マーケティング
11件の記事
無菌室の設計図
雑貨メーカー「コトハ」のデザイナー・三崎は、夏の新作トートバッグの図案に、半年を費やしていた。波と帆をかたどった藍色の幾何学模様。海辺の朝をイメージした、彼女なりの「気持ちのいい線」だった。発売初週で売れ行きは上々。三崎は久しぶりに、自分の仕事を誇らしく思った。
異変は四日目の朝に来た。SNSで一...
見出しの釣り針
朝の編集会議で、高梨の記事はPVが部内最下位だった。地方の事務手続きにミスがあり、納付が十日遅れて数万円の延滞金が生じた――ただそれだけの、地味な記事である。
「内容は正確です」と高梨は言った。
「正確さは前提だよ」編集長は静かに返した。「読まれなければ、書いていないのと同じだ」
彼はホワイトボ...
届く形
中堅商社・丸尾物産の情報管理室で、三宅は毎月たった一人、社内向けの「不審メール注意喚起」を配信していた。手口を丁寧に解説し、統計を添え、「身に覚えのないメールは開かないように」と結ぶ。文章は正確で、隙がなかった。三宅はそれを誇りにしていた。
だが、被害は減らなかった。先月も営業二課の若手が偽の請求...
遅れてくる拍手
生活雑貨メーカー「コハル製作所」の小さな企画室で、佐倉はノートパソコンの数字をにらんでいた。三か月前、満を持して世に出したカトラリーのシリーズ。削り出しの柄に、半年かけて磨いた曲線が宿っている。自信はあった。あったからこそ、画面の数字が刺さった。
販売数、先週ゼロ。今週も、ゼロ。
「いいものなん...
それしかできない、という強さ
三浦健介は会議室の壁に貼られた競合分析のシートを眺めていた。赤いマーカーで「スマホアプリで代替可能」と書かれた付箋が、自社製品の機能一覧のほぼすべてを覆っていた。
「廃盤の方向で検討したいと思います」三浦は資料から目を上げずに言った。「うちの『フォーカスタイマー』は現時点でコモディティです。同機能...
譲れない軸
「ミドリ広告」の大阪支社は、地場企業を中心に堅実な取引を積み上げてきた中堅代理店だ。
主任の久保田茜(二十八歳)は、その支社で「真面目な久保田さん」として通っていた。服装はきちんとしたジャケットにパンツ、髪はいつもまとめ、クライアント先でも物腰が柔らかく、年配の担当者受けがいい。支社の売上の一割を...
「革新」という名札
広瀬美咲は、中堅IT企業セルクの広報部で五年目を迎えていた。社内報の編集からプレスリリースの校正まで、地味だが確実な仕事をこなしてきた自負がある。
その日の朝会で、新任の事業部長・竹内が全社に向けて宣言した。
「我々は今期、業務支援ツール『セルクアシスト』を全面リニューアルします。これは単なるア...
需要の在処
中堅化粧品メーカー「彩花堂」のマーケティング部長・三島聡は、午後の会議室で壁一面のホワイトボードを見つめていた。そこには新規事業のコンセプト案が三つ並んでいる。いずれも、三島の上司である常務・大河内の肝いりで進めてきたものだ。
「若い女性の肌コンプレックスを喚起するSNSキャンペーンと連動した美白...
十人の声
営業企画部の永瀬真紀は、自席のモニターに映った数字を見て、思わず唇を噛んだ。
参加申込数——七名。
生活雑貨メーカー「ハルノ工房」が初めて企画した顧客交流イベントまで、あと二週間。社内で大々的に告知し、SNSでも拡散したのに、反応はこの程度だった。
「永瀬さん、集まり具合はどうですか」
声を...
平台のない店
高野真澄は、創業四十年の老舗スーパー「丸高」の三代目として、二年前に社長に就任した。父から引き継いだ店舗は堅実な経営を続けていたが、近隣に大型ショッピングモールが開業して以来、客足は確実に減っていた。
月曜の朝礼で、真澄は営業部長の大島に問いかけた。
「先月のデータ、見ましたか。来店客数が前年...
響かない声
広告代理店ブライトハウスの会議室には、重苦しい空気が漂っていた。
「若い女性に刺さるメッセージって何だと思う?」
クリエイティブ部長の杉山は、壁に映し出されたスライドを見つめながら問いかけた。クライアントは大手アパレルブランド「フローラ」。来春のキャンペーンに向けた企画会議だった。
「やっぱり...