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ショートストーリー
顔の向こう側
中堅IT企業ネクサスの人事部長・津田康彦は、最終面接に残った四人の候補者の履歴書を眺めながら、胃の辺りが重くなるのを感じていた。
新規プロジェクトのリーダー候補として、経営陣からは「将来の幹部になれる人材を」と厳命されている。しかし四人とも甲乙つけがたい経歴の持ち主だった。
「津田さん、ちょっといいですか」
声をかけてきたのは、先月入社したばかりの人事部員・水島沙織だった。三十代前半、以前はフランス系のコンサルティング会社にいたという変わり種だ。
「実は、候補者の方々の写真を拝見して、少し気になることがありまして」
津田は眉をひそめた。「写真? 顔で判断するのか?」
「いえ、そういうわけでは……フランスで学んだ心理分析の手法がありまして。骨格や表情筋のつき方から、その人の思考パターンを読み解くものです」
「占いみたいなものか」
「学問です」水島はきっぱりと言った。「膨大なデータに基づいて体系化されたものです。もちろん、これだけで判断すべきではありませんが、面接の補助として使えるかと」
津田は懐疑的だったが、藁にもすがる思いで話を聞いた。
水島の分析によると、候補者のうち三人は「前に進む推進力」は強いが、周囲を巻き込む力に課題があるという。一方、残る一人の江口という男は、一見すると地味だが「状況を俯瞰して判断する特徴」が顔に表れているとのことだった。
「ただし」と水島は付け加えた。「これはあくまで傾向です。人は変わりますし、環境によっても変わります」
翌日の最終面接。津田は水島の分析を頭の片隅に置きながら、四人と向き合った。
案の定というべきか、三人は自分の実績を雄弁に語り、いかに自分がリーダーにふさわしいかをアピールした。対して江口は、淡々と過去のプロジェクトについて話したが、印象的だったのは失敗談だった。
「チームがバラバラになりかけたとき、私は無理に引っ張ろうとして、かえって状況を悪化させました。そこから学んだのは、リーダーの仕事は先頭に立つことだけではないということです」
面接後、津田は経営陣に江口を推薦した。しかし、専務の反応は芳しくなかった。
「華がないな。うちの顔になれるタイプじゃない」
「顔、ですか」
「そうだ。リーダーってのは、見た目で分かるもんだろう。堂々としていて、カリスマ性があって」
津田は一瞬、水島の話を持ち出そうかと思ったが、やめた。顔で判断する、という言葉の意味が、専務と水島ではまるで違っていた。
専務の言う「顔」は、自分が持つリーダー像への当てはめだ。対して水島の手法は、先入観を排して客観的なデータから人を見ようとするものだった。
結局、採用されたのは一番弁が立つ候補者だった。江口は次点として別部署に配属された。
三ヶ月後。新プロジェクトは早くも暗礁に乗り上げていた。採用されたリーダーは確かに推進力があったが、チームの軋轢を生み、メンバーが次々と離脱していた。
一方、江口が配属された部署では、地味ながら着実に成果が出始めていた。
「津田さん、あのとき私の話を聞いてくださいましたよね」
水島がふと言った。
「結果的に、私の分析は外れていなかったかもしれません。でも、外れていた可能性もあった。大事なのは、人を見るときに自分の思い込みを外せるかどうか、じゃないでしょうか」
津田は窓の外を見た。夕日がビル群を赤く染めている。
人を見る目。それは、顔の向こうにある何かを見ようとする姿勢のことかもしれない。
専務室に向かう廊下を歩きながら、津田は次の人事案件のことを考えていた。江口の異動願を、そろそろ出すべき頃だろう。
論考
人を見る目は鍛えられるか——客観性と直感の交差点
### 序:人を見る目という能力
ビジネスにおいて「人を見る目がある」という評価は、最高の賛辞の一つである。採用面接、昇進判断、プロジェクトメンバーの選定など、あらゆる場面で人を見極める能力が問われる。しかし、この「目」とは何を指すのか。生まれ持った才能なのか、それとも後天的に磨けるスキルなのか。
結論から言えば、人を見る目は体系化できる。そして、その体系化の方向には二つのアプローチがある。一つは客観的なデータに基づく分析的アプローチ、もう一つは経験に基づく直感的アプローチだ。
**問い:あなたの組織で、人材評価の基準は明文化されているか。その基準は評価者によって解釈が異なっていないか。**
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### 展開:データと直感の補完関係
人材評価に関する研究は、興味深い事実を示している。構造化面接——あらかじめ決められた質問を全候補者に行い、一定の基準で評価する手法——は、非構造化面接に比べて予測妥当性が高い。つまり、直感に頼らず客観的な手法を用いた方が、入社後のパフォーマンスを正確に予測できるのだ。
しかし、これは直感を完全に否定するものではない。熟練した面接官の直感は、言語化しにくいパターン認識に基づいている。膨大な経験から蓄積された暗黙知が、瞬時の判断を可能にする。問題は、その直感が「先入観」や「思い込み」に汚染されていないかどうかだ。
**問い:過去の採用判断で「いい人だと思った」が外れた事例はあるか。その原因は何だったと分析しているか。**
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### 反証:客観性の限界
とはいえ、客観的手法にも限界がある。人間は数値やカテゴリーで完全に捉えられるほど単純ではない。過去の実績は将来の成功を保証しない。特に、変化の激しい環境では、過去のパターンが通用しなくなる。
また、評価される側も評価基準を学習する。面接対策が洗練されるほど、表層的な評価は意味を失う。結局のところ、どれほど精緻なフレームワークを構築しても、「この人と一緒に働きたいか」という根源的な問いには、人間同士の相互作用でしか答えられない。
**問い:あなたの組織の評価基準は、候補者に開示しても機能するものか。開示によって形骸化するリスクはないか。**
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### 再構成:バイアスの自覚と対話
では、どうすれば「人を見る目」を実践的に高められるか。答えは意外にもシンプルだ。自分のバイアスを自覚すること、そして複数の視点を持つこと。
人は無意識のうちに、自分に似た人を高く評価する傾向がある。エネルギッシュなリーダーは、同じようにエネルギッシュな人材を好む。しかし、組織に必要なのは多様な人材であり、リーダーの自己複製ではない。
複数人での評価、異なる役割からの視点の導入、そして「なぜこの人を選ぶのか」を言語化する習慣。これらが、個人の思い込みを補正する仕組みとなる。
**問い:あなたの評価プロセスには、自分とは異なる視点からのチェック機能が組み込まれているか。**
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### 示唆:見る目は見ようとする姿勢から
人を見る目とは、究極的には「見ようとする姿勢」の問題かもしれない。表面的な印象や既存のカテゴリーに当てはめて済ませるのではなく、その人の可能性を探ろうとする意志。それは技術であると同時に、態度の問題でもある。
優れた人材評価者に共通するのは、謙虚さだ。人を完全に見抜くことなどできない、という前提に立ちながらも、少しでも正確に理解しようと努める。その姿勢こそが、結果として「人を見る目」を育てる。
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### 実務への含意
- 評価基準を明文化し、複数の評価者で共有・検証することで、個人のバイアスを軽減できる
- 「なぜこの人を選ぶのか」を言語化する習慣は、直感を鍛えるトレーニングになる
- 採用や昇進の判断は、事後的に振り返り検証することで、組織としての「目」を継続的に改善できる
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### 参考文献
- 『採用基準』伊賀泰代(ダイヤモンド社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4478023417?tag=digitaro0d-22)
- 『人を動かす 文庫版』D・カーネギー(創元社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/442210098X?tag=digitaro0d-22)
- 『人を選ぶ技術』小野壮彦(フォレスト出版)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4866802065?tag=digitaro0d-22)
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