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ショートストーリー
ツキを呼ぶ男
総務課の窓際に座る五十嵐哲也は、社内で「ツイていない男」として知られていた。入社十五年、異動の話が出るたびに直前で白紙になり、担当したプロジェクトは軒並み頓挫し、昨年は財布を三回も落とした。
「また外れたよ、社内ビンゴ」
五十嵐がため息をつくと、隣の席の若手、河野が苦笑した。
「五十嵐さん、いつもそう言ってますね」
「事実だからな。俺は何をやってもダメなんだ」
その日の昼休み、五十嵐は屋上で弁当を食べていた。すると、見慣れない男が隣に座った。営業部に先月入った中途採用の高梨だった。
「ここ、いいですか」
高梨は四十代半ば。前職では部長まで務めたが、会社の倒産で転職してきたという。普通なら不運な経歴だが、高梨の表情には妙な明るさがあった。
「五十嵐さんですよね。噂、聞いてます」
「ああ、ツイていない男ってやつか」
「いえ、仕事が丁寧だって。経理の佐藤さんが褒めてましたよ」
五十嵐は面食らった。そんな評判は初耳だった。
「高梨さんは、会社が潰れて大変だったでしょう」
「まあ、そうですね。でも、おかげでこの会社に来られた。前の会社じゃ出会えなかった人たちがいる。悪くないですよ」
五十嵐には理解できなかった。倒産を「おかげ」と言える神経が。
翌週、総務課に厄介な仕事が舞い込んだ。創業五十周年記念式典の準備だ。課長は当然のように五十嵐を指名した。
「また俺か」
「五十嵐くん、こういうの得意だろう」
得意なのではない。誰もやりたがらないから回ってくるのだ。五十嵐はそう思ったが、口には出さなかった。
式典の準備は難航した。会場の手配、来賓の調整、記念品の選定。問題が次々と発生した。五十嵐は毎晩遅くまで残業し、休日も出勤した。
そんなある日、高梨が声をかけてきた。
「手伝いましょうか」
「いや、営業は忙しいだろう」
「暇ですよ。まだ顧客も少ないし」
高梨は本当に手伝い始めた。しかも、彼の人脈が意外なところで役立った。前職の取引先が式典会場を特別価格で提供してくれたのだ。
「なんで、そんなに協力してくれるんだ」
「高梨さんには世話になったから、って。前の会社が潰れたとき、僕が紹介した再就職先で何人か助かったらしいんです」
五十嵐は黙った。会社が倒産する混乱の中で、他人の世話をしていたのか、この男は。
式典の一週間前、最大の危機が訪れた。記念品として発注していた腕時計が、製造元の事故で届かなくなったのだ。
「終わった……」
五十嵐は頭を抱えた。代替品を探す時間はない。課長からの叱責が目に浮かぶ。また自分の「ツキのなさ」が証明される。
「五十嵐さん」
高梨が静かに言った。
「以前の取引先に、時計メーカーがあるんです。聞いてみましょうか」
「無理だよ。一週間で百個なんて」
「わからないですよ。聞いてみないと」
高梨の電話は三十分に及んだ。五十嵐は祈るような気持ちで見守った。
「大丈夫だそうです。在庫があるって」
「本当か」
「ただ、五十嵐さんが直接お礼を言ってほしいそうです。僕だけじゃなく」
五十嵐は戸惑った。知らない会社に電話して、頭を下げるのか。
「……わかった」
電話の向こうの担当者は、意外にも気さくだった。
「高梨さんの頼みなら。彼には恩がありますから」
式典は無事に終わった。社長から直々に感謝され、五十嵐は呆然とした。
打ち上げの席で、高梨が言った。
「五十嵐さん、ツイてますね」
「……俺が?」
「だって、僕みたいなお節介が隣にいたじゃないですか」
五十嵐は笑った。初めて、心から笑えた気がした。
「高梨さんは、なんでそんなにポジティブなんだ」
「うーん。会社が潰れたとき、神社で引いたおみくじが大吉だったんですよ。『人との縁を大切にせよ』って。それから、なんとなく」
「おみくじか」
「バカバカしいでしょう? でも、信じると決めたら、本当にそうなる気がして」
五十嵐は考えた。自分は何を信じてきたのだろう。「ツイていない」という思い込みだけではなかったか。
翌朝、五十嵐は出社前に近所の神社に寄った。賽銭を入れ、手を合わせた。何を祈ればいいかわからなかったが、とりあえず「ありがとうございます」と心の中でつぶやいた。
境内を出るとき、見知らぬ老婦人が声をかけてきた。
「あら、落としましたよ」
五十嵐の足元に、千円札が落ちていた。自分のものだった。
「あ、すみません。ありがとうございます」
老婦人は微笑んで去っていった。
五十嵐は千円札を財布にしまいながら、小さく笑った。今日は、なんだかツイている気がした。
論考
「運」は思い込みか、それとも行動の結果か──自己認識がキャリアを形作るメカニズム
#### 序
「自分は運がいい」と信じる人は、実際に良い結果を得やすい。この現象は単なる偶然ではなく、心理学でいう「自己成就予言」の典型である。ある考え方によれば、運の良し悪しは客観的な事象の集積ではなく、主観的な認識の産物だという。つまり「運がいい」と思う人は、同じ出来事に遭遇しても、そこにポジティブな意味を見出す傾向が強い。逆に「運が悪い」と思う人は、小さな失敗を「やはり自分はダメだ」という証拠として蓄積していく。
**検証可能な問い:同一の出来事を経験した二つのグループに、運の良し悪しを事前に刷り込んだ場合、事後評価に有意差は生じるか?**
#### 展開
自己認識が行動を変え、行動が結果を変えるという連鎖は、ビジネスの文脈でも観察できる。「自分は運がいい」と考える人は、新しい機会に積極的に手を挙げる。懸賞に応募する回数が多ければ当選確率も上がるように、行動量の増加がチャンスとの接点を増やす。心理学者リチャード・ワイズマンの研究では、運がいいと自認する人は、そうでない人に比べて社交的で、新しい経験に開かれている傾向が示された。
さらに重要なのは、感謝の習慣である。運がいいと感じる人は、自分の成功を「周囲のおかげ」と解釈しやすい。この姿勢は、周囲からの協力を引き出すという実利的な効果を持つ。「自分の力だけで成功した」と考える人より、「助けてもらった」と感じる人のほうが、次に困ったとき助けを求めやすく、また周囲も助けやすい。
**検証可能な問い:感謝日記をつけるグループとつけないグループで、1年後のネットワーク規模と質に差が出るか?**
#### 反証
しかし、この議論には反論がある。「運がいい」という自己認識は、結果の後付けかもしれない。つまり、社会的・経済的に恵まれた環境にいる人が、その状況を「運がいい」と解釈しているだけで、認識が行動を変えたわけではない可能性がある。
また、過度なポジティブ思考にはリスクがある。「自分は運がいいから大丈夫」という思い込みは、リスク管理の軽視につながりうる。楽観バイアスは、起業家の過信による失敗や、投資家の損失拡大と関連することが知られている。運を信じることと、リスクを正しく評価することは、別の能力である。
**検証可能な問い:自己評価で「運がいい」と答えた起業家と「普通」と答えた起業家の5年生存率に差はあるか?**
#### 再構成
反論を踏まえると、「運がいいと思う」ことの効果は、盲目的な楽観主義ではなく、むしろ「逆境への耐性」にあると考えられる。運がいいと信じる人は、失敗を一時的な障害と捉え、原因を外部に帰属させる傾向がある。これは心理学でいう「外的帰属」であり、自己効力感を維持するうえで重要な機能を持つ。
注目すべきは、宗教的な信仰と運の自己認識の相関である。信仰心が強い人は、不運を「神の試練」や「運命」として受け入れやすく、結果的に立ち直りが早い。禊や懺悔といった宗教的儀式が、心理的リセットの機能を果たすという指摘もある。つまり、運を信じるとは、不運を乗り越えるための心理的資源を持つことかもしれない。
**検証可能な問い:宗教的儀式への参加頻度と、レジリエンス(心理的回復力)スコアに相関はあるか?**
#### 示唆
運を信じることは、単なる精神論ではない。行動量を増やし、感謝を通じて社会関係資本を蓄積し、逆境からの回復力を高める──という三つのメカニズムを通じて、実際に「運が良くなる」効果を持ちうる。ただし、過信は禁物であり、運を信じることとリスク管理は両立させる必要がある。
興味深いのは、「運がいい人の行動を真似ると、自分も運がよくなったと感じる」という研究結果である。これは、運が先天的な資質ではなく、学習可能な態度であることを示唆している。
**検証可能な問い:メンターを持つビジネスパーソンは、持たない人に比べて「運がいい」と自己評価する割合が高いか?**
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### 実務への含意
- **日報や週報に「今週うまくいったこと」を記録する習慣を設け、ポジティブな出来事への注目を制度化する**
- **新規プロジェクトへの立候補を評価制度に組み込み、「手を挙げる」行動を奨励する**
- **チーム内で「助けてもらった経験」を共有するセッションを定期開催し、感謝の可視化と信頼資本の蓄積を促す**
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### 参考文献
- 『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』スティーブン・R・コヴィー(キングベアー出版)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4863940246?tag=digitaro0d-22)
- 『運のいい人の法則』リチャード・ワイズマン(KADOKAWA)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4042982255?tag=digitaro0d-22)
- 『道をひらく』松下幸之助(PHP研究所)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4569534074?tag=digitaro0d-22)
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