マーケティング 11件の記事

無菌室の設計図

雑貨メーカー「コトハ」のデザイナー・三崎は、夏の新作トートバッグの図案に、半年を費やしていた。波と帆をかたどった藍色の幾何学模様。海辺の朝をイメージした、彼女なりの「気持ちのいい線」だった。発売初週で売れ行きは上々。三崎は久しぶりに、自分の仕事を誇らしく思った。 異変は四日目の朝に来た。SNSで一...
2026-06-23 08:51:02

見出しの釣り針

朝の編集会議で、高梨の記事はPVが部内最下位だった。地方の事務手続きにミスがあり、納付が十日遅れて数万円の延滞金が生じた――ただそれだけの、地味な記事である。 「内容は正確です」と高梨は言った。 「正確さは前提だよ」編集長は静かに返した。「読まれなければ、書いていないのと同じだ」 彼はホワイトボ...
2026-06-18 17:55:51

届く形

中堅商社・丸尾物産の情報管理室で、三宅は毎月たった一人、社内向けの「不審メール注意喚起」を配信していた。手口を丁寧に解説し、統計を添え、「身に覚えのないメールは開かないように」と結ぶ。文章は正確で、隙がなかった。三宅はそれを誇りにしていた。 だが、被害は減らなかった。先月も営業二課の若手が偽の請求...
2026-06-08 13:29:42

遅れてくる拍手

生活雑貨メーカー「コハル製作所」の小さな企画室で、佐倉はノートパソコンの数字をにらんでいた。三か月前、満を持して世に出したカトラリーのシリーズ。削り出しの柄に、半年かけて磨いた曲線が宿っている。自信はあった。あったからこそ、画面の数字が刺さった。 販売数、先週ゼロ。今週も、ゼロ。 「いいものなん...
2026-06-05 06:58:31

それしかできない、という強さ

三浦健介は会議室の壁に貼られた競合分析のシートを眺めていた。赤いマーカーで「スマホアプリで代替可能」と書かれた付箋が、自社製品の機能一覧のほぼすべてを覆っていた。 「廃盤の方向で検討したいと思います」三浦は資料から目を上げずに言った。「うちの『フォーカスタイマー』は現時点でコモディティです。同機能...
2026-05-13 14:08:21

譲れない軸

「ミドリ広告」の大阪支社は、地場企業を中心に堅実な取引を積み上げてきた中堅代理店だ。 主任の久保田茜(二十八歳)は、その支社で「真面目な久保田さん」として通っていた。服装はきちんとしたジャケットにパンツ、髪はいつもまとめ、クライアント先でも物腰が柔らかく、年配の担当者受けがいい。支社の売上の一割を...
2026-04-18 13:01:38

「革新」という名札

広瀬美咲は、中堅IT企業セルクの広報部で五年目を迎えていた。社内報の編集からプレスリリースの校正まで、地味だが確実な仕事をこなしてきた自負がある。  その日の朝会で、新任の事業部長・竹内が全社に向けて宣言した。 「我々は今期、業務支援ツール『セルクアシスト』を全面リニューアルします。これは単なるア...
2026-03-31 07:50:01

需要の在処

中堅化粧品メーカー「彩花堂」のマーケティング部長・三島聡は、午後の会議室で壁一面のホワイトボードを見つめていた。そこには新規事業のコンセプト案が三つ並んでいる。いずれも、三島の上司である常務・大河内の肝いりで進めてきたものだ。 「若い女性の肌コンプレックスを喚起するSNSキャンペーンと連動した美白...
2026-02-20 01:19:39

十人の声

営業企画部の永瀬真紀は、自席のモニターに映った数字を見て、思わず唇を噛んだ。 参加申込数——七名。 生活雑貨メーカー「ハルノ工房」が初めて企画した顧客交流イベントまで、あと二週間。社内で大々的に告知し、SNSでも拡散したのに、反応はこの程度だった。 「永瀬さん、集まり具合はどうですか」 声を...
2026-01-30 11:35:37

平台のない店

高野真澄は、創業四十年の老舗スーパー「丸高」の三代目として、二年前に社長に就任した。父から引き継いだ店舗は堅実な経営を続けていたが、近隣に大型ショッピングモールが開業して以来、客足は確実に減っていた。  月曜の朝礼で、真澄は営業部長の大島に問いかけた。 「先月のデータ、見ましたか。来店客数が前年...
2025-12-30 15:22:54

響かない声

広告代理店ブライトハウスの会議室には、重苦しい空気が漂っていた。 「若い女性に刺さるメッセージって何だと思う?」 クリエイティブ部長の杉山は、壁に映し出されたスライドを見つめながら問いかけた。クライアントは大手アパレルブランド「フローラ」。来春のキャンペーンに向けた企画会議だった。 「やっぱり...
2025-12-28 03:35:42