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ショートストーリー

縦書き

空っぽのノート

広報部の森川真希は、画面に映る白い投稿欄を三十分も見つめていた。 「今日も何も浮かばない」 会社のSNS運用を任されて二週間。フォロワー数を伸ばせと言われたものの、投稿する内容が思いつかない。同期の田中は営業成績でトップを取り、後輩の佐藤はプロジェクトリーダーに抜擢された。自分には何もない。発信できるような特別な経験も、際立った専門知識もない。 「森川さん、ちょっといい?」 声をかけてきたのは、総務部の島田だった。五十代半ば、いつも穏やかな笑顔を絶やさない男性だ。 「お昼、一緒にどう? いい店見つけたんだ」 誘われるまま、オフィス街の裏路地にある小さな定食屋に入った。カウンター八席だけの店で、七十代くらいの女将がひとりで切り盛りしている。 「ここ、三十年やってるんだって」 島田は嬉しそうに店内を見回した。壁には色褪せたメニューの短冊と、常連客らしき人々との写真が所狭しと貼られている。 「島田さん、どうやってこんな店見つけるんですか」 「歩いてるとね、気になる路地があるんだよ。この道の先には何があるんだろうって」 焼き魚定食が運ばれてきた。鯖の塩焼き、ほうれん草のおひたし、豆腐の味噌汁。どれも素朴だが、丁寧に作られているのがわかる。 「うまいなあ」 島田は幸せそうに箸を動かしながら、女将に話しかけた。 「すみません、この味噌汁、何か特別なことしてます?」 「ああ、煮干しを一晩水に浸けてるだけよ」 「やっぱり。深みが違いますね」 女将は照れくさそうに笑った。 森川は、島田のやりとりを見ながら考えていた。この人は何も特別なことをしていない。ただ、目の前のものに興味を持ち、聞いているだけだ。 「島田さんって、どこに行っても誰かと話しますよね」 「そうかな。ただ気になったことを聞いてるだけだよ」 帰り道、島田は言った。 「森川さん、SNS運用で困ってるんだって?」 「はい。何を書けばいいか全然わからなくて」 「何を書こうとしてるの?」 「会社の強みとか、製品の特徴とか……でも、うまくまとまらなくて」 島田は少し考えてから答えた。 「僕が思うにね、発信って『自分の中から何かを絞り出す』ことじゃないんだよ」 「どういうことですか」 「さっきの定食屋、おもしろかったでしょう? 三十年続けてる店、一晩水に浸ける煮干し、壁の写真。僕の中には何もないけど、見て聞いたことはたくさんある」 森川は立ち止まった。 「それを書けばいいってことですか」 「そう。君の目で見て、君が気になったことを書く。それだけで十分だと思うよ」 翌日、森川は社内を歩き回った。製造部の山本さんが検品するときの手つき、経理部の加藤さんが使っている古い電卓、会議室の窓から見える空。今まで素通りしていたものが、急に輪郭を持ち始めた。 「山本さん、その検品の仕方、誰かに教わったんですか」 「ああ、これ? 二十年前に先輩から。『製品は嘘をつかない。手が覚えるまでやれ』って言われてさ」 森川はメモを取った。 その夜、初めて迷わずに投稿を書いた。製造部の山本さんの話と、先輩から受け継いだ検品の技術について。 投稿は、これまでで一番多くの反応を得た。 一か月後、森川のデスクには取材ノートが積み上がっていた。社員へのインタビュー、取引先との会話、街で見かけた風景。どれも自分の中から生まれたものではない。でも、自分の目を通して集めたものだ。 部長が声をかけてきた。 「最近の投稿、いいね。会社の雰囲気が伝わってくるよ」 「ありがとうございます。でも、私はただ聞いて書いてるだけで」 「それでいいんだよ。君というフィルターを通してるから、価値があるんだ」 森川は窓の外を見た。空っぽだと思っていた自分の中に、少しずつ何かが積み重なっていく感覚があった。 それは自分で作り出したものではない。でも、確かに自分のものだった。 帰り際、島田とすれ違った。 「定食屋、また行きませんか」 「いいね。今度は君が店を探してきてよ」 森川は笑った。探す場所なら、もう見つけ方を知っている。

論考

縦書き

発信の源泉を「外」に求める思考法

### 序 情報発信が当たり前になった現代において、多くの人が「発信したいが、書くことがない」という壁にぶつかる。この問題の根底には、発信とは「自分の中にある何かを外に出す行為」だという思い込みがある。しかし、この前提を疑ってみると、まったく異なる発信の形が見えてくる。発信の源泉は、自己の内側ではなく、外界への観察と取材にあるのではないか。 **検証可能な問い**:発信頻度の高い人と低い人で、「ネタは自分の中にある」という信念の強さに差はあるか。 ### 展開 この考え方の核心は、「自己」という概念の捉え直しにある。私たちが自分を語ろうとするとき、必ず他者との関係を通じて語ることになる。出身地、職業、趣味、いずれも自分の外にある要素との接点である。つまり、自己と他者の境界は曖昧であり、他者を語ることは同時に自己を語ることでもある。 さらに、情報が溢れる時代において重要なのは「何を言うか」だけではない。「誰が、どのような視点で伝えるか」というフィルターの価値が増している。同じ情報でも、伝える人のバックグラウンドや感性を通すことで、新たな意味が生まれる。これは編集者やキュレーターの仕事に近い。 **検証可能な問い**:SNSにおいて、オリジナルコンテンツと「発見の共有」型コンテンツのどちらがエンゲージメント率が高いか。 ### 反証 ただし、この考え方には限界もある。第一に、他者の言葉や発見を借り続けることで、発信者自身の独自性が薄れるリスクがある。「あの人は何者なのか」というアイデンティティが曖昧になる可能性は否定できない。 第二に、常に「ネタ探し」の視点で世界を見ることは、純粋な体験の質を損なうかもしれない。美味しい食事を味わうことと、それを発信ネタとして観察することは、両立しにくい側面がある。 **検証可能な問い**:「取材マインド」を持つ人と持たない人で、日常の満足度に差はあるか。 ### 再構成 これらの反論を踏まえると、重要なのはバランスである。発信を「作家マインド」と「編集者マインド」の二項対立で捉えるのではなく、両者のグラデーションとして理解すべきだろう。 編集者マインドの本質は、「外界への好奇心」と「違和感への感度」にある。何を見ても何とも思わない人は、ネタを見つけにくい。逆に、細かいことが気になる人、違和感を抱きやすい人は、発信の種を見つけやすい。これは性格というより、意識的に培えるスキルである。 **検証可能な問い**:「違和感への感度」は訓練によって向上するか。 ### 示唆 発信の障壁を下げるためには、「自分の中に何かなければならない」という思い込みを手放すことが出発点となる。日常の中で心が動いた瞬間、誰かから聞いた興味深い話、ふと感じた違和感。それらを記録し、自分のフィルターを通して伝える。それだけで十分に価値のある発信になりうる。 **検証可能な問い**:発信を「編集」と捉え直すことで、発信への心理的ハードルは下がるか。 --- ### 実務への含意 - **取材マインドの意識化**:日常の出来事を「これは取材だ」という視点で観察する習慣をつける - **違和感の記録**:感じた違和感をすぐにメモし、後で発信ネタとして活用できるストックを作る - **観察記録ツールの常備**:メモアプリ、小型ノート、音声レコーダーなど、気づきを即座に記録できるツールを常に携帯する - **フィルターの価値を認識**:情報そのものより、「自分を通してどう見えたか」を中心に発信を組み立てる --- ### 参考文献 - 『書くのがしんどい』竹村俊助(PHP研究所)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4569847161?tag=digitaro0d-22) - 『「文章術のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』藤吉豊・小川真理子(日経BP)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4822289060?tag=digitaro0d-22) - 『キュレーション 収集し、選別し、編集し、共有する技術』スティーブン・ローゼンバウム(プレジデント社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4833419874?tag=digitaro0d-22) ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています

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