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ショートストーリー

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指示待ちの壁

営業三課の課長、村瀬隆一は会議室の壁時計を見上げた。午後三時。今日も部下の佐野が報告に来ない。 「佐野、例の提案書の進捗はどうなってる」 声をかけると、佐野はびくりと肩を震わせた。入社四年目、真面目だが、いつも村瀬の指示を待っている。 「あ、はい。課長からの指示待ちでした」 「指示? 先週の会議で方針は伝えたはずだが」 「はい、でも、具体的にどこから手をつければいいか……」 村瀬は溜息をついた。佐野だけではない。最近の若手は皆そうだ。言われたことはやる。だが、それ以上のことは動かない。 「いいか、佐野。仕事というのは指示を待つものじゃない。自分で考えて動くんだ」 「はい……すみません」 佐野は肩を落として席に戻った。村瀬は苛立ちを抑えながら、自分のデスクに向かった。 その夜、村瀬は珍しく早く帰宅した。リビングでは妻の美香が、小学四年生の娘・結衣の横に座っていた。 「結衣、宿題しなさいって何回言わせるの」 「わかってるってば」 結衣は不機嫌そうにドリルを開いた。鉛筆を持つ手は遅々として進まない。 「ちゃんとやりなさい。終わったら見せて」 美香は台所に立った。村瀬はその光景を眺めながら、ふと違和感を覚えた。 翌日の昼休み、村瀬は同期の人事部長、川島と食事をしていた。 「うちの若手がさ、指示待ちばかりで困ってるんだ」 川島は箸を止めた。 「それ、育て方の問題かもな」 「育て方?」 「命令で動かしてると、命令がないと動けなくなる。子育てと同じだよ」 村瀬は昨夜の光景を思い出した。宿題しなさい。勉強しなさい。言われて渋々やる結衣。そして、指示を待つ佐野。 「じゃあ、どうすればいい」 「なぜそれをやるのか、一緒に考えるんだ。目的を理解させる。選択肢を与える。自分で決めさせる」 川島は続けた。 「俺も昔は命令型だった。でもある時気づいたんだ。部下が『川島さんに怒られないために』仕事してるって。それって、仕事の意味を完全に見失ってる」 村瀬は黙った。 その週末、村瀬は結衣の部屋を訪ねた。結衣は漫画を読んでいた。 「結衣、ちょっといいか」 「宿題ならあとでやるから」 「いや、宿題の話じゃない」 村瀬は結衣の隣に座った。 「お前さ、勉強って何のためにすると思う?」 結衣は怪訝そうな顔をした。 「え? お母さんに怒られないため?」 「……そうか」 村瀬は胸が痛んだ。 「じゃあさ、もし怒られなかったら、勉強しない?」 「うーん……わかんない」 「お父さんもさ、会社で部下に『これやれ』『あれやれ』って言ってた。でも最近思うんだ。それだと、言われないとやらない人になっちゃうんじゃないかって」 結衣は黙って聞いていた。 「だからさ、これからはお前に決めてもらおうと思う。宿題、いつやる? 今日のどの時間にやるか、お前が決めていいんだ」 結衣は少し考えた。 「……夕ご飯の前」 「わかった。じゃあ、それで行こう」 月曜日、村瀬は佐野を呼んだ。 「佐野、あの提案書の件だが」 佐野は身構えた。また叱られると思ったのだろう。 「お前はこの案件、何のためにやってると思う?」 「え……課長の指示だから……」 「そうじゃなくてさ。この提案が通ったら、クライアントにとってどんな価値がある?」 佐野は戸惑った表情を浮かべた。こんな質問をされたのは初めてだったのだろう。 「えっと……業務効率が上がって、残業が減る……とか?」 「そうだな。それがわかってるなら、どこから手をつければいいかも見えてこないか?」 佐野の目が少し変わった。 「……効率化の具体的な数字を出すところからですかね」 「いいんじゃないか。やってみろ」 佐野は席に戻った。その背中は、いつもより少しだけ真っ直ぐだった。 三ヶ月後。佐野は自分から企画を持ってくるようになった。結衣は相変わらず勉強は好きではないが、自分で決めた時間には机に向かうようになった。 村瀬は窓の外を眺めた。変わったのは部下や娘ではない。自分の関わり方だった。 命令は楽だ。でも、それでは人は育たない。 「課長、企画書できました。見てもらえますか」 佐野の声に、村瀬は振り返った。 「ああ、見せてくれ」 佐野の顔には、以前にはなかった自信があった。

論考

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指示から問いへ——主体性を育てるマネジメントの転換点

**【序】** 組織において「指示待ち人材」の存在は、多くのリーダーを悩ませる問題である。言われたことはこなすが、自ら考えて動かない。この現象は個人の資質というより、育成環境の産物と捉えるべきだ。指示命令型のマネジメントが、皮肉にも指示がなければ動けない人材を生み出しているのではないか。この構造を解きほぐすことで、組織の活性化に向けた糸口が見えてくる。 検証可能な問い:あなたの組織で「指示待ち」と評される人材は、入社時からその傾向があったか、それとも組織内で形成されたか。 **【展開】** 動機づけには二種類ある。外発的動機と内発的動機である。前者は報酬や罰則といった外部からの刺激によって行動が促される。後者は「知りたい」「成長したい」という内なる欲求から生まれる。 指示命令型のマネジメントは外発的動機に依存する。「上司に言われたから」「評価が下がるから」という理由で人は動く。短期的には機能するが、指示がなくなると行動も止まる。さらに深刻なのは、繰り返される命令によって「なぜこの仕事をするのか」という目的意識が希薄になることだ。行動の軸が自分の内側から外側へ移行し、やがて本人も「言われないと動けない自分」を当然視するようになる。 検証可能な問い:部下やチームメンバーは、担当業務の目的を自分の言葉で説明できるか。 **【反証】** とはいえ、指示命令を完全に排除することには危険もある。経験の浅いメンバーや、緊急性の高い状況では、明確な指示が必要な場面は確実に存在する。また、「自分で考えろ」という放任は、方向性を見失わせ、かえって不安を増大させる。 重要なのは、指示命令を「悪」として排除するのではなく、その使い方を見直すことだ。必要な場面では明確に指示し、そうでない場面では問いかけによって本人の思考を促す。この使い分けができるかどうかが、マネジメントの質を左右する。 検証可能な問い:指示を出す際、その指示が「必須」か「選択可能」かを意識して伝えているか。 **【再構成】** 指示型から問いかけ型への転換において、有効なアプローチが三つある。 第一に、「なぜ」を共有すること。業務の目的や意味を一方的に伝えるのではなく、本人に考えさせる問いを投げかける。「この仕事が完了すると、誰にどんな価値が生まれると思う?」といった問いである。 第二に、選択肢を与えること。「今すぐやれ」ではなく「今日のどの時間帯に取り組む?」と聞く。小さな選択であっても、自分で決めたという実感は主体性を育む。 第三に、日常的な対話の蓄積である。業務に関係のない雑談を重ねることで信頼関係が醸成され、本人が自ら課題を口にするようになる。この土台がなければ、問いかけ型のアプローチは機能しにくい。 検証可能な問い:チームメンバーとの直近一週間の会話のうち、業務外の話題はどの程度あったか。 **【示唆】** 指示命令型マネジメントからの脱却は、一夜にして達成できるものではない。しかし、日々の小さな問いかけの積み重ねが、やがて組織の文化を変えていく。リーダーの役割は、答えを与えることから、問いを投げかけることへと変化しつつある。自ら考え、選び、動く人材を育てることが、変化の激しい時代において組織が生き残るための条件となる。 **【実務への含意】** - 指示を出す前に「これは問いかけで済む内容か」を一度立ち止まって考える習慣をつける - 週に一度、業務と無関係な雑談の時間を意図的に設け、信頼関係の土台を築く - メンバーに業務を依頼する際、期限だけでなく「なぜこの仕事が必要か」を必ず添える **【参考文献】** - 内発的動機づけ: https://www.amazon.co.jp/s?k=内発的動機づけ&tag=digitaro0d-22 - コーチング型マネジメント: https://www.amazon.co.jp/s?k=コーチング型マネジメント&tag=digitaro0d-22 - 主体性を育てる: https://www.amazon.co.jp/s?k=主体性を育てる&tag=digitaro0d-22 ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています

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