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ショートストーリー

縦書き

これでいい

人事部の会議室で、山崎理恵は自分のプレゼン資料を見つめていた。 三十四歳。入社十二年目。同期の中では出世が遅いほうだ。今回の社内公募制度で、念願だった新規事業開発室への異動を勝ち取りたい。そのための面接が、明後日に迫っていた。 「山崎さん、資料見せてもらっていいですか」 隣のデスクの後輩、高橋彩が声をかけてきた。入社三年目で、すでに社内MVPを受賞している。理恵は少し躊躇しながらも資料を渡した。 彩はさっと目を通すと、にっこり笑った。 「すごくいいと思います。でも、もう少し実績をアピールしたほうがいいんじゃないですか? 去年のプロジェクトとか」 理恵は曖昧にうなずいた。去年のプロジェクトは確かに成功した。だが、それは自分の力というより、チーム全体の努力だった。自分だけの手柄のように語ることに、どこか抵抗があった。 「高橋さんなら、どう書く?」 「私なら、数字で示しますね。売上何パーセント向上とか。面接官は結果を見たいはずですから」 理恵は帰宅後、資料を書き直した。彩の助言通り、実績を前面に押し出した。数字を並べ、自分がいかに優秀かを主張する内容になった。 読み返すと、どこか居心地が悪かった。これは本当に自分の言葉だろうか。 翌日、理恵は偶然、社員食堂で人事部長の小林と同じテーブルになった。小林は五十代後半、穏やかな物腰で知られている。 「山崎さん、面接の準備はどう?」 「はい、なんとか。でも、正直、自信がなくて」 小林は箸を置き、少し考えてから言った。 「自信って、どこから来ると思う?」 理恵は答えられなかった。 「私はね」と小林は続けた。「若い頃、周りと比べてばかりいた。あいつより自分は上だとか、下だとか。でもね、それって疲れるんだよ。上には必ず上がいるから」 理恵はうなずいた。まさに今の自分だった。 「ある時、気づいたんだ。大事なのは、自分が自分の基準を満たしているかどうか。他人じゃない。『これでいい』と思えるかどうか」 「これでいい……」 「そう。『すごく良い』じゃなくて、『これでいい』。自分を認めるって、そういうことなんじゃないかな」 理恵はその夜、もう一度資料を書き直した。今度は、自分の言葉で。派手な実績ではなく、自分が本当にやってきたこと。チームをどう支えたか。何を学んだか。なぜ新規事業に関わりたいのか。 完璧ではなかった。高橋彩のような華やかさもない。でも、嘘はなかった。 面接当日。理恵は緊張しながらも、自分の言葉で話した。途中でつかえることもあった。それでも、最後まで自分の考えを伝えた。 結果発表は一週間後だった。 理恵は選ばれなかった。 落胆しなかったと言えば嘘になる。でも、以前のような強い自己否定は湧いてこなかった。 「残念だったね」 高橋彩が声をかけてきた。理恵は微笑んだ。 「うん。でも、自分の言葉で話せたから、後悔はないかな」 彩は少し驚いた顔をした。 「山崎さん、なんか変わりましたね」 理恵は窓の外を見た。曇り空だったが、不思議と気持ちは軽かった。 三ヶ月後、人事部から連絡があった。新規事業開発室で欠員が出たため、再度面接を受けないかという打診だった。前回の面接での理恵の話し方が印象に残っていた、と担当者は言った。 理恵は静かにうなずいた。 「はい、受けます」 今度も自分の言葉で話そう。結果がどうであれ、「これでいい」と思える自分でいるために。

論考

縦書き

自己肯定感の二つの顔——比較に頼らない自信のつくり方

**序:自己肯定感という言葉の落とし穴** 自己肯定感を高めましょう、とよく言われる。しかし、自己肯定感には二種類ある。この区別を理解しないまま「自信を持て」と言われても、かえって苦しくなる人は多い。自分を「とても良い」と評価することと、「これでいい」と受け入れることは、根本的に異なる心理状態である。前者は他者との比較から生まれ、後者は内的な基準から生まれる。どちらの自己肯定感を目指すかで、人生の安定度は大きく変わる。 (検証可能な問い:自己評価を他者比較で行う人と内的基準で行う人では、長期的な精神的安定度に差があるか?) --- **展開:随伴性自己肯定感の脆さ** 他者からの評価や社会的成功に依存する自己肯定感は「随伴性自己肯定感」と呼ばれる。これは外部の状況によって大きく揺れ動く。昇進すれば自信が湧き、失敗すれば自己否定に陥る。常に自分より優れた誰かが現れる可能性があるため、この種の自信は本質的に不安定である。 「自分はすごい」と思うためには、比較対象が必要になる。しかし、上には上がいる。どれだけ成功しても、さらに成功している人を見れば自信は揺らぐ。この構造がある限り、真の安心は得られない。 (検証可能な問い:社会的成功を収めた人の中で、精神的な満足度が低い人の割合はどの程度か?) --- **反証:比較を完全に排除できるか** とはいえ、他者との比較を完全になくすことは現実的ではない。人間は社会的な生き物であり、自分の立ち位置を確認するために周囲を参照することは自然な行動である。また、外部からのフィードバックがなければ、自分の成長度合いを測ることも難しくなる。 さらに、過度な自己肯定は現実認識を歪める危険もある。自分を「これでいい」と受け入れることが、努力を怠る言い訳になる可能性もゼロではない。重要なのは、比較を完全に排除することではなく、比較に振り回されない軸を持つことである。 (検証可能な問い:自己肯定感が高すぎる人は、自己成長への動機が低下するか?) --- **再構成:「これでいい」という基準** 安定した自己肯定感を得るには、「これでいい(good enough)」という内的基準を持つことが有効である。これは自分を甘やかすこととは違う。自分なりの基準を設け、それを満たしているかどうかで自分を評価する姿勢である。 この基準は、他者からの無条件の受容によって育まれる。成果を出したからほめるのではなく、存在そのものを認めてもらう経験が、内的な安定につながる。だからこそ、職場や家庭で「条件付きの承認」ばかりを与えていないか、振り返る必要がある。 (検証可能な問い:幼少期に無条件の承認を受けた人と条件付き承認のみを受けた人では、成人後の自己肯定感に差があるか?) --- **示唆:自分を測る物差しを選ぶ** 自己肯定感は高ければ良いというものではない。どのような基準で自分を肯定しているかが重要である。他者との比較に依存した自信は、環境が変われば崩れる。一方、内的基準に基づいた自己受容は、外部環境に左右されにくい。 自分を「すごい」と思う必要はない。「これでいい」と思える自分でいること。それが、長く続く自信の土台になる。 --- **実務への含意** - 部下やチームメンバーを評価する際、成果だけでなく「存在そのもの」を認める言葉がけを意識する - 自分の自信が他者比較に依存していないか、定期的に振り返る習慣を持つ - 「すごい」ではなく「これでいい」と思える自分なりの基準を言語化してみる --- **参考文献** ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています - 自己肯定感: https://www.amazon.co.jp/s?k=自己肯定感&tag=digitaro0d-22 - 自尊心: https://www.amazon.co.jp/s?k=自尊心&tag=digitaro0d-22 - セルフコンパッション: https://www.amazon.co.jp/s?k=セルフコンパッション&tag=digitaro0d-22

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