。自社のビジネスアカウントに、競合他社を名指しで揶揄する投稿を上げたのだ。
「片桐さん、見ましたか。リツイートが三千超えてますよ」
宮本は端末の画面を見せながら笑って...
需要の在処
中堅化粧品メーカー「彩花堂」のマーケティング部長・三島聡は、午後の会議室で壁一面のホワイトボードを見つめていた。そこには新規事業のコンセプト案が三つ並んでいる。いずれも、三島の上司である常務・大河内の肝いりで進めてきたものだ。
「若い女性の肌コンプレックスを喚起するSNSキャンペーンと連動した美白...
拍手の設計者
瀬川拓人が「クラップ」を立ち上げたのは、二十八歳のときだった。
社内コミュニケーションツールに搭載した「拍手ボタン」は、同僚の仕事にワンタップで称賛を送れるシンプルな機能だった。メールで礼を言うほど大げさでもなく、何もしないほど冷たくもない。ちょうどいい距離感の承認——それが瀬川の着想だった。
...
三つの財布
経理部の水野真紀は、予算会議の資料を前に眉をひそめていた。
社員研修プログラムの年間予算が、昨年比で二割も増えていた。提案者は人事部の佐伯課長。水野が経理として異動してきてからまだ四か月、社内の力学はまだ読みきれない。だが数字の異常は見逃せなかった。
「佐伯さん、この外部講師の費用なんですが。一...
一ミリの隙間
新製品の企画書を前にして、園田美咲は三度目のため息をついた。
マーケティング部の主任に昇進して半年。任されたのは、老舗食品メーカー「丸星フーズ」の新ブランド立ち上げという大仕事だった。美咲はこの仕事に全身全霊を注いでいた。企画書の文言を何十回も書き直し、プレゼン資料のフォントサイズを一ポイント単位...
伝え方の温度
製造業の中堅メーカー・丸栄精機の品質管理課に着任した新任課長の桐生和也は、着任早々、部下たちの仕事ぶりに頭を抱えていた。
前任の課長が「のびのびやらせる」方針だったこともあり、報告書の書式がバラバラ、検査手順の省略も散見される。桐生は前職で徹底した品質管理を実践してきた自負がある。このままでは取...
映える会議室
高木翔太が中堅Web制作会社・クロスフィールドの広報チームに異動してきたのは、三十二歳の春だった。
前任の広報担当が突然退職し、後任として白羽の矢が立った。社長の柴田から「うちのSNSアカウント、フォロワー三千人止まりだろう。一万人にしてくれ」と言われたのが最初のミッションだった。
高木はま...
声の重さ
システム開発会社ネクストウェーブで、チームリーダーの黒田俊一は六人のエンジニアを率いていた。その中で最も頼りにしていたのが、入社五年目の園田健太だった。
園田は口数こそ少ないが、納期前のトラブルでも黙々とコードを書き続け、チームを何度も救ってきた。黒田にとって園田は「放っておいても大丈夫な人間」だ...
正しい側の人
営業企画部の小野寺洋介は、自分が正しいと信じていた。
社内の人事評価制度が改定され、マネジメント経験よりもプロジェクト成果を重視する方針に切り替わった。結果、現場でプロジェクトを回してきた若手や中途入社の社員が次々と昇格し、十五年間コツコツと積み上げてきた小野寺は据え置きのままだった。
「これは...
通りの灯
商店街「さくら通り」で三十年、定食屋「まるよし」を営む関口正志は、朝五時に起きて出汁を引くことから一日を始める。妻の和子と二人、十二席のカウンターを切り盛りしてきた。常連は近隣の工場やオフィスで働く人たち。派手な店ではないが、昼時には行列ができることもあった。
異変が起きたのは、市の中心部で大規模...
マニュアルの外側
総務部の吉岡真帆は、入社三年目にして社内規程の見直しプロジェクトのリーダーに抜擢された。三十二歳の彼女にとって、それは嬉しくもあり、重い任務でもあった。
きっかけは、社員アンケートだった。「社内ルールが多すぎて息苦しい」という声が、回答の四割を占めていた。服装規程、備品の使用ルール、会議室の予約手...
エースの死角
営業部のエース、鳴海拓也は今期も全社トップの成績を叩き出していた。入社七年目、三十一歳。明るい笑顔、論理的な話術、そして誰もが認める行動力。クライアントからの評判も抜群で、「鳴海さんに担当してもらえてよかった」という声が社内に届くことも珍しくなかった。
だからこそ、鳴海には不満があった。
月曜の...
十人の声
営業企画部の永瀬真紀は、自席のモニターに映った数字を見て、思わず唇を噛んだ。
参加申込数——七名。
生活雑貨メーカー「ハルノ工房」が初めて企画した顧客交流イベントまで、あと二週間。社内で大々的に告知し、SNSでも拡散したのに、反応はこの程度だった。
「永瀬さん、集まり具合はどうですか」
声を...
隣の席の距離
営業一課と営業二課の統合が決まったのは、六月の末だった。
業績の伸び悩みを背景に、会社は組織のスリム化を進めていた。統合後の新チームを率いることになったのは、営業一課の課長・片桐雅彦、四十二歳。部下は十二人になる。
片桐は統合初日、全員をひとつの島に集めた。デスクを寄せ、ホワイトボードを共有し、...
休憩室の空席
総務部の村瀬洋介は、入社三年目にして初めて異動を経験した。営業企画部から経理部への配置転換。数字を扱う仕事自体に不満はなかったが、昼休みが苦痛だった。
経理部の休憩室には、毎日決まったメンバーが集まる。五人の女性社員と二人の男性社員。弁当を広げながら、社内の人事異動の噂や、上司の愚痴、週末のテレビ...
会議室の王様
「また部長が暴走してますよ」
営業企画課の田村真紀は、隣の席の後輩・安藤に小声でささやいた。会議室のガラス越しに、腕を振り回しながら熱弁をふるう柳沢部長の姿が見える。
柳沢部長は、三年前に外部からヘッドハンティングされてきた人物だった。前職では中堅メーカーの営業本部長を務めていたという触れ込みで...
三枚の名刺
システム開発会社の課長、高橋美咲は、週末になると別人になる。
平日の彼女は、チームを率いる冷静な管理職だ。部下からの相談には的確に答え、クライアントとの折衝では一歩も引かない。社内では「鉄の女」と呼ばれている。
しかし土曜日の朝、彼女は地域の子ども食堂でエプロンをつけ、配膳係として汗を流す。そこ...
失点の記憶
営業部の中堅社員、川島誠一は、三年前の記憶から逃れられずにいた。
当時、彼は新規事業チームのリーダーとして、会社の命運を賭けた大型プレゼンに臨んでいた。相手は業界最大手の製造会社。受注できれば、会社の売上は一気に三割増となる案件だった。
プレゼン当日、川島は完璧な準備をしていたはずだった。しかし...
三百のメモ
佐伯誠一は、付箋の山を見つめていた。
パソコンのモニター周りに貼られた黄色い紙片は、もう数えきれないほどになっている。「顧客データの可視化ツール」「営業日報の自動要約」「新人研修のオンライン化」——どれも会議中や通勤電車の中で思いついたアイデアだった。
「佐伯さん、また増えましたね」
後輩の村...
評論家の席
三十四歳の須藤健一は、営業企画部のデスクで資料を眺めながら、今日も何かが違うと感じていた。
大学時代は弁論部の部長として全国大会に出場し、入社後も三年連続で新人賞を受賞した。同期の中では出世頭と言われ、二十代の終わりには課長補佐に抜擢された。誰もが彼の将来を期待していた。
だが、三十歳を過ぎた頃...
自分だけの物差し
営業部の月次会議が終わると、会議室には重い沈黙が残った。売上ランキングがスクリーンに映し出され、上位三名には拍手が送られる。一方で、下位に名前が並んだ者たちは、足早に席を立っていく。
入社三年目の川島翔太は、自分の名前が下から四番目に表示されているのを見て、小さくため息をついた。
「また、あの位...
見えない天秤
「前例がないんですよ」
人事部長の声が、会議室に重く響いた。
総合商社・三栄物産の経営企画室で、主任の園田真由美は思わず拳を握りしめた。隣に座る同期の木村健太が、気まずそうに視線を逸らす。
議題は、次期プロジェクトリーダーの選出だった。
真由美と健太は同期入社。十年間、同じ部署で働いてきた。...
冷蔵庫に貼られた数字
「中学受験をしたい」
小学五年生の美咲がそう言い出したのは、夕食の片付けをしている最中だった。
中堅メーカーで営業部長を務める山本健一は、思わず手を止めた。妻の恵子も、食器洗いの手を止めてこちらを見ている。
「友達のあかりちゃんが塾に行き始めて、すごく楽しそうなの」
美咲の瞳は輝いていた。そ...
再生回数の向こう側
瀬戸内動画制作株式会社の会議室で、企画部長の村山は腕を組んでいた。目の前のモニターには、新人クリエイターの高橋が提出した動画企画書が映し出されている。
「これ、本気で言ってるのか」
高橋は二十四歳。半年前に中途入社してきた。前職は飲食チェーンの店員だったが、個人で動画投稿を始めて小さな成功を収め...
「とりあえず」の呪い
入社三年目の春、営業部の田村健太は上司の佐藤課長に呼ばれた。
「お前、今年の目標は何だ」
「えっと、とりあえず売上を伸ばしたいですね。まずは去年より上を目指します」
佐藤は眉をひそめた。
「とりあえず、か。まずは、か」
田村は何を言われているのかわからなかった。
「お前、その言葉を使って...
椅子のない部屋
川島誠一は、入社二十三年目の春に、自分の席がなくなっていることに気づいた。
出張から戻った月曜の朝、いつものフロアに上がると、見慣れたパーティションの配置が変わっていた。彼のデスクがあった場所には、フリーアドレス用の共有テーブルが置かれている。
「川島さん、三階の会議室Bに荷物まとめてあります」...
空っぽのノート
広報部の森川真希は、画面に映る白い投稿欄を三十分も見つめていた。
「今日も何も浮かばない」
会社のSNS運用を任されて二週間。フォロワー数を伸ばせと言われたものの、投稿する内容が思いつかない。同期の田中は営業成績でトップを取り、後輩の佐藤はプロジェクトリーダーに抜擢された。自分には何もない。発信...
谷底の営業部長
営業第三部の部長・宮本隆司は、自席のパソコン画面を見つめたまま動けなくなっていた。
午前中に人事部長から告げられた内容が、まだ頭の中で反響している。「来期の組織改編で、営業第三部は統合対象です。宮本さんには関連会社への出向を打診したい」
五十二歳。入社三十年。気づけば、会社に必要とされない人間に...
顔の向こう側
中堅IT企業ネクサスの人事部長・津田康彦は、最終面接に残った四人の候補者の履歴書を眺めながら、胃の辺りが重くなるのを感じていた。
新規プロジェクトのリーダー候補として、経営陣からは「将来の幹部になれる人材を」と厳命されている。しかし四人とも甲乙つけがたい経歴の持ち主だった。
「津田さん、ちょっと...
誰の責任でもない場所
神田の雑居ビル三階に入居する「クイックマッチ・ジャパン」は、飲食店と配達員をつなぐマッチングアプリを運営している。創業四年目、登録店舗は三千を超え、配達員は一万人に迫ろうとしていた。
経営企画部の村瀬康平は、その日の朝から気が重かった。SNSで炎上していた。配達員が商店街で高齢者と接触し、軽傷を負...
ツキを呼ぶ男
総務課の窓際に座る五十嵐哲也は、社内で「ツイていない男」として知られていた。入社十五年、異動の話が出るたびに直前で白紙になり、担当したプロジェクトは軒並み頓挫し、昨年は財布を三回も落とした。
「また外れたよ、社内ビンゴ」
五十嵐がため息をつくと、隣の席の若手、河野が苦笑した。
「五十嵐さん、い...
カメ組の名刺
入社七年目の春、藤原健一は自分のデスクで名刺を眺めていた。「営業三課 主任 藤原健一」。肩書きは三年前から変わっていない。同期の村田はすでに課長代理だ。
「藤原さん、会議室空いてます」
後輩の山下が声をかけてきた。今日は新規プロジェクトのプレゼン担当を決める会議だ。
会議室に入ると、課長の田中...
黄色いノート
三好修平は、自分の机の引き出しに手を突っ込んだまま、動けなくなっていた。
十二年前の手帳が出てきたのだ。黄ばんだページをめくると、若い頃の乱雑な字が目に飛び込んできた。
「自分のブランドを持つ」
その一行が、胸に刺さった。
三好は大手アパレルメーカー「クロスウェア」の営業部長だった。四十五歳...
地図のない航海
三崎誠一は、明和食品の営業企画部で三十二年間働いてきた。来月で五十七歳になる。
「三崎さん、例の件ですが」
隣の席の若手、田村が声をかけてきた。新規取引先との契約書類のことだ。三崎が下準備をし、田村が仕上げる。かつては逆だったが、役職定年で課長の肩書を外してからは、こうした補佐的な仕事が増えた。...
半分のコップ
営業三課の課長、村田は五十二歳になった日から、毎朝鏡を見るのが憂鬱になった。
「また増えたな」
白髪のことではない。額に刻まれた縦皺のことだ。いつの頃からか、村田の表情は険しくなっていた。部下の失敗に眉をひそめ、競合他社の躍進に舌打ちをし、本社からの無理な指示に唇を噛む。そんな日々の積み重ねが、...
窓辺の光
東京の渋谷にある広告代理店、クリエイトワークスで働く森下亜美は、入社五年目の二十七歳。地方の国立大学を卒業し、都会での成功を夢見て上京した。
朝は七時に家を出て、夜は十時過ぎまで会社にいる。それが日常だった。
「森下さん、明日のプレゼン資料、もう一回見直してくれる?」
上司の声に「はい」と答え...
見えない重荷
神崎運輸の中堅ドライバー、村瀬誠一は今年で運転歴十五年になる。四トン車から始め、今では大型の十トン車を任されている。無事故無違反。それが村瀬の誇りだった。
「村瀬さん、今日の配送、三十分前倒しでお願いできますか」
配車担当の若い社員が申し訳なさそうに言った。荷主からの急な依頼だという。村瀬は黙っ...
情報室の灯り
総合商社「丸和物産」の情報管理室は、本社ビル十八階の奥まった場所にあった。窓のない部屋に、青白いモニターの光だけが浮かんでいる。
室長の戸塚誠一郎は、この部屋で二十年を過ごしてきた。各国の政治経済動向、競合他社の動き、取引先の信用情報――あらゆるデータがこの部屋に集まり、戸塚の手で分析され、経営陣...
平台のない店
高野真澄は、創業四十年の老舗スーパー「丸高」の三代目として、二年前に社長に就任した。父から引き継いだ店舗は堅実な経営を続けていたが、近隣に大型ショッピングモールが開業して以来、客足は確実に減っていた。
月曜の朝礼で、真澄は営業部長の大島に問いかけた。
「先月のデータ、見ましたか。来店客数が前年...
響かない声
広告代理店ブライトハウスの会議室には、重苦しい空気が漂っていた。
「若い女性に刺さるメッセージって何だと思う?」
クリエイティブ部長の杉山は、壁に映し出されたスライドを見つめながら問いかけた。クライアントは大手アパレルブランド「フローラ」。来春のキャンペーンに向けた企画会議だった。
「やっぱり...
逃げ道という名の滑走路
入社十五年目の春、宮田智也は開発本部の窓際席で、真新しい辞令を眺めていた。
「北海道支社への異動ね」
開発本部長の声が、フロア全体に響いた。表向きは「新拠点の立ち上げ要員」だが、誰もが知っていた。先月の新製品プレゼンで、宮田が役員の方針に異を唱えたことへの報復だと。
「受けるしかないよな」
...
最後の一杯
青山の路地裏にある小さなバー「風見鶏」で、山崎達也は三十年間カウンターに立ち続けていた。
その夜、常連の大手広告代理店専務・川端が、いつもより早い時間に姿を見せた。
「マスター、いつもの」
川端はスツールに腰を下ろすと、乱暴にネクタイを緩めた。山崎は黙ってハイボールを差し出す。
「今日、つい...
刺激の檻
営業部長の沢村誠一は、四十五歳にして自分が「永遠の新規開拓者」であることに気づいていなかった。
彼の営業成績は常にトップクラスだった。新しい顧客を獲得する瞬間、沢村の目は輝いた。初対面の緊張感、相手の懐に入っていく駆け引き、そして契約成立の高揚感。その快感を求めて、彼は次々と新規顧客を開拓し続けた...
動かない迷路
企画部の須藤拓真は、会議室の窓から外を眺めていた。
午後三時。本来なら資料を作成しているはずの時間だ。しかし彼は、机の上に広げたノートを前に、もう一時間以上同じ場所に座っていた。
「須藤、まだ考えてるのか」
ドアを開けたのは、先輩の工藤だった。五十代半ば、入社以来ずっとこの会社で働いてきた人だ...
対等という距離
経営企画部の新人、水野翔太は、自分が優秀だと思っていた。
入社試験は二千人中三位。有名国立大学を首席で卒業し、在学中にはビジネスコンテストで全国優勝もした。周囲の同期と比べても、自分の能力が突出していることは明らかだった。
配属されたチームには、翔太のほかに三人のメンバーがいた。リーダーの木村、...
残りの時間
総務部の佐藤健一は、五十二歳になった朝、自分の人生を振り返っていた。
入社三十年。与えられた仕事を真面目にこなし、大きな失敗もなく、課長という肩書きを手に入れた。だが、会議室の窓から見える景色は、三十年前と何も変わっていなかった。変わったのは、自分の髪が白くなったことくらいだ。
「佐藤さん、新人...
これでいい
人事部の会議室で、山崎理恵は自分のプレゼン資料を見つめていた。
三十四歳。入社十二年目。同期の中では出世が遅いほうだ。今回の社内公募制度で、念願だった新規事業開発室への異動を勝ち取りたい。そのための面接が、明後日に迫っていた。
「山崎さん、資料見せてもらっていいですか」
隣のデスクの後輩、高橋...
逃げない理由
営業部の片隅で、橋本浩介は両手で頭を抱えていた。
来週の大型プレゼンテーション。相手は業界最大手のクライアントで、獲得できれば部の売上目標を一気に達成できる。だが、競合は老舗の大手コンサルティング会社。勝率は良くて一割といったところだ。
「やめてもいいんじゃないですか」
背後から声がかかった。...
ぬるま湯の中で
人事部の大森課長は、退職届を見つめていた。今月で三人目だ。
「また若手ですか」
隣の席の吉田が溜息をついた。
「ああ。入社二年目の藤本くん。一度も怒ったことないのに」
大森は頭を抱えた。三年前、会社は大きく変わった。パワハラ問題をきっかけに、管理職研修が刷新され、「心理的安全性」という言葉が...
指示待ちの壁
営業三課の課長、村瀬隆一は会議室の壁時計を見上げた。午後三時。今日も部下の佐野が報告に来ない。
「佐野、例の提案書の進捗はどうなってる」
声をかけると、佐野はびくりと肩を震わせた。入社四年目、真面目だが、いつも村瀬の指示を待っている。
「あ、はい。課長からの指示待ちでした」
「指示? 先週の...
熱くなれない人
営業企画部の村瀬は、三年目にして初めてプロジェクトリーダーを任された。新規サービスの立ち上げという大役に、周囲は期待の目を向けていた。
「村瀬さん、このプロジェクトにかける想いを聞かせてください」
キックオフミーティングで、部長の木島がそう水を向けた。会議室には八人のメンバーが揃っている。村瀬は...
一応、確認なのですが
会議室の空気が、目に見えて淀んでいた。
森山食品マーケティング部の新商品開発会議。テーブルには「次世代ヘルシースナック」と銘打たれた企画書が広げられ、部長の黒田をはじめとする七名が難しい顔で腕を組んでいる。
「で、結局どうするんですか」
開発チームの中堅、早川が沈黙を破った。十五年この部署で働...