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ショートストーリー
止まれない男と、立ち止まった男
営業部の朝礼が終わると、課長の片桐は自席でため息をついた。
今期、部内のSNS施策を任された若手の宮本が、また問題を起こしていた。自社のビジネスアカウントに、競合他社を名指しで揶揄する投稿を上げたのだ。
「片桐さん、見ましたか。リツイートが三千超えてますよ」
宮本は端末の画面を見せながら笑っていた。確かに数字は跳ねていた。前月に比べてフォロワーの増加率も悪くない。
「宮本、これはまずい。取引先の心証を考えろ」
「でも数字が出てるんです。部長だって、先月のレポートでエンゲージメント率を上げろって言ったじゃないですか」
片桐は返す言葉に詰まった。数字だけを見れば、宮本の言い分は間違っていない。だが、何かが違う。
同じフロアの企画課には、入社八年目の須藤がいた。須藤は地味な男だった。社内向けの業務改善ツールを、誰に頼まれたわけでもなくこつこつ作っていた。昼休みにコードを書き、週末にインターフェースを直す。使っているのは自分の課の七人だけだったが、須藤はそれで満足しているようだった。
「須藤さんのあれ、全社展開の話は進まないんですか?」
一度そう聞いたことがある。須藤は眉を上げて少し考えてから言った。
「いや、使ってる人が便利だって言ってくれれば、それでいいんですよ。作ること自体が面白いので」
その週、宮本のSNS投稿はさらにエスカレートした。今度は業界の慣例を「老害の遺物」と断じる動画をアップした。コメント欄は賛否で炎上し、フォロワーは一気に五千人増えた。宮本は社内で「バズの天才」と呼ばれ始めた。
片桐は不安だった。しかし、数字が出ている以上、止める論拠が弱い。部長の高瀬も「若い感性は大事にしたい」と静観の構えだった。
異変が起きたのは翌月だった。
宮本の投稿を見た取引先の部長が、直接電話をかけてきた。「御社はああいう姿勢なのですか」。言葉は丁寧だったが、声は冷えていた。同時期に、業界団体の会合で自社の名前が「あの会社」と呼ばれていることが判明した。
片桐は宮本に状況を伝えた。
「でも、数字は嘘をつかないですよ」
宮本の目は画面に釘付けだった。取引先の声より、コメント欄の動きの方が彼にとっては現実だった。片桐はそのとき気づいた。宮本は反応を失うことだけを恐れている。反応が途切れないように、次の投稿はもっと過激でなければならない。その循環から降りる方法を、宮本自身が持っていない。
一方の須藤は、相変わらず昼休みにコードを書いていた。ある日、総務部の誰かがたまたまそのツールを見て、経費精算のワークフローに応用できないかと相談してきた。須藤は嬉しそうに、でも淡々と対応していた。
「須藤さんは宣伝しないんですか。もったいないですよ」
「いや、必要な人に届けば十分なので」
三カ月後、宮本の施策は大手取引先との契約更新見送りという形で決着した。フォロワー数は一万を超えていたが、営業部の売上目標は未達だった。宮本は異動になった。異動先でも彼は開口一番「ここでもSNSやりましょう」と言ったらしい。
須藤のツールは、静かに三つの部署に広がっていた。
片桐は窓際でコーヒーを飲みながら考えた。数字は同じ「成果」に見えても、その中身はまるで違う。一方は消費されるために作られ、もう一方は使われるために作られていた。宮本が追いかけていたのは反応であり、須藤が積み上げていたのは信頼だった。
止まれない人間と、立ち止まれる人間の差は、能力ではない。自分の中に、聞こえるべき声が聞こえているかどうかだ。
片桐はコーヒーを一口飲んで、自席に戻った。目の前の仕事に、今日もまた静かに取りかかるために。
論考
なぜ「反応」を追う人は止まれなくなるのか ― 内発的動機と外発的動機の構造的差異
#### 序
ビジネスの現場では、成果を測る指標が多様化している。売上やROIだけでなく、フォロワー数やエンゲージメント率のような「注目の量」が重視される場面も増えた。しかし、注目を成果指標の中心に据えた人間が、なぜしばしば過激な行動にエスカレートし、最終的に自滅するのか。その構造を掘り下げることには、組織マネジメント上の実践的な意味がある。
問い:あなたの組織では「成果」と「注目」を明確に区別できているか?
#### 展開
心理学者エドワード・デシの自己決定理論によれば、人間の動機には内発的動機と外発的動機がある。内発的動機で動く人間は、行為そのものから報酬を得る。コードを書くこと自体が楽しい、文章を練る過程に充実がある、といった状態だ。この場合、外部からの評価がゼロであっても活動は持続する。
対照的に、外発的動機のうち特に「他者の反応」だけに依存する場合、報酬の源泉が完全に自分の外側にある。反応が得られなければ行為に意味がなくなり、反応を維持するためには刺激を強め続けるしかない。ダニエル・ピンクが『モチベーション3.0』で指摘した通り、外的報酬への依存は創造性を損ない、短期的な行動を助長する。
この構造的差異は、品質改善の方向性に決定的な違いをもたらす。内発的動機を持つ人間には、技術を磨く、新しい手法を試す、知識を深めるなど、改善の選択肢が多次元に開かれている。しかし「反応の量」だけを指標とする人間には、過激化という一方向しか残されていない。同じ刺激では同じ反応が得られないからだ。
問い:あなた自身が仕事を続ける理由は、過程にあるか、反応にあるか?
#### 反証
ただし、この二分法には留意が必要だ。外発的動機が必ずしも有害とは限らない。適切な外部評価やフィードバックは成長の触媒となりうる。問題は、外部からの反応が唯一の報酬源になった場合に限定される。また、内発的動機だけでは市場との接点を失い、独りよがりに陥るリスクもある。健全な状態とは、内発的動機を基盤としつつ、外部からのフィードバックを成長の材料として活用できる状態だろう。
さらに、注目を戦略的に活用して成果を上げている人物も存在する。全ての「目立つ行為」が自己破壊的とは限らない。決定的な分岐点は、自己認識の有無にある。自分が何のためにその行為を行っているかを自覚できているかどうかだ。
問い:外部からのフィードバックと、外部への依存の境界線はどこにあるか?
#### 再構成
ハーバード・ビジネス・レビューのEIシリーズ『セルフ・アウェアネス』では、自己認識には「内面的自己認識」と「外面的自己認識」の二面があるとされる。内面的自己認識とは、自分の価値観や感情パターンを理解すること。外面的自己認識とは、他者が自分をどう見ているかを把握することだ。
過激化から止まれない人間に欠落しているのは、この両面の自己認識である。自分が何を求めて行動しているかがわからず(内面的自己認識の欠如)、自分の行為が他者にどのような影響を与えているかも見えない(外面的自己認識の欠如)。感受性の欠落とは、まさにこの自己認識の不在を指す。
逆に言えば、感受性を持つこと——つまり自分の行為の結果を引き受け、痛みを感じ取れること——は、エスカレーションを防ぐ最大の安全装置である。痛みを感じるから立ち止まれる。立ち止まれるから修正できる。修正できるから持続的に成長できる。
問い:あなたの組織には、立ち止まる余裕を許す文化があるか?
#### 示唆
結局、「止まれない」ことは強さではない。止まれないのは、止まる理由を感知するセンサーが壊れているからに過ぎない。持続的に価値を生み出す個人や組織は、行為そのものに意味を見出す内発的動機と、自分の影響を感知する自己認識の両方を備えている。
#### 実務への含意
- **評価指標の設計**:「注目の量」ではなく「信頼の蓄積」を測る指標を設計する。フォロワー数よりもリピート率、バズよりも継続的な関係構築を重視する
- **内発的動機の保護**:成果主義の圧力が内発的動機を侵食していないか定期的に点検する。「なぜこの仕事を始めたのか」に立ち返る機会を組織的に設ける
- **自己認識の制度化**:360度フィードバックや1on1の仕組みを通じて、行為の影響を自覚する機会を制度として担保する。感受性は個人の資質ではなく、組織の設計で強化できる
### 参考文献
- 『人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』エドワード・L.デシ、リチャード・フラスト著(新曜社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4788506793?tag=digitaro0d-22)
- 『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』ダニエル・ピンク著(講談社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4062816199?tag=digitaro0d-22)
- 『セルフ・アウェアネス』ハーバード・ビジネス・レビュー編集部(ダイヤモンド社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4478107963?tag=digitaro0d-22)
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