気づき
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需要の在処
中堅化粧品メーカー「彩花堂」のマーケティング部長・三島聡は、午後の会議室で壁一面のホワイトボードを見つめていた。そこには新規事業のコンセプト案が三つ並んでいる。いずれも、三島の上司である常務・大河内の肝いりで進めてきたものだ。
「若い女性の肌コンプレックスを喚起するSNSキャンペーンと連動した美白...
三つの財布
経理部の水野真紀は、予算会議の資料を前に眉をひそめていた。
社員研修プログラムの年間予算が、昨年比で二割も増えていた。提案者は人事部の佐伯課長。水野が経理として異動してきてからまだ四か月、社内の力学はまだ読みきれない。だが数字の異常は見逃せなかった。
「佐伯さん、この外部講師の費用なんですが。一...
伝え方の温度
製造業の中堅メーカー・丸栄精機の品質管理課に着任した新任課長の桐生和也は、着任早々、部下たちの仕事ぶりに頭を抱えていた。
前任の課長が「のびのびやらせる」方針だったこともあり、報告書の書式がバラバラ、検査手順の省略も散見される。桐生は前職で徹底した品質管理を実践してきた自負がある。このままでは取...
声の重さ
システム開発会社ネクストウェーブで、チームリーダーの黒田俊一は六人のエンジニアを率いていた。その中で最も頼りにしていたのが、入社五年目の園田健太だった。
園田は口数こそ少ないが、納期前のトラブルでも黙々とコードを書き続け、チームを何度も救ってきた。黒田にとって園田は「放っておいても大丈夫な人間」だ...
正しい側の人
営業企画部の小野寺洋介は、自分が正しいと信じていた。
社内の人事評価制度が改定され、マネジメント経験よりもプロジェクト成果を重視する方針に切り替わった。結果、現場でプロジェクトを回してきた若手や中途入社の社員が次々と昇格し、十五年間コツコツと積み上げてきた小野寺は据え置きのままだった。
「これは...
マニュアルの外側
総務部の吉岡真帆は、入社三年目にして社内規程の見直しプロジェクトのリーダーに抜擢された。三十二歳の彼女にとって、それは嬉しくもあり、重い任務でもあった。
きっかけは、社員アンケートだった。「社内ルールが多すぎて息苦しい」という声が、回答の四割を占めていた。服装規程、備品の使用ルール、会議室の予約手...
エースの死角
営業部のエース、鳴海拓也は今期も全社トップの成績を叩き出していた。入社七年目、三十一歳。明るい笑顔、論理的な話術、そして誰もが認める行動力。クライアントからの評判も抜群で、「鳴海さんに担当してもらえてよかった」という声が社内に届くことも珍しくなかった。
だからこそ、鳴海には不満があった。
月曜の...
十人の声
営業企画部の永瀬真紀は、自席のモニターに映った数字を見て、思わず唇を噛んだ。
参加申込数——七名。
生活雑貨メーカー「ハルノ工房」が初めて企画した顧客交流イベントまで、あと二週間。社内で大々的に告知し、SNSでも拡散したのに、反応はこの程度だった。
「永瀬さん、集まり具合はどうですか」
声を...
隣の席の距離
営業一課と営業二課の統合が決まったのは、六月の末だった。
業績の伸び悩みを背景に、会社は組織のスリム化を進めていた。統合後の新チームを率いることになったのは、営業一課の課長・片桐雅彦、四十二歳。部下は十二人になる。
片桐は統合初日、全員をひとつの島に集めた。デスクを寄せ、ホワイトボードを共有し、...
会議室の王様
「また部長が暴走してますよ」
営業企画課の田村真紀は、隣の席の後輩・安藤に小声でささやいた。会議室のガラス越しに、腕を振り回しながら熱弁をふるう柳沢部長の姿が見える。
柳沢部長は、三年前に外部からヘッドハンティングされてきた人物だった。前職では中堅メーカーの営業本部長を務めていたという触れ込みで...
三百のメモ
佐伯誠一は、付箋の山を見つめていた。
パソコンのモニター周りに貼られた黄色い紙片は、もう数えきれないほどになっている。「顧客データの可視化ツール」「営業日報の自動要約」「新人研修のオンライン化」——どれも会議中や通勤電車の中で思いついたアイデアだった。
「佐伯さん、また増えましたね」
後輩の村...
評論家の席
三十四歳の須藤健一は、営業企画部のデスクで資料を眺めながら、今日も何かが違うと感じていた。
大学時代は弁論部の部長として全国大会に出場し、入社後も三年連続で新人賞を受賞した。同期の中では出世頭と言われ、二十代の終わりには課長補佐に抜擢された。誰もが彼の将来を期待していた。
だが、三十歳を過ぎた頃...
自分だけの物差し
営業部の月次会議が終わると、会議室には重い沈黙が残った。売上ランキングがスクリーンに映し出され、上位三名には拍手が送られる。一方で、下位に名前が並んだ者たちは、足早に席を立っていく。
入社三年目の川島翔太は、自分の名前が下から四番目に表示されているのを見て、小さくため息をついた。
「また、あの位...
空っぽのノート
広報部の森川真希は、画面に映る白い投稿欄を三十分も見つめていた。
「今日も何も浮かばない」
会社のSNS運用を任されて二週間。フォロワー数を伸ばせと言われたものの、投稿する内容が思いつかない。同期の田中は営業成績でトップを取り、後輩の佐藤はプロジェクトリーダーに抜擢された。自分には何もない。発信...
谷底の営業部長
営業第三部の部長・宮本隆司は、自席のパソコン画面を見つめたまま動けなくなっていた。
午前中に人事部長から告げられた内容が、まだ頭の中で反響している。「来期の組織改編で、営業第三部は統合対象です。宮本さんには関連会社への出向を打診したい」
五十二歳。入社三十年。気づけば、会社に必要とされない人間に...
顔の向こう側
中堅IT企業ネクサスの人事部長・津田康彦は、最終面接に残った四人の候補者の履歴書を眺めながら、胃の辺りが重くなるのを感じていた。
新規プロジェクトのリーダー候補として、経営陣からは「将来の幹部になれる人材を」と厳命されている。しかし四人とも甲乙つけがたい経歴の持ち主だった。
「津田さん、ちょっと...
誰の責任でもない場所
神田の雑居ビル三階に入居する「クイックマッチ・ジャパン」は、飲食店と配達員をつなぐマッチングアプリを運営している。創業四年目、登録店舗は三千を超え、配達員は一万人に迫ろうとしていた。
経営企画部の村瀬康平は、その日の朝から気が重かった。SNSで炎上していた。配達員が商店街で高齢者と接触し、軽傷を負...
カメ組の名刺
入社七年目の春、藤原健一は自分のデスクで名刺を眺めていた。「営業三課 主任 藤原健一」。肩書きは三年前から変わっていない。同期の村田はすでに課長代理だ。
「藤原さん、会議室空いてます」
後輩の山下が声をかけてきた。今日は新規プロジェクトのプレゼン担当を決める会議だ。
会議室に入ると、課長の田中...
黄色いノート
三好修平は、自分の机の引き出しに手を突っ込んだまま、動けなくなっていた。
十二年前の手帳が出てきたのだ。黄ばんだページをめくると、若い頃の乱雑な字が目に飛び込んできた。
「自分のブランドを持つ」
その一行が、胸に刺さった。
三好は大手アパレルメーカー「クロスウェア」の営業部長だった。四十五歳...
半分のコップ
営業三課の課長、村田は五十二歳になった日から、毎朝鏡を見るのが憂鬱になった。
「また増えたな」
白髪のことではない。額に刻まれた縦皺のことだ。いつの頃からか、村田の表情は険しくなっていた。部下の失敗に眉をひそめ、競合他社の躍進に舌打ちをし、本社からの無理な指示に唇を噛む。そんな日々の積み重ねが、...
平台のない店
高野真澄は、創業四十年の老舗スーパー「丸高」の三代目として、二年前に社長に就任した。父から引き継いだ店舗は堅実な経営を続けていたが、近隣に大型ショッピングモールが開業して以来、客足は確実に減っていた。
月曜の朝礼で、真澄は営業部長の大島に問いかけた。
「先月のデータ、見ましたか。来店客数が前年...
刺激の檻
営業部長の沢村誠一は、四十五歳にして自分が「永遠の新規開拓者」であることに気づいていなかった。
彼の営業成績は常にトップクラスだった。新しい顧客を獲得する瞬間、沢村の目は輝いた。初対面の緊張感、相手の懐に入っていく駆け引き、そして契約成立の高揚感。その快感を求めて、彼は次々と新規顧客を開拓し続けた...
動かない迷路
企画部の須藤拓真は、会議室の窓から外を眺めていた。
午後三時。本来なら資料を作成しているはずの時間だ。しかし彼は、机の上に広げたノートを前に、もう一時間以上同じ場所に座っていた。
「須藤、まだ考えてるのか」
ドアを開けたのは、先輩の工藤だった。五十代半ば、入社以来ずっとこの会社で働いてきた人だ...
静かな窓際の席
総務部の村瀬美咲は、今日も始業前にオフィスに着いていた。
誰もいないフロアで資料を整理する時間が好きだった。蛍光灯の微かな唸りと、空調の低い音だけが響く。その静けさの中でなら、頭の中が整理される気がした。
しかし九時を過ぎると、オフィスは一変する。キーボードを叩く音、電話の呼び出し音、隣のデスク...
対等という距離
経営企画部の新人、水野翔太は、自分が優秀だと思っていた。
入社試験は二千人中三位。有名国立大学を首席で卒業し、在学中にはビジネスコンテストで全国優勝もした。周囲の同期と比べても、自分の能力が突出していることは明らかだった。
配属されたチームには、翔太のほかに三人のメンバーがいた。リーダーの木村、...
残りの時間
総務部の佐藤健一は、五十二歳になった朝、自分の人生を振り返っていた。
入社三十年。与えられた仕事を真面目にこなし、大きな失敗もなく、課長という肩書きを手に入れた。だが、会議室の窓から見える景色は、三十年前と何も変わっていなかった。変わったのは、自分の髪が白くなったことくらいだ。
「佐藤さん、新人...
これでいい
人事部の会議室で、山崎理恵は自分のプレゼン資料を見つめていた。
三十四歳。入社十二年目。同期の中では出世が遅いほうだ。今回の社内公募制度で、念願だった新規事業開発室への異動を勝ち取りたい。そのための面接が、明後日に迫っていた。
「山崎さん、資料見せてもらっていいですか」
隣のデスクの後輩、高橋...
熱くなれない人
営業企画部の村瀬は、三年目にして初めてプロジェクトリーダーを任された。新規サービスの立ち上げという大役に、周囲は期待の目を向けていた。
「村瀬さん、このプロジェクトにかける想いを聞かせてください」
キックオフミーティングで、部長の木島がそう水を向けた。会議室には八人のメンバーが揃っている。村瀬は...
一応、確認なのですが
会議室の空気が、目に見えて淀んでいた。
森山食品マーケティング部の新商品開発会議。テーブルには「次世代ヘルシースナック」と銘打たれた企画書が広げられ、部長の黒田をはじめとする七名が難しい顔で腕を組んでいる。
「で、結局どうするんですか」
開発チームの中堅、早川が沈黙を破った。十五年この部署で働...