アイキャッチ画像

アイキャッチ画像

ショートストーリー

縦書き

ナチュラルカーブ

北見保夫の机は、フロアのいちばん端にあった。窓際でも上座でもない、ただ通路に近いだけの席だ。五十八歳。地域密着型のドラッグストアチェーン「みどり薬品」で、彼は十二店舗を巡回する店舗指導員を務めていた。役職はない。かつてはあった。  入社二十年目の頃、北見は二度、昇進試験に落ちた。一度目は準備不足だと自分を慰めた。二度目に落ちたとき、面接官の一人が漏らした言葉が忘れられない。「君の言うことは正しい。正しすぎて、人がついてこない」。その夜、彼は自分が直球しか投げられない投手なのだと悟った。事実、彼は店舗オーナーへの提案でいつも数字を並べた。粗利率、客単価、欠品ロス。理屈は通っていた。それでも、ある古参のオーナーには最後まで首を縦に振ってもらえず、「あんたの顔はもう見たくない」とまで言われて担当を外された。  引き継ぎの日、北見は思い切って尋ねた。なぜ私の話は聞いてもらえなかったのか、と。オーナーは少し笑って言った。「あんた、店に来るといつも仕事の話だけして帰るだろう。こっちは人間だよ」。  その一言が、二十年経った今も彼の背骨になっている。  ある春、北見の担当エリアに、本社から若い指導員が配属された。城田という。城田は優秀だった。タブレットで売上推移を示し、競合店の品揃えを分析し、改善案を理路整然と語る。だが、担当する三店舗のうち二店で、オーナーとの関係が軋み始めていた。「あの子は正しいけど、冷たい」。北見の耳にもそんな声が届いた。  ある日の夕方、城田が浮かない顔で言った。「北見さん、僕のやり方、間違ってますか。データも根拠も揃えてるのに、なぜ動いてくれないんでしょう」。  北見は、すぐには答えなかった。代わりに、明日いっしょに巡回しないか、と誘った。  翌日、二人で『さくら台店』を訪ねた。北見はまず店頭のカゴを直し、傘立ての位置をずらし、レジ前のオーナーに「昨日の雨、売上どうでした」と笑いかけた。それから棚の前にしゃがみ、自分の手で栄養ドリンクを並べ替えながら、世間話の合間にこう言った。「この時間、部活帰りの子が多いでしょう。うちの孫もね、帰りにここでアイス買うのが楽しみらしくて。だから夕方の品出し、もうひと回ししませんか」。オーナーは「孫さん、何年生」と笑った。話はそれから十五分続き、最後にオーナーは「夕方便、増やしてみるわ」と言った。  帰り道、城田が黙っていた。やがて、絞り出すように言った。「僕、同じこと提案して、断られたんです。先週」。  「だろうね」と北見は言った。「君の言うことは正しい。俺が今日言ったことと、中身は同じだ」。  「じゃあ、何が違うんですか」。  北見は少し考えてから答えた。「俺は、孫の話をした。君は、欠品ロスの話をした。──人は、正しさには納得しても、動きはしないんだ。動くのは、その施策の向こうに自分の知ってる誰かの顔が見えたときだよ」。  城田はしばらく黙り、それから小さく笑った。「鋭い変化球、投げられる気がしません」。  「いいんだよ」と北見は言った。「鋭く曲がらなくていい。ほんの少し、緩く曲がるだけでいい。ナチュラルカーブってやつだ」。  その秋、城田の担当する店の数字が静かに上向いた。本社の会議で名前が挙がったのは城田で、北見ではない。北見はそれを、自分の手柄のように嬉しく思った。前に出る役回りは、もう自分のものでなくていい。  昇進を逃したあの夜から、彼はずっと負けた気でいた。けれど今、フロアの端の机から若い背中を見送るとき、北見は静かに思う。──守備の位置を決め、間を読み、相手の呼吸に合わせて球を受ける。前には出ない。それでも、試合は要のところで決まるのだと。

論考

縦書き

正しさは人を動かさない――「伝え方」と「居場所」をめぐる考察

組織の中で評価されないまま長く働き続ける人がいる。昇進の階段を上れず、役職の肩書も持たない。それでも現場で確かな結果を出し、周囲から一目置かれる人がいる。彼らは何を手にしているのか。出世という単一の物差しでは測れない、もう一つの成熟がそこにある。本稿では、それを「伝え方」と「居場所」という二つの軸から考えてみたい。検証可能な問いはこうだ――組織における「成功」は、昇進と同義だと言い切れるか。  まず、伝え方について。多くの人は、提案が通らないのは内容が悪いからだと考える。だから根拠を増やし、データを厚くし、論理を磨く。しかし現場で起きていることは逆であることが多い。正しさが増すほど、相手は身構える。ここに一つの逆説がある。人は正しさに納得はしても、正しさだけでは動かない。動くのは、その提案の向こうに自分の生活や、知っている誰かの顔が見えたときだ。「欠品が機会損失になる」と言われるより、「夕方に来る子どもが買えずにがっかりする」と言われたほうが、人は腰を上げる。問いを立てよう――あなたの最近の提案は、相手の頭に「数字」を残したか、それとも「情景」を残したか。  ここで反証を検討する。情に訴える伝え方は、論理の弱さをごまかす方便ではないのか、という批判はあり得る。たしかに、根拠なき共感は操作に堕しうる。だが本質は、論理か情かの二者択一ではない。正しい施策に、相手が受け取れる「翻訳」を施すことだ。中身が空虚なら、どんな情景も響かない。逆に、正しい中身であっても、翻訳を欠けば相手には届かない。伝え方とは、論理の代替ではなく、論理を相手の体温まで運ぶ運搬の技術である。問いを立てよう――その翻訳は、中身の正しさに支えられているか、それとも正しさの不在を覆い隠していないか。  次に、居場所について再構成したい。昇進できなかった人を「敗者」と見る視線は根強い。だが、組織を一つのチームと見れば、前に出て指揮する役割と、後ろで全体を支える役割は、優劣ではなく機能の違いである。野球で言えば、捕手は決して前に出ない。しかし守備位置を定め、間を読み、試合の要を握る。支える役割を究めることは、指揮する役割に劣ることではない。重要なのは、与えられた立場のなかで自分なりの目標を見出せるかどうかだ。立場が人を満たすのではない。立場のなかに目標を見出せる人が、その立場を満たす。問いを立てよう――今いる場所で、あなたは誰かの目標を借りているのか、自分の目標を持っているのか。  ここから示唆が導かれる。出世という物差しは、組織が用意した一本の梯子にすぎない。その梯子を上れたかどうかは、職業人生の豊かさの一部分でしかない。長く働き続け、周囲に慕われ、去った後も関係が続く――そうした成熟は、肩書とは別の場所で育つ。むしろ、一つの物差しを手放したときに初めて見えてくる景色がある。問いを立てよう――あなたが「負け」と呼んでいるものは、本当に負けなのか、それとも別の物差しへの入り口なのか。  実務への含意を三点に整理する。  第一に、提案は「正しさ」と「翻訳」を分けて準備すること。中身の根拠を固める作業と、それを相手の生活言語に置き換える作業は、別の工程として意識的に行う。  第二に、評価軸を複数持つこと。昇進という外部の物差しだけに自己評価を預けると、それを失ったとき足場ごと崩れる。現場の手応え、人との関係、技能の深まりといった内部の物差しを併走させる。  第三に、支える役割を「未達」ではなく「専門」と捉え直すこと。前に出ない仕事には、前に出る仕事とは異なる固有の難しさと熟練がある。それを一つの道として究める覚悟が、長く働き続ける力になる。  正しいだけでは人は動かない。同様に、上るだけが前進ではない。緩く曲がる球が打者を打ち取るように、目立たない場所からチームを支える人がいる。その静かな手応えを知る者は、肩書を失っても胸を張って立っていられる。 ### 参考文献 - 『伝え方が9割』佐々木圭一(ダイヤモンド社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4478017212?tag=digitaro0d-22) - 『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)――100年時代の人生戦略』リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット(東洋経済新報社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4492533877?tag=digitaro0d-22) - 『働き方――「なぜ働くのか」「いかに働くのか」』稲盛和夫(三笠書房)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4837923100?tag=digitaro0d-22) ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています。

ハッシュタグ