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ショートストーリー

縦書き

その音は、誰のために鳴っているのか

楓プロダクツのオフィスは、いつも誰かのプレゼンの声で賑わっていた。 中堅デザイナーの三宅は、自分が見せ場を嫌う人間だとは思っていない。良い案を堂々と語るのは仕事のうちだ。ただ、新製品コンペが近づくにつれ、胸の奥がざらつくのを抑えられずにいた。 ざらつきの源は、若手のエースである倉田だった。倉田のプレゼンは華やかだ。スライドは美しく、言葉はよどみなく、聞いている全員が引き込まれる。社内SNSにも彼の試作品の写真が流れ、いいねが並ぶ。誰もが「倉田の案で行こう」という空気に傾いていた。 倉田の案は、たしかに目を引いた。鏡のように磨かれた筐体、雑誌の表紙に載りそうなフォルム。だが三宅は、その案を手に取るたびに、わずかな引っかかりを覚えた。持つと指が滑る。ボタンは美しい位置にあるが、押すには少し遠い。「映える」のだが、「使える」かは別の話だった。 会議で三宅がその点に触れると、倉田は柔らかく笑った。「そこは、使う人が慣れますよ。それより、この佇まいがブランドを語るんです」。佇まい、という言葉に、三宅はうまく言い返せなかった。 その夜、三宅は隣の席の岬を見た。岬は寡黙なエンジニアで、プレゼンも下手だ。社内SNSもやらない。彼はその日もただ、試作品を握っては離し、握っては離しを繰り返していた。ユーザーテストの録画を、もう何十回も巻き戻している。 「岬さん、それ、楽しいですか」と三宅は思わず聞いた。岬は顔も上げずに答えた。「ここ、年配の人が必ず二度押しするんですよ。なんでだろうって。気になって眠れなくて」。彼の机には、自分の名前も、見栄えのいい資料も、何ひとつ載っていなかった。あるのは、誰かの指の動きだけだった。 三宅はふと、若い頃に誰かから投げられた問いを思い出した。──お前は、この仕事が好きなのか。それとも、この仕事で輝く自分が好きなのか。 コンペ当日。倉田の案は、やはり場を沸かせた。だが最終評価は、実際の利用者に一週間使ってもらう実地テストで決まることになった。一週間後、戻ってきた声の多くは、地味な岬の改良案に向けられていた。「手に馴染む」「考えなくても押せる」。派手さはない。ただ、使う人の手のなかで、製品が静かに役目を果たしていた。 倉田は悔しそうだったが、どこか腑に落ちない顔でもあった。三宅は彼に、説教ではなく、ただ一つだけ伝えた。「お前のプレゼン、本当にうまいよ。あれは才能だ」。倉田が顔を上げる。「でもさ、お前が今いちばん見せたいのは、製品か? それとも、製品を語るお前自身か?」 倉田は何も答えなかった。けれど、その日から彼が試作品を握る時間が、少しだけ長くなった。 鳴っている音が美しいかどうかではない。その音が、自分のためなのか、対象のためなのか。聴く人は、理屈ではなく、いつのまにかそれを聞き分けてしまう。

論考

縦書き

主客の逆転——仕事は誰のために輝くのか

人が何かに打ち込む姿には、二つの似て非なる形がある。一つは対象そのものに没頭する姿、もう一つは対象を通じて自分を見せる姿だ。外から見ると区別がつきにくいが、近づくほどその差は際立つ。あなたの周囲で「情熱的」と評される人は、対象に向かっているだろうか、それとも観客に向かっているだろうか。 この差を、ここでは「主客の逆転」と呼びたい。本来、主役は仕事や顧客や作品であり、自分はそれに仕える脇役のはずだ。ところが、承認や称賛が報酬として効きはじめると、いつのまにか自分が主役になり、仕事のほうが自分を演出する小道具へと格下げされる。プレゼンが上手く、発信が巧みな人ほど、この逆転に陥りやすい。直近の半年で、あなたの意思決定は「成果のため」と「よく見られるため」のどちらに多く傾いていただろうか。 もっとも、自己呈示そのものを悪と断じるのは早計だ。仕事は伝わらなければ価値を生まないし、見せる技術は立派な能力である。黙って良いものを作れば必ず報われる、というのは職人の願望にすぎない。では、健全な自己呈示と、主客の逆転した自己顕示は、どこで線を引けるのか。 線引きの手がかりは、報酬の向き先にある。対象に没頭する人は、評価が得られなくても手を止めない。誰も見ていなくても、利用者の指の動きが気になって眠れない。一方、自分が主役の人は、観客が消えた瞬間に熱が冷める。前者の動機は内側から湧き、後者の動機は外から供給される。だから、承認という燃料が尽きたとき、どちらが走り続けるかで、その人の本質は露わになる。あなたの取り組みのうち、誰にも報告しないと決めても続けられるものは、いくつあるだろうか。 ここから導けるのは、評価制度や自己管理を「没頭が育つ向き」に設計せよ、という示唆だ。見栄えや発信量ばかりを称えれば、組織は静かに主客の逆転を量産する。逆に、対象への深い理解や地道な改善を見える化できれば、目立たない没頭が報われる。問いを一つ持ち歩くだけでも効く——「私はこの仕事が好きなのか、それともこの仕事で輝く自分が好きなのか」。この問いに迷わず前者と答えられる仕事を、あなたは今いくつ抱えているだろうか。 ### 実務への含意 - 評価指標を「見栄え・発信量」ではなく「対象理解の深さ・地道な改善」に寄せる - 「誰も見ていなくても続けるか」を、採用や任用の見極めの一つの軸にする - 自分の動機を定期的に点検する問い(主客の逆転チェック)を習慣化する ### 参考文献 - 『フロー体験 喜びの現象学』M.チクセントミハイ(世界思想社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4790706141?tag=digitaro0d-22) - 『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』ダニエル・ピンク(講談社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4062144492?tag=digitaro0d-22) - 『嫌われる勇気』岸見一郎・古賀史健(ダイヤモンド社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4478025819?tag=digitaro0d-22) ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています

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