アイキャッチ画像
ショートストーリー
マニュアルの外側
総務部の吉岡真帆は、入社三年目にして社内規程の見直しプロジェクトのリーダーに抜擢された。三十二歳の彼女にとって、それは嬉しくもあり、重い任務でもあった。
きっかけは、社員アンケートだった。「社内ルールが多すぎて息苦しい」という声が、回答の四割を占めていた。服装規程、備品の使用ルール、会議室の予約手順、報告書のフォーマット指定——。株式会社アオバ製作所には、創業以来四十年間で積み重ねられた百二十を超える社内規程があった。
「全部見直してくれ。いらないものは削っていい」
取締役の原田にそう言われたとき、吉岡は意気込んだ。風通しのいい会社にしたい。社員が自分の判断で動ける組織にしたい。
しかし、壁はすぐに現れた。
最初の会議で、管理部門の河野課長が腕を組んだ。
「吉岡さん、気持ちはわかるけどね。ルールを外したらどうなるか、わかってる? 去年、備品の私的利用が問題になったでしょう。あのルールがなかったら、もっとひどいことになってたよ」
「でも河野さん、そのルールのせいで備品の貸し出しに三段階の承認が必要になって、結局みんな自腹で買ってますよね」
河野は黙った。だが表情は変わらなかった。
吉岡はまず、各部署にヒアリングを始めた。すると見えてきたのは、ルールの存在理由を誰も覚えていないケースが多いという事実だった。「昔、何かトラブルがあって作られたらしい」——誰もがそう言うが、具体的な経緯を知る人はいない。
ある日、営業部の若手社員、中西が吉岡のもとを訪ねてきた。
「吉岡さん、出張時の服装規程って変えられませんか。クライアントによってはカジュアルなほうが話が弾むんです。でも規程があるから、必ずスーツで行かなきゃいけなくて」
「それ、上司に相談した?」
「しました。でも、『規程だから』って。上司もわかってるんですけど、自分の判断で例外を作りたくないみたいで」
吉岡はそこに問題の本質を見た。ルールがあることで、上司も部下も「判断しなくていい」状態になっている。楽ではあるが、誰も考えなくなる。
プロジェクトの中間報告で、吉岡は提案した。
「百二十の規程のうち、業務の本質に関わるものは三十程度です。残りの九十は、本来個人や各部署の判断に委ねるべきものだと考えます」
会議室がざわついた。河野が口を開いた。
「九十も削るのか。何か問題が起きたら誰が責任を取るんだ」
吉岡は一瞬ためらったが、答えた。
「問題は、ルールがあっても起きるものは起きます。むしろ、判断力のある社員を育てるほうが、長い目で見れば組織を守ることになると思います」
原田がうなずいた。だが河野の不安も無視できない。吉岡は修正案を出した。
「いきなり全部は削りません。まず三十の規程を試験的に廃止して、三ヶ月後に検証します。問題が起きれば戻せばいい」
三ヶ月後。廃止した規程のうち、復活を求める声があがったのは二つだけだった。しかも、その二つも元の形ではなく、現場からの提案で簡略化されたルールに作り替えられた。
河野が吉岡に言った。
「正直、もっと混乱すると思ってた」
「私もです」
「でも、なくなって初めてわかったよ。あのルールを守らせるために、俺がどれだけ時間を使ってたか」
吉岡は笑った。だがそれ以上に印象に残ったのは、中西の変化だった。出張先でクライアントに合わせた服装を自分で選ぶようになった中西は、以前より明らかに自信を持って話すようになっていた。
ルールを減らしたことで手に入ったのは、自由ではなかった。判断するという、少し面倒で、少し誇らしい習慣だった。
論考
規則を減らすと組織は崩れるのか――「管理しない」マネジメントの条件
組織には規則が必要だ、という前提は多くの管理者にとって自明のものとされている。しかし、規則の数が増え続ける組織では、しばしば本来の目的とは逆の現象が起きる。構成員が規則に従うことそのものを目的とし、自分で考えて判断する力が衰えていくのだ。規則は秩序の基盤であると同時に、思考停止の温床にもなりうる。では、どのような条件のもとで規則は有効に機能し、どこから逆効果に転じるのだろうか。
突出した成果を出す人間には、周囲からの称賛と特別扱いが集まる。規則が増殖する背景には「何かが起きたときの予防策」という動機がある。一度でもトラブルが発生すると、再発防止のためにルールが追加される。だが追加されたルールの多くは、特定の事例への反応にすぎず、汎用的な判断基準とはなりにくい。さらに、ルールが存在することで管理者はその遵守を監視する義務を負う。結果として、本来業務ではない管理コストが膨張し、管理者も被管理者も疲弊する。規則の維持に費やされる時間と労力を定量化したとき、その投資に見合う効果が得られているケースはどれほどあるだろうか。
もちろん、規則なき組織が理想であるとは言い切れない。特に成長途上の組織や、構成員の経験値にばらつきがある環境では、一定のガイドラインがなければ判断の質が安定しない。規則を全廃した結果、各自がバラバラの基準で動き、かえって混乱が生じるリスクもある。自律的な組織運営には、構成員に十分な情報と判断力が備わっていることが前提条件となる。では、その前提条件が満たされていない段階で、組織はどのように自律性を育てていけばよいのだろうか。
この問いに対して、フレデリック・ラルーが提唱する「ティール組織」の概念は示唆的である。ラルーは、組織の進化段階において、上位からの統制ではなく、構成員同士の信頼と自主的な意思決定が機能する段階があることを示した。重要なのは、規則を一気に撤廃することではなく、「この領域は各自の判断に委ねる」「この領域は組織として統一する」という線引きを明確にすることだ。リード・ヘイスティングスがNetflixで実践した「脱ルール」の文化も、まず高い能力を持つ人材を集め、十分な情報を開示するという土台があってこそ成立した。池田潔が『自由と規律』で描いたイギリスのパブリックスクールでも、自由は放任ではなく、自己規律と表裏一体のものとして機能していた。自律を機能させる最低条件は何か、組織ごとに見極める必要がある。
規則を減らすことは、管理を放棄することではない。それは「何を管理し、何を委ねるか」を再定義することである。本質に関わらない規則を削減し、浮いたリソースを判断力の育成に振り向ける。その転換ができたとき、規則に依存しない秩序——つまり、構成員自身が秩序を生み出す文化が立ち上がる。
**実務への含意**
- 既存の社内規程を定期的に棚卸しし、目的が不明確なルールを試験的に停止する仕組みを導入する
- 「規則で統制すべき領域」と「個人の判断に委ねる領域」の線引きをチームごとに明文化する
- 規則を減らす代わりに、判断基準となる組織の価値観や原則を共有・浸透させる
### 参考文献
- 『自由と規律』池田潔(岩波新書)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4004121418?tag=digitaro0d-22)
- 『ティール組織』フレデリック・ラルー(英治出版)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4862762263?tag=digitaro0d-22)
- 『NO RULES』リード・ヘイスティングス(日本経済新聞出版)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4532323673?tag=digitaro0d-22)
※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています