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ショートストーリー

縦書き

剥がす人

午後四時、東京・日本橋のビル十二階。中堅SaaSベンダー「アルス」の企画会議は、また同じ論点で膠着していた。 「結論、滞在時間を伸ばす施策にもう一段賭けましょう。プッシュ通知の頻度を一・五倍、ダッシュボードに未読バッジを追加、ログイン直後にはおすすめレポートの自動再生です」 若手ディレクターの新田が、慣れた口調でスライドをめくる。数字は確かに、直近の競合が選んだ方向を指していた。 会議室の奥で、プロダクトマネージャーの剣持は、手にしたボールペンをゆっくり回していた。四十歳、中堅SaaS畑ひと筋。 「新田くんの出した数字は否定しない。ただ、うちの顧客って中小企業の経営者だよね。彼らが毎日、何回意思決定してると思う」 「……三百くらい、ですか」 「もっとだ。そして、うちの管理画面はその三百の中の、たった一つに入ろうとしている」 本郷部長が苛立ちを隠さずに遮る。 「剣持、概念論はいい。今期のKPIは月次ログイン率なんだ。上がる施策を並べてくれ」 剣持はうなずいて、手元の資料を一枚めくった。提案資料の頭に、大きく一行だけ書かれていた。 ――「経営者の脳を、守るUIへ」 「このダッシュボード、指標が二十三個並んでいます。そのうち、今週の判断に本当に要るのは、多い人で三つ、少ない人だと一つです。残り二十は、毎週、社長の脳から小さな税金を徴収している」 新田がかすかに眉を動かす。 「でも、情報量を減らすと、機能が貧相って評価が……」 「そう感じる人は、たぶんもう離れてる。アンケートにも出てこない。静かにログインしなくなるだけだ」 剣持は、別の一枚を映した。先月、アルスを解約した食品卸の社長への、長めのインタビュー抜粋だった。 『便利だとは思うんです。ただ、開くたびに何か対応しなきゃって気になって、疲れてしまって』 本郷が黙る。 「通知を増やしても、短期の数字は出ます。一年はもつかもしれません。ただ、僕らの顧客が払っているのは月額費用だけじゃない。認知の税金も、毎日払っている。これを下げる設計に切り替えたい」 「切り替えた結果、KPIが落ちたら」 「今期は一度、落ちる可能性があります」 会議室は静まった。剣持は続けた。 「ただ、競合と同じ指標で勝とうとする限り、うちは消耗戦です。通知の回数も、アニメーションの派手さも、広告費の分厚さも、向こうが上。同じ土俵に乗った瞬間、負け方が決まる」 本郷は、長い息を吐いて、ようやくこう言った。 「……一社でいい。うちの主力顧客に、この設計で当ててみろ。三か月。数字が持てば、全プロダクトに広げる」 三か月後。パイロット先の物流会社の管理部長は、剣持にこう伝えた。 「ログイン回数は、正直ちょっと減りました。でも、役員会に出す判断が、ずいぶん早くなったんですよ」 その言葉を、剣持は自分の手帳に書き写してから、資料に組み込んだ。 通知を増やすより、通知を削るほうがむずかしい。派手な施策より、見えない税金を下げるほうが、ずっと地味で、ずっと本質的だ。 帰り道、新田が少しためらうように聞いた。 「剣持さん、ああいう発想って、どうやって身につくんですか」 剣持は、電車の窓に映る街明かりを見ながら短く答えた。 「戦略の本を読むときに、自社のことじゃなくて、自分の人生のことだと思って読むようにしたんだ」 新田は意味を完全には掴めないまま、少しだけ、歩幅を合わせた。

論考

縦書き

認知コストという静かな税金 — 奪うUIから、守るUIへ

現代のビジネス環境において、最も見えにくい競争優位の源泉は何か。値段でも機能の数でもなく、相手の脳の負荷設計にある——そう言うと抽象的に聞こえるが、実は極めて実務的な話だ。人の脳が一日に処理できる量には上限があり、その量を奪うか守るかで、サービスの寿命は決定的に分かれる。自分が日常的に使っているツールのうち、認知コストを「下げて」くれるものはいくつあるだろうか。 この視点で景色を眺めると、ある対称構造が浮かび上がる。認知コストの設計思想が「相手の認知リソースを守る」営みだとすれば、アテンションエコノミーは「相手の認知リソースを搾取する」営みだ。無限スクロール、自動再生、通知の濫用はいずれも、終わりの合図や次を選ぶ負荷を意図的に消すことで、利用者を長く滞在させる。注意と認知は、もはや希少資源として取引されている。自社のプロダクトや提案資料は、このいずれの側に立っているだろうか。 ただし、低認知コストが常に善だと単純化するのは危うい。学習科学には「望ましい困難」という考え方があり、適度な認知負荷は定着と深い理解を促すことが知られている。流暢に読める文章は信頼されやすい一方、記憶には残りにくいという結果もある。複雑さを削ぎ落としすぎた設計は、ユーザーが自分の判断を育てる機会そのものを奪うこともある。どこまで下げるかは目的次第であり、軽ければ軽いほどよいと断じてよいだろうか。 結局、問うべきは「負荷を上げるか下げるか」ではない。「どの負荷を、誰のために、何のために設計するか」だ。ここで示唆的なのが、競争戦略の古典で語られる原則である。同じ指標で競えば消耗戦になる、独自のポジションを取れ、というあの考え方だ。注意の奪い合いという土俵で、各社が通知回数や滞在時間を競い合っている間に、意思決定の質という別の土俵に立ち位置を移したプロダクトは、比較対象から外れる。比較されなければ、消耗もしない。自社は今、どの土俵に乗っているだろうか。 さらに踏み込めば、この構造は個人の生き方にも拡張できる。外から与えられる刺激と報酬に最適化されるか、自分の内側にある問いと好奇心を燃料にするか。能動的な分析と思考は、受動的な消費よりも報酬が深く、長く続く。理論書を自分の仕事や生活に引きつけて読み替える習慣は、いわば一人ひとりが採れる最小のポジショニング戦略である。いま手にしている古典を、自分のどの局面に転用できるだろうか。 ### 実務への含意 - 離脱率は「不満の量」ではなく「静かに支払われた認知コスト」の総和として見直す - 競合と同じKPIで競い続けていないか、土俵そのものを点検する - 読んだ本の概念を、自分の仕事・顧客・意思決定のどれか一つに必ず転用してから棚に戻す ### 参考文献 - 『競争の戦略』M.E.ポーター(ダイヤモンド社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4478370079?tag=digitaro0d-22) - 『ファスト&スロー(上)』ダニエル・カーネマン(ハヤカワ文庫)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4150504105?tag=digitaro0d-22) - 『ネット・バカ』ニコラス・G・カー(青土社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4791765559?tag=digitaro0d-22) ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています

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