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ショートストーリー
対等という距離
経営企画部の新人、水野翔太は、自分が優秀だと思っていた。
入社試験は二千人中三位。有名国立大学を首席で卒業し、在学中にはビジネスコンテストで全国優勝もした。周囲の同期と比べても、自分の能力が突出していることは明らかだった。
配属されたチームには、翔太のほかに三人のメンバーがいた。リーダーの木村、ベテランの鈴木、そして同期の女性社員、佐々木美咲。美咲は地方の私立大学出身で、翔太から見れば「普通」の人間だった。
「水野くん、この資料の数字、ちょっと確認してもらえる?」
美咲が声をかけてきた。翔太は画面から目を離さずに答えた。
「今、別の仕事してるから。自分で確認したら?」
美咲は少し困った顔をしたが、何も言わずに席に戻った。
翌週のチームミーティング。翔太は自信を持って企画書を発表した。データ分析に基づいた論理的な構成。誰も反論できないはずだ。
発表が終わると、リーダーの木村が口を開いた。
「水野くん、データはよくまとまってる。でも、この企画を実行するとき、現場の人たちはどう感じると思う?」
翔太は眉をひそめた。
「現場のことは現場に任せればいいんじゃないですか。僕らの仕事は戦略を立てることです」
木村は黙った。その横で、美咲が小さく手を挙げた。
「私、先週、営業部の人たちにヒアリングしてきたんです。現場では今、人手が足りなくて、新しい施策を入れる余裕がないって。もし企画を通すなら、まず人員配置を見直す提案が必要だと思います」
翔太は苛立ちを感じた。
「でも、それは企画の本質じゃない。まず戦略があって、実行は後から考えればいい」
「でも、実行できない戦略に意味はあるんですか?」
美咲の言葉に、翔太は言い返せなかった。
その夜、翔太はオフィスに一人残っていた。資料を見直しながら、なぜあの場で美咲に反論できなかったのかを考えていた。
隣のデスクに、美咲が戻ってきた。
「まだいたんですか」
翔太は無言で頷いた。
「水野くん、一つ聞いていい?」
「何」
「どうして私と話すとき、目を見てくれないの?」
翔太は驚いて顔を上げた。美咲はまっすぐに彼を見ていた。
「別に、そんなつもりは……」
「入社してから三ヶ月、私が話しかけても、水野くんはいつもパソコンを見てる。私のこと、下に見てるでしょ」
翔太は否定しようとしたが、言葉が出なかった。心のどこかで、自分より学歴の低い美咲を見下していたことに気づいていたからだ。
美咲は続けた。
「私、大学受験は失敗した。第一志望には落ちたし、就活も苦労した。でも、だから人の話を聞くようになった。現場に足を運ぶようになった。能力って、テストの点数だけじゃないと思う」
翔太は黙って聞いていた。
「私は水野くんと対等に仕事がしたいの。上とか下とかじゃなくて」
その言葉が、胸に刺さった。
翌週のミーティング。翔太は企画書を修正して持ってきた。現場へのヒアリング結果と、人員配置の提案を加えていた。
「佐々木さんのアドバイスを参考にしました。現場の意見を反映したほうが、実行可能性が上がると思います」
美咲は少し驚いた顔をして、それから微笑んだ。
「いいと思います。一緒に詰めましょう」
木村が静かに頷いた。
翔太はふと、美咲の目を見て話している自分に気づいた。
対等であることは、立場を下げることではない。相手を見ることだ。
論考
能力と人格を混同するとき——対等な関係はなぜ難しいのか
**序:評価される側面が偏ると何が起こるか**
人は何かで高く評価されると、その評価を自分の全体的な価値と混同しやすい。テストの点数が良い、仕事の成果が高い、収入が多い。これらは確かに一つの能力の証明ではある。だが、それがそのまま「人としての価値」を決めるわけではない。にもかかわらず、特定の指標で優位に立ち続けると、「自分は全体的に優れている」という錯覚が生まれる。この錯覚は、他者を対等に見る感覚を鈍らせる。
(検証可能な問い:単一の評価軸で長期間高評価を受け続けた人と、複数の軸で評価された人とでは、他者への共感力に差があるか?)
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**展開:対等であることの難しさ**
対等な関係を築くには、相手を「自分と同じ価値を持つ人間」として認識する必要がある。しかし、これは言うほど簡単ではない。人は無意識のうちに、学歴、収入、役職、外見など、目に見える指標で他者を序列化している。
特に問題なのは、この序列化が「見下し」という形で行動に現れることだ。相手の話を聞かない、目を合わせない、意見を軽視する。本人に悪意がなくても、相手には伝わる。そして、一度そのような関係ができてしまうと、信頼を築くことは極めて難しくなる。
(検証可能な問い:対等な関係を築けているかどうかは、本人の自己評価と周囲からの評価で一致するか?)
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**反証:すべての高学歴者が傲慢なわけではない**
もちろん、高い能力を持つ人がすべて他者を見下すわけではない。能力と謙虚さを両立している人は多い。問題は能力そのものではなく、「その能力だけを評価され続けた環境」にある。
幼少期から成績だけを褒められ、他の価値観に触れる機会がなければ、自分の優位性を唯一の基準として内面化してしまう。逆に、多様な経験を通じて「自分が苦手なこと」「他者が得意なこと」を知る機会があれば、能力の相対性を理解できる。
(検証可能な問い:多様な活動経験を持つ高学歴者と、学業に特化してきた高学歴者とでは、協調性に差があるか?)
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**再構成:対等性は意識的に作るもの**
対等な関係は自然に生まれるものではない。意識的に構築する必要がある。そのためには、まず自分が無意識に持っている「序列意識」に気づくことが第一歩である。
具体的には、相手の話を遮らずに最後まで聞く、目を見て話す、相手の意見に対して「まず受け止める」という姿勢を持つ。これらは小さな行動だが、積み重ねることで関係性は変わる。
また、自分とは異なる背景を持つ人と意識的に関わることも重要だ。異なる視点に触れることで、自分の価値観の偏りに気づくことができる。
(検証可能な問い:「相手の話を最後まで聞く」習慣を持つ人と持たない人では、チーム内での信頼度に差があるか?)
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**示唆:相手を見ることから始まる**
対等であるとは、自分の立場を下げることではない。相手を一人の人間として見ることである。能力や立場に関係なく、相手の存在を尊重する。この姿勢がなければ、どれだけ優秀でも、信頼される人にはなれない。
人は「何ができるか」だけでなく、「どう接するか」で評価される。後者を軽視したとき、能力は孤立を招く道具になる。
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**実務への含意**
- 会議や対話の場で、相手の発言を遮らずに最後まで聞く習慣をつける
- 自分と異なる背景を持つ人と意識的にコミュニケーションを取る機会を作る
- 能力評価だけでなく、協調性や他者への配慮もフィードバックの対象に含める
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**参考文献**
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