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ショートストーリー
フチの裏側
経理部の主任・河野誠一は、自分の仕事ぶりに一定の自信を持っていた。
毎月の月次決算は期日の二日前には仕上げる。取引先への支払い処理は一度もミスをしたことがない。後輩の面倒も見ている。四十八歳、経理一筋二十五年。自分は「ちゃんとやっている側」の人間だと思っていた。
だからこそ、部長の白石から言われた一言が、喉に小骨のように刺さった。
「河野、最近うちの部署、他部門からの評判が良くないらしい」
「え? どういうことですか」
「経費精算の問い合わせをしても、対応が冷たいって声が上がってる」
河野は戸惑った。問い合わせにはきちんと回答している。処理も正確だ。一体何が問題なのか。
「自分では普通に対応してるつもりなんですが」
白石は腕を組んだ。「つもり、がくせ者なんだよ」
その日の帰り道、河野はコンビニでコーヒーを買いながら考えた。心当たりがないわけではなかった。確かに、同じ質問を何度もしてくる営業部の若手には、少しぶっきらぼうに返しているかもしれない。でも、それは相手がマニュアルを読んでいないからであって、自分の対応が悪いとは思えなかった。
翌日、河野は同期の人事部・村瀬に昼食の席で相談した。
「他部門から苦情が出てるらしいんだけど、正直ピンとこなくて」
村瀬は箸を置いて言った。「それ、どういう苦情なのか具体的に聞いた?」
「対応が冷たいって」
「冷たいって、どの場面で? メール? 電話? 対面?」
「そこまでは——」
「そこが大事なんだよ。『冷たい』にもいろいろあるだろ。何が冷たいのかを分解しないと、対策のしようがない」
河野はハッとした。問題を「対応が冷たい」という漠然とした塊のまま受け取って、自分の中で「そんなはずはない」と処理してしまっていた。
その午後、河野は勇気を出して営業部の若手・藤川に声をかけた。
「藤川さん、ちょっと聞きたいんだけど、経理への問い合わせで困ったことってある?」
藤川は一瞬驚いた顔をしたが、正直に答えてくれた。
「あの……河野さんの回答って、いつも正確なんです。助かってます。ただ、質問するとき、なんていうか、『前にも言いましたが』って枕詞がつくことが多くて。聞きづらくなっちゃうんですよね。だから最近は、わからなくても自分で調べて、余計に時間がかかって」
河野は黙った。心臓の奥がじわりと熱くなった。
「前にも言いましたが」——確かに、自分は言っていた。何度も。正確に対応しているという自負があるからこそ、同じ質問を繰り返されると無意識に出てしまう一言。それが壁になっていたのだ。
回答の正確さという「表面」はきれいに磨いていた。だが、コミュニケーションの「裏側」に、相手を遠ざける言葉が蓄積していた。
河野はその週から、意識的にひとつだけ変えた。問い合わせを受けたとき、回答の前に「聞いてくれてありがとう」と一言添えること。たった一言。それだけだった。
一ヶ月後、白石が河野のデスクに立ち寄った。
「最近、営業から経理の評判が上がってるぞ。何かしたか?」
河野は少し照れたように首を振った。「いえ、ちょっと掃除の仕方を変えただけです」
白石は意味がわからないという顔をしたが、河野は気にしなかった。
見えていると思っていた場所にこそ、見落としがある。そのことを教えてくれたのは、自分の仕事に自信があったからこそ気づけなかった、たった一言の癖だった。
論考
根本原因を叩けば、すべての対症療法コストが消える——問題解決における「自覚・言語化・相談」の三段階
問題を抱えているのに解決できない人と、着実に解決へ進む人の違いはどこにあるのか。能力や経験の差ではない。多くの場合、問題解決のプロセスにおける初期段階——自覚、言語化、相談——のいずれかで躓いている。
まず「自覚」の段階がある。問題は、問題として認識されなければ存在しないも同然である。厄介なのは、自分はきちんとやっているという自信が高い人ほど、この自覚が遅れる傾向にあることだ。「自分は十分にやっている」という認知が、盲点を生む構造的な原因となる。ここで問いたいのは、あなたが「問題ない」と思っている領域に、本当に問題はないのか、という点である。
次に「言語化」の段階がある。問題を漠然と感じていても、それを具体的な言葉に変換できなければ、思考は前に進まない。「なんとなく調子が悪い」と「特定の場面で特定の反応が起きている」では、解像度がまるで違う。言語化とは、問題を分解可能な単位にすることであり、これによって初めて「どこを調べればいいか」が見えてくる。言語化の精度は、解決策の精度に直結するのではないだろうか。
第三に「相談」がある。言語化できたとしても、自分一人の視点では、自分自身の思い込みというフィルターを外すことができない。他者に相談することの本質的な価値は、「答えをもらうこと」ではなく、「自分のフィルターの外側に視点を置くこと」にある。相談によって、「一応やってみるか」というわずかな隙間が生まれ、そこから突破口が開くことがある。
ここで反証を検討したい。すべてを自力で解決すべきだという主張は現実的ではない。専門家への委託が合理的な場面は当然ある。しかし重要なのは、外部に問題解決を丸投げした場合、問題の構造理解が自分の中に蓄積されないという点だ。外部に依頼して一時的に解決しても、根本原因を自分で理解していなければ、同じ問題が再発するたびに外部依存を繰り返すことになる。これは本当にコスト効率が良いと言えるだろうか。
この三段階を経て根本原因を特定し対処すると、興味深い現象が起きる。根本原因が解消されることで、それまで無意識に払い続けていた対症療法のコスト——余計な時間、資源、精神的負荷——がすべて消失するのだ。対症療法のコストは、日常に溶け込んでいるために「仕方のないもの」として処理されがちである。しかしそれは本来不要なコストであり、根本解決によってのみ取り除くことができる。ここにこそ、真の問題解決の価値がある。根本解決がもたらすコスト削減効果を、私たちはどれだけ過小評価しているのだろうか。
さらに、根本原因を一度叩いた成功体験は、次の改善行動への動機となる。小さな問題を丁寧に解決した快感が、環境改善の好循環を生む。これは割れ窓理論の正の側面であり、整った環境が次の整備行動を促す構造と同じである。
#### 実務への含意
- 「自分はちゃんとやっている」と感じる領域こそ、定期的に第三者の視点で点検する仕組みを設けるべきである
- 問題を外部委託で解決する際も、根本原因の構造を必ず自分の言葉で記録し、再発防止の知見として蓄積すること
- 対症療法にかかっている「見えないコスト」を棚卸しし、根本解決による削減効果を可視化することで、改善投資の判断材料とする
### 参考文献
- 『イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」』安宅和人(英治出版)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4862760856?tag=digitaro0d-22)
- 『トヨタの問題解決』(株)OJTソリューションズ(KADOKAWA)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/404600312X?tag=digitaro0d-22)
- 『新版 問題解決プロフェッショナル――思考と技術』齋藤嘉則(ダイヤモンド社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4478005532?tag=digitaro0d-22)
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