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ショートストーリー
残りの時間
総務部の佐藤健一は、五十二歳になった朝、自分の人生を振り返っていた。
入社三十年。与えられた仕事を真面目にこなし、大きな失敗もなく、課長という肩書きを手に入れた。だが、会議室の窓から見える景色は、三十年前と何も変わっていなかった。変わったのは、自分の髪が白くなったことくらいだ。
「佐藤さん、新人研修の件ですが」
部下の田中美咲が声をかけてきた。二十六歳。入社四年目で、すでに研修担当を任されている。
「ああ、去年と同じ内容でいいだろう。マニュアルがあるはずだ」
美咲は少し困った顔をした。
「でも、去年の研修、新入社員からの評価があまり良くなかったんです。『答えを教えてもらうだけで、自分で考える時間がなかった』って」
佐藤は眉をひそめた。
「新人に考えさせてどうする。まず基本を覚えるのが先だ。自分で考えるのはその後でいい」
「でも……」
美咲は言葉を濁した。
その週末、佐藤は久しぶりに実家を訪ねた。八十歳になる父親は、庭の手入れをしていた。
「元気そうだな」
「まあな。でも、あと何年こうしていられるか」
父親は淡々と言った。
「健一、お前、今の仕事、楽しいか」
佐藤は答えられなかった。楽しいとも、つまらないとも思ったことがなかった。ただ、与えられたことをこなしてきただけだ。
「俺はな、若い頃、やりたいことがあったんだ。でも、安定を選んだ。お前たちを育てるために。それ自体は後悔していない。ただ、自分で選んだという実感がなかったのが、今になって惜しいと思う」
父親は剪定ばさみを置いた。
「残りの時間は、自分で選べるんだ。お前はまだ五十二だろう」
月曜日。佐藤は会議室で美咲と向き合っていた。
「新人研修の件、もう一度考えてみたんだが」
美咲は驚いた顔をした。
「去年のやり方を変えてみようと思う。ただ教えるだけじゃなく、新人に考えさせる時間を作る。『なぜこの仕事をするのか』『自分はどう思うのか』を問いかける形式にしたい」
「佐藤さん、どうしたんですか、急に」
佐藤は窓の外を見た。
「残りの時間のことを考えたんだ。俺はあと何年働ける? 十年か、八年か。その間に、何を残せるか。マニュアル通りの研修を続けても、何も変わらない。でも、自分で考える力を持った人間を一人でも育てられたら、それは残る」
美咲は黙って聞いていた。
「正直、うまくいくかわからない。今までやったことないからな。でも、やらずに終わるのは嫌だ」
美咲は小さく頷いた。
「私も、そう思ってました。去年の研修で、新入社員の一人が言ってたんです。『自分が何をしたいのか、考える時間がほしかった』って。その子、今、もう辞めちゃったんですけど」
佐藤は胸が痛んだ。
研修の準備は難航した。上層部からは「従来通りでいいのでは」と言われた。同僚からは「今さら変えても」と冷ややかな目で見られた。
それでも佐藤は続けた。美咲と二人で、新しいプログラムを組み立てていった。
三ヶ月後。新入社員研修が終わった。
アンケートの結果は、去年より少しだけ良くなっていた。劇的な変化ではなかった。だが、一人の新入社員がこう書いていた。
「なぜこの会社で働くのか、初めて自分で考えることができました」
佐藤はその一文を読んで、少しだけ笑った。
美咲が隣で言った。
「来年は、もっと良くなりますね」
佐藤は頷いた。残りの時間は、まだある。
論考
時間の有限性を自覚する——主体的な人生設計のために
**序:時間は誰にでも平等に与えられている、という嘘**
「時間は誰にでも平等に与えられている」とよく言われる。しかし、これは半分だけ正しい。確かに一日は二十四時間であり、その点では平等だ。だが、その時間をどう使うかを主体的に選択できる人と、選択肢すら見えないまま流されている人とでは、人生の質は大きく異なる。時間の有限性を自覚している人は、その使い方に意識的になる。自覚していない人は、気づけば時間だけが過ぎていく。
(検証可能な問い:時間の有限性を強く意識している人と、そうでない人とでは、キャリアの満足度に差があるか?)
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**展開:自己認識なき選択は選択ではない**
人生における選択の質は、自己認識の深さに依存する。自分が何を望んでいるのか、何が得意なのか、何に価値を感じるのか。これらを理解しないまま進路を決めても、それは本当の意味での選択ではない。与えられた選択肢の中から「なんとなく」選んでいるだけである。
従来の教育は、答えを与えることに重点を置いてきた。テストの点数が良ければ評価され、そうでなければ評価されない。この仕組みでは、「自分は何者か」を考える時間が与えられない。結果として、多くの人が社会に出てから「自分が何をしたいのかわからない」という壁にぶつかる。
(検証可能な問い:学生時代に自己分析の機会を持った人と持たなかった人では、入社後の離職率に差があるか?)
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**反証:すべての人が主体的に選べるわけではない**
ただし、主体的な選択が誰にでも可能であるとは限らない。経済的な制約、家族の事情、社会的な環境。これらの要因によって、選択肢自体が限られている人は多い。「自分で人生を選べ」という主張は、恵まれた環境にいる人の理想論だという批判もある。
また、画一的な教育には、社会的な公平性を担保する側面もある。全員に同じ基礎教育を提供することで、最低限の機会均等を実現している。個別最適化を追求しすぎると、格差が拡大するリスクもある。
(検証可能な問い:個別最適化された教育を受けた層と標準教育を受けた層で、社会的流動性に差が生じるか?)
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**再構成:有限性の自覚が選択を変える**
それでも、時間の有限性を自覚することには価値がある。環境に恵まれていなくても、「残りの時間をどう使うか」という問いを持つことで、微小な選択の積み重ねが変わる。今日一日の過ごし方、今週の優先順位、今年の目標。これらを意識的に決める習慣が、長期的には大きな差を生む。
重要なのは、一度に人生を変えることではない。まず「自分は今、何に時間を使っているか」を観察すること。次に「それは本当に自分が望んでいることか」を問うこと。この二つを繰り返すだけで、少しずつ主体性は育っていく。
(検証可能な問い:毎週「時間の使い方」を振り返る習慣を持つ人と持たない人では、一年後の目標達成率に差があるか?)
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**示唆:残りの時間は、まだある**
人生のどの段階にいても、「残りの時間」は存在する。二十代でも、五十代でも、八十代でも。過去に費やした時間は戻らないが、これからの時間は自分で決められる。大切なのは、その事実に気づくことである。
時間の有限性を恐れる必要はない。むしろ、有限だからこそ、今日という日の価値が上がる。
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**実務への含意**
- 定期的に「自分は何に時間を使っているか」を可視化し、優先順位を見直す習慣を持つ
- 部下や後輩に対して「答え」を与えるだけでなく、「なぜそうするのか」を問いかける機会を作る
- キャリアの節目で「残りの時間で何を成し遂げたいか」を言語化する時間を取る
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**参考文献**
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