アイキャッチ画像

アイキャッチ画像

ショートストーリー

縦書き

平台のない店

高野真澄は、創業四十年の老舗スーパー「丸高」の三代目として、二年前に社長に就任した。父から引き継いだ店舗は堅実な経営を続けていたが、近隣に大型ショッピングモールが開業して以来、客足は確実に減っていた。  月曜の朝礼で、真澄は営業部長の大島に問いかけた。 「先月のデータ、見ましたか。来店客数が前年比で二割減です」 「はい。対策として、特売チラシの配布を週三回に増やす案を検討中です」  真澄は腕を組んだ。同じ土俵で戦っても勝ち目はない。大手には価格で太刀打ちできない。  その週、真澄は業界の研修会に参加した。懇親会で、雑貨店チェーンを経営する女性と隣り合わせになった。名刺には「ライフスタイル事業部」とあった。 「スーパーさんですか。珍しいですね、この研修会では」 「場違いかもしれませんが、何かヒントがあればと思って」  女性は笑った。「うちも最初は家具屋でした。でも家具を売るんじゃなくて、暮らしを提案することにしたら、お客さんの反応が変わったんです」  その言葉が、真澄の頭に残った。  翌週、真澄は入口近くの陳列棚を見つめていた。商品が整然と並んでいる。効率的で、無駄がない。だが、何かが足りない気がした。  経理部から異動してきたばかりの若手社員、柴田が通りかかった。彼女は前職がインテリアショップだった。 「柴田さん、ちょっといいですか。この入口付近、何か物足りなく感じませんか」  柴田は少し考えてから答えた。「雑貨店だと、ここは『平台』を置く場所なんです。季節の提案とか、スタッフのおすすめとか。でもスーパーには、そういう発想がないですよね」 「平台?」 「お客さんに『こういう暮らしはどうですか』って見せる場所です。商品じゃなくて、シーンを売るというか」  真澄は黙って聞いていた。  数日後、営業会議で真澄は提案した。 「入口正面に、プロモーションスペースを作りたい」  大島が眉をひそめた。「売り場面積が減りますよ。売上に響きます」 「一ヶ月だけ試させてください」  九月の第一週、入口に小さなコーナーが現れた。テーマは「秋の朝ごはん」。地元の養蜂家から仕入れた蜂蜜、近くのベーカリーのパン、契約農家のリンゴジャム。傍らには、スタッフ手書きのレシピカードが置かれていた。  派手な看板も値引きもない。ただ、「こんな朝ごはんはいかがですか」という静かな問いかけがあるだけだった。  最初の一週間、売上は変わらなかった。大島は「予想通りです」と言った。  だが二週目、変化が起きた。  常連の主婦がレシピカードを手に取り、蜂蜜とジャムを買っていった。翌日、彼女は友人を連れてきた。「ここ、なんかいいのよ」と言いながら。  SNSに写真が上がり始めた。「丸高の入口、雰囲気変わった」「朝ごはんコーナーがかわいい」。投稿には店の名前と場所が添えられていた。  一ヶ月後、プロモーションエリアの商品売上は想定の三倍になった。だがそれ以上に、店全体の来客数が回復し始めていた。  大島が真澄のもとにやってきた。 「正直、驚きました。でも、これをどう続ければいいんでしょうか。毎月テーマを変えるなんて、うちのスタッフにできますか」  真澄は窓の外を見た。 「大島さん、うちには食品流通のプロはいます。でも、暮らしを提案したことはなかった。だから、違う経験を持つ人が必要なんです」 「柴田ですか」 「彼女だけじゃない。外の世界を知っている人を、もっと入れたい」  大島は少し沈黙してから言った。「四十年、同じやり方でやってきました。それを変えるのは、簡単じゃありません」 「わかっています。でも、流れに乗るだけでは、流れが変わったときに振り落とされる」  翌月のテーマは「地元の恵み」だった。近隣の農家を訪ね、野菜の背景にある物語を聞いた。それをポップに書いて添えた。  生産者の一人、七十代の男性が店を訪れた。自分の野菜が、手書きの紹介文とともに並んでいるのを見て、目を細めた。 「こんなふうに売ってもらったの、初めてだよ」  真澄は頭を下げた。「こちらこそ、ありがとうございます」  大きな逆転は起きていない。売上が劇的に伸びたわけでもない。ただ、店の空気が少しずつ変わっていた。スタッフが商品の背景を語るようになった。常連客が「今月は何?」と聞いてくるようになった。  年末、柴田が真澄に報告した。 「来店客へのアンケートで、『この店が好き』と答えた人が、前年の二倍になりました」  真澄はうなずいた。好きだと言われる店になること。それは売上よりも先に来るものかもしれなかった。  窓の外で、冬の陽が傾いていた。変化は静かに、しかし確実に、根を張り始めていた。

論考

縦書き

本質を探る者が時流を動かす ―押しつけない提案の力

## 序 ビジネスにおいて「時流を読む」という言葉がよく使われる。しかし、この表現には根本的な問題がある。時流が「読める」ということは、すでにその流れが目に見えているということであり、それを見出した誰かが自分より先にいることを意味する。真に価値を生み出すのは、時流を読む者ではなく、時流を引き寄せる者ではないだろうか。この問いを検証するため、ムーブメントが生まれる構造について考察する。 【検証可能な問い】成功した新商品やサービスのうち、事前の市場調査で「需要あり」と判定されたものと、「不確実」と判定されたものの比率はどうなっているか。 ## 展開 ムーブメントが起きるには三つの要素が必要となる。第一に「ビジョン」。なぜそうあるべきかという確信と、それを伝えるエネルギーである。単に流行を追うのではなく、内発的な動機が求められる。第二に「賛同者」。同じ熱量でビジョンを共有し、行動を起こす仲間の存在である。仲間が集まらない場合、方向性かタイミングが時代と合っていない可能性がある。第三に「時代の流れ」。ただしこれは「読む」のではなく「引き寄せる」ものである。本質を探り当て、丁寧に伝え続けることで、時代が後から追いつくという構図になる。 【検証可能な問い】長期間ヒットし続けている商品は、発売当初どのようなマーケティング戦略をとっていたか。積極的なプロモーションとの相関はあるか。 ## 反証 この考え方には限界もある。本質を探ったとしても、それが市場に受け入れられる保証はない。多くの「本質的」と自認するプロジェクトが失敗している現実がある。また、「賛同者が集まらなければタイミングが合っていない」という説明は、事後的な正当化に過ぎない可能性がある。成功したから賛同者が集まったのか、賛同者が集まったから成功したのか、因果関係の判定は難しい。さらに、異業種からの参入が革新をもたらすという見方も、生存者バイアスの影響を受けている。固定観念を持たない参入者の多くは、業界特有の知識不足から失敗している。 【検証可能な問い】異業種から参入して成功した企業と失敗した企業の比率、および成功要因の共通点は何か。 ## 再構成 これらの反証を踏まえると、より精緻な理解が可能になる。重要なのは「本質を探る」行為そのものの質である。本質とは、消費者が言語化できていない「なんとなくいいな」という感覚の奥にある。それを掘り当てるには、生産者や顧客との深い対話、現場への没入、そして固定観念にとらわれない視点が必要となる。異業種経験は、その視点をもたらす一つの手段であり、それ自体が成功要因ではない。また、本質を見出したとしても、それを「押しつけ」として伝えれば受け入れられない。「こういう暮らしはどうですか」という静かな提案として示すことで、消費者は自分事として取り入れることができる。 【検証可能な問い】消費者が「自分で選んだ」と感じる購買体験と、「勧められた」と感じる購買体験では、リピート率に差があるか。 ## 示唆 時流を読んで追いかける者は、潮目が変わると振り落とされる。時流を引き寄せる者は、変化の兆しを感じて自ら舵を切ることができる。この違いが、一時的なヒットと持続的な価値創造の分岐点となる。フワフワした「こうあったほうが素敵だな」という感覚に出会ったとき、それを安易に言語化せず、その本質がどこにあるのかを丁寧に探ること。そして見出した本質を、押しつけではなく提案として伝えること。マーケティング戦略やデータ分析を否定するわけではないが、それらは本質を見出した後の手段である。順序を間違えてはならない。 【検証可能な問い】「時流を先取りした」と評価される企業のリーダーは、その判断をどのような情報源に基づいて行っていたか。 --- ## 実務への含意 - 消費者の「なんとなくいいな」を見逃さず、その奥にある本質を言語化する習慣を持つ - 異なるバックグラウンドを持つメンバーをチームに加え、固定観念を相対化する仕組みを作る - 商品やサービスを「押しつけ」でなく「提案」として伝えられているか、顧客視点で定期的に検証する --- ## 参考文献 1. 『トヨタとソフトバンクで鍛えた「0」から「1」を生み出す思考法 ゼロイチ』林 要 https://www.amazon.co.jp/dp/4478068259?tag=digitaro0d-22 2. 『ゼロからつくるビジネスモデル』井上 達彦 https://www.amazon.co.jp/dp/4492534172?tag=digitaro0d-22 3. 『イノベーションの再現性を高める 新規事業開発マネジメント』北嶋 貴朗 https://www.amazon.co.jp/dp/4532323681?tag=digitaro0d-22 ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています

ハッシュタグ