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ショートストーリー
窓辺の光
東京の渋谷にある広告代理店、クリエイトワークスで働く森下亜美は、入社五年目の二十七歳。地方の国立大学を卒業し、都会での成功を夢見て上京した。
朝は七時に家を出て、夜は十時過ぎまで会社にいる。それが日常だった。
「森下さん、明日のプレゼン資料、もう一回見直してくれる?」
上司の声に「はい」と答えながら、亜美はモニターを見つめた。時刻は既に二十一時を回っている。実家の母からのLINEが三日前から未読のままだ。
帰宅したのは二十三時。狭いワンルームのドアを開けると、暗闘の中から小さな影が駆け寄ってきた。グレーの毛並みをした猫のミル。半年前に保護猫カフェから引き取った。
「ただいま」
亜美はミルを抱き上げた。柔らかな体温が腕に伝わる。ミルはゴロゴロと喉を鳴らした。
この瞬間だけが、一日の中で息ができる時間だった。
翌日の昼休み、同期の田村が声をかけてきた。
「森下、今週末の飲み会、来るでしょ?」
「ごめん、ちょっと用事があって」
「また? 最近全然来ないじゃん」
田村は呆れた顔をした。亜美は曖昧に笑った。本当の理由は言えなかった。ミルを長時間一人にしておきたくないのだ。
週末。亜美は部屋でミルと過ごしていた。窓から差し込む午後の光の中で、ミルは気持ちよさそうに眠っている。スマートフォンを見ると、SNSには同期たちの飲み会の写真が並んでいた。
「私、何やってるんだろ」
ふとそう思った。東京に来て五年。仕事はそれなりにこなしている。でも、友人と呼べる人が何人いるだろう。実家に帰ったのはいつだったか。
電話が鳴った。母だった。
「亜美? 元気? 全然連絡ないから心配してたのよ」
「うん、忙しくて」
「お盆は帰ってこれる?」
「……ちょっと分からない」
電話を切った後、亜美は窓の外を見た。向かいのマンションの窓にも、いくつか明かりが灯っている。あの光の向こうにも、一人で暮らしている誰かがいるのだろうか。
ミルが目を覚まし、亜美の膝に乗ってきた。亜美はその小さな頭を撫でた。
「ミルがいてくれてよかった」
そう言いながら、自分が何から逃げているのか、うすうす気づいていた。
月曜日。珍しく定時で上がれた亜美は、駅前の書店に立ち寄った。ビジネス書のコーナーを眺めていると、隣に同年代の女性が立った。彼女もまた、疲れた顔をしていた。
「あの、すみません。猫の飼育本ってどこにありますか?」
女性が店員に尋ねていた。亜美は思わず声をかけた。
「猫、飼ってるんですか?」
「来週、保護猫カフェから引き取る予定なんです」
二人は顔を見合わせて笑った。
「私も猫を飼ってて。グレーの子なんですけど」
「本当ですか? うちに来る子も、グレーなんです」
それから十分ほど、二人は猫の話をした。名刺を交換した。近くに住んでいることが分かった。
帰り道、亜美は少しだけ足取りが軽かった。ミルがくれたのは、安らぎだけではなかったのかもしれない。
部屋に戻ると、ミルがいつものように駆け寄ってきた。亜美はしゃがみ込んでミルを撫でながら言った。
「ありがとね」
窓辺に、夕日がオレンジ色の光を落としていた。その光は、閉じていた扉を少しだけ開いてくれたような、そんな温かさを持っていた。
論考
代替的な繋がりと孤独のパラドックス——都市型若年層の居場所づくり
**序**
都市部で働く若者の間で、ペットを「家族」として迎え入れる傾向が強まっている。特に一人暮らしの若年層において、その傾向は顕著である。ここには単なる流行以上の意味がある。競争社会における精神的な疲弊と、人間関係の複雑さから距離を置きたいという欲求が、無条件の安らぎを提供してくれる存在への希求として表れている。
この現象は、孤独を解消しているのか、それとも別の形で深めているのだろうか。
**展開**
都市型若年層が代替的な繋がりを求める背景には、三つの構造的要因がある。第一に「高コスト・高競争環境」。大都市での生活は経済的にも精神的にも負担が大きく、余裕のある人間関係を構築する時間とエネルギーが削られている。第二に「人間関係の取引コスト」。職場や友人関係には、暗黙の期待や駆け引きが伴う。これを避けたいと感じる若者が増えている。第三に「即時性と無条件性への渇望」。帰宅時に迎えてくれる存在、評価や条件なしに受け入れてくれる相手への欲求である。
これらの要因が重なり、「人間よりも負担の少ない繋がり」が選択されるようになっている。では、この選択は合理的な適応なのか、それとも本質的な問題からの逃避なのか。
**反証**
しかし、この見方には限界がある。代替的な繋がりが提供するのは「安らぎ」であり、人間関係が提供する「成長」や「深い理解」とは質が異なる。人間関係の煩わしさを避け続けることで、社会的スキルの発達機会を逃し、長期的にはより深い孤立に陥るリスクがある。
また、代替的な繋がりへの依存が高まると、人間関係への期待値が非現実的に低くなる。「人間は面倒だ」という認知が強化され、本来得られたはずの人間的な繋がりの価値を見落とす悪循環が生じうる。
代替的な繋がりは、人間関係の「代わり」なのか、それとも「入口」となりうるのか。
**再構成**
この問いへの答えは、代替的な繋がりをどう位置づけるかにかかっている。もし「完結した居場所」として閉じてしまえば、孤独は深まる。しかし「回復のための中継点」として機能すれば、人間関係への再接続を助ける足場となりうる。
重要なのは、自分が何から距離を置いているのかを自覚することである。競争のプレッシャーから一時的に離れることと、人間関係そのものを避けることは異なる。前者は回復のための合理的な選択だが、後者は長期的に問題を生む。
代替的な繋がりを「避難所」と捉えるか「終着点」と捉えるかで、その機能は大きく変わる。この違いを分けるのは何か。
**示唆**
都市部で孤立する若者が増える中、代替的な繋がりの役割は今後も拡大するだろう。問われているのは、それが人間関係への橋渡しになるか、断絶を固定化するかである。安らぎを得ることは必要だが、それだけでは人は完結しない。窓辺の光が外の世界を照らすように、代替的な繋がりが新たな人間関係への扉を開く契機となることが望ましい。
## 実務への含意
- **休息と回復の区別**:一時的な距離の取り方と、恒常的な回避を区別し、前者を積極的に認める職場文化を育てる
- **共通の関心事を通じた繋がりの設計**:趣味や関心事を介した緩やかなコミュニティを組織内に設けることで、人間関係の取引コストを下げる
- **孤独の可視化と対話**:一人暮らしの若手社員の状況を把握し、必要に応じて声をかける仕組みを整える
## 参考文献
1. 『誰もわかってくれない「孤独」がすぐ消える本』大嶋信頼
https://www.amazon.co.jp/dp/4569842984?tag=digitaro0d-22
2. 『ふと感じる寂しさ、孤独感を癒す本』根本裕幸
https://www.amazon.co.jp/dp/4860295048?tag=digitaro0d-22
3. 『「孤独」は消せる。』吉藤健太朗
https://www.amazon.co.jp/dp/476313566X?tag=digitaro0d-22
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