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ショートストーリー

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模範の代償

伊東製作所のシステム開発部には、「天才」と呼ばれる男がいた。  桐生隆志。三十八歳。入社十五年目にして、社内の基幹システムを事実上一人で設計し直した伝説の持ち主だ。朝は誰よりも早く来て、夜は誰よりも遅く帰る。だが桐生の顔にはいつも笑みがあった。コードを書くことが好きで、難問を解くことに喜びを感じ、新しい技術に触れるたびに目を輝かせた。  開発部長の三浦は、桐生のスタイルに惚れ込んでいた。 「桐生のやり方を部のスタンダードにしたい」  三浦は経営会議でそう宣言した。桐生の働き方をマニュアル化し、全員に展開する。朝七時出社、終業後も自主学習、週末は個人プロジェクト。桐生がやっていることをそのまま制度にすれば、部全体のパフォーマンスが上がるはずだ——三浦はそう確信していた。  制度は翌月から施行された。「桐生スタンダード」と名付けられたそれは、始業前の技術共有会、終業後の自主開発時間、月一回の個人プロジェクト発表会で構成されていた。  最初の一ヶ月、部の雰囲気は高揚していた。新しいことを始める興奮がそこにはあった。  だが二ヶ月目から、空気が変わり始めた。  若手の安藤が、朝の技術共有会で発表する内容が見つからず、毎晩遅くまでネットで記事を読み漁るようになった。中堅の横田は、自主開発のテーマが思いつかず、「何を作ればいいんですか」と桐生に聞きに来た。桐生は困惑した。好きなものを作ればいいと言ったが、横田の目には「好きなもの」が映っていなかった。  三ヶ月目。安藤が体調不良で休み始めた。横田は黙々と形だけの個人プロジェクトを続けていたが、その目からは光が消えていた。  桐生は三浦のデスクに向かった。 「三浦さん、あの制度、少し見直しませんか」 「なんでだ。お前のスタイルを広めてるだけだろう」 「僕のスタイルを広めたんじゃなくて、僕の行動だけを広めたんです」  三浦は眉をひそめた。 「何が違うんだ」 「僕は好きでやってるんです。面白くて仕方がないからやってる。でも安藤くんや横田さんには、その『面白い』がないんです。面白くないことを面白い人と同じ時間やらせても、同じ結果にはならない」 「じゃあ面白くなるように工夫すればいい」 「面白さは工夫で生まれるものじゃないです。少なくとも、強制された場所からは」  三浦は黙った。桐生の言葉が正しいことは、うすうす感じていた。だが認めれば、自分が経営会議で宣言したことが間違いだったと認めることになる。  翌週、安藤が辞表を出した。  三浦はようやく桐生を呼んだ。 「お前の言う通りだったかもしれん。だが、じゃあどうすればいい。お前みたいなやつが何人もいるわけじゃないんだ」  桐生は少し考えてから言った。 「僕みたいなやつを増やそうとするのをやめることだと思います。代わりに、それぞれが何に面白さを感じるかを見つける手助けをする。横田さんは実はデータ分析の話をするとき、少しだけ目が光るんです。安藤くんは——もう遅いですけど——ユーザーの反応を見るのが好きだった」 「それじゃ統一感がなくなる」 「統一感は要らないんじゃないですか。必要なのは、一人ひとりが自分の足で走れることで、全員が同じフォームで走ることじゃない」  三浦はデスクに突っ伏した。十五年のキャリアの中で、自分が最も見落としていたものが何だったのか、ようやくわかった気がした。  成果物は同じに見える。だが、それを生み出すエンジンはまるで違う。エンジンを無視して車体だけ揃えても、走らない車が増えるだけだ。  桐生はオフィスに戻ると、自分のモニターに向き合った。画面にはまた新しい問題が映っていて、彼の口元には、いつものように小さな笑みが浮かんでいた。

論考

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卓越性は標準化できない——内発的動機と組織の構造的矛盾

### 卓越性は標準化できない——内発的動機と組織の構造的矛盾 #### 序:成功の模倣が失敗を生む逆説 組織には、ある種の逆説がつきまとう。突出した成果を上げる人材の働き方を「ベストプラクティス」として全社に展開したにもかかわらず、組織全体のパフォーマンスはむしろ低下する——という現象だ。なぜ成功の模倣が失敗を招くのか。その構造を掘り下げると、「動機」という見えにくい変数に行き当たる。 **問い:あなたの組織で「標準化」された仕事のやり方は、誰の動機を前提に設計されているか?** #### 展開:内発的動機の不可視性 高いパフォーマンスを持続的に発揮する人々には共通する特徴がある。彼らは仕事そのものに面白さを見出し、誰に言われなくても没頭し、困難を楽しみとして受け止める。ダニエル・ピンクが「モチベーション3.0」と呼んだこの内発的動機は、自律性・熟達・目的という三つの要素に支えられている。 問題は、内発的動機が成果物の表面からは見えないことにある。情熱に駆り立てられて書いたコードと、締め切りに追われて書いたコードは、一見して区別がつかない。そのため管理者は「同じ行動をすれば同じ結果が出る」と錯覚する。しかし行動は動機の表出にすぎず、動機なき行動の模倣は形骸化を招く。 **問い:あなたのチームで「成果を出している人の行動」と「その行動を支えている動機」を分けて把握できているか?** #### 反証:標準化は本当に悪なのか ここで一つの反論を検討する必要がある。標準化そのものが問題なのではなく、「何を」標準化するかの選択が誤っているだけではないか、という指摘だ。 確かに、品質基準やコミュニケーションのルールなど、標準化が有効に機能する領域は多い。問題が生じるのは、「動機に依存する行動様式」を標準化しようとしたときだ。早朝出勤、自主学習、休日の自己研鑽——これらは内発的動機を持つ人間にとっては自然な営みだが、そうでない人間にとっては単なる負荷になる。エドワード・デシの自己決定理論が示すように、外部から強制された行動は内発的動機を毀損し、かえってパフォーマンスを下げる。 **問い:あなたの組織の「推奨される働き方」は、強制と自発の境界線をどこに引いているか?** #### 再構成:成立要素という視点 卓越したパフォーマンスには「成立要素」がある。内発的動機、自律性、環境の自己統制、好奇心、適切な休息と回復、成長の実感——これらが揃って初めて、持続可能な高いパフォーマンスが成立する。 組織が犯しがちな過ちは、この成立要素を無視して、結果として表出した行動パターンだけを切り取り、制度として展開することだ。これは一流の料理人の動きだけを真似て、味覚もセンスも経験も無視するようなものである。 ある考え方によれば、組織文化の中で「当然視」された慣行は、内部の人間には問題として認識されにくい。長時間労働や自己犠牲的な献身が「当たり前」として機能している環境では、その構造を意図的に疑う視点を外部から持ち込まない限り、問題の全貌は見えてこない。 **問い:あなたの組織で「当然のこと」とされている慣行を、もし外部の目で見たら、どう映るだろうか?** #### 示唆:個の動機を活かす組織設計 必要なのは、卓越した個人を複製することではなく、一人ひとりが固有の動機を発見し、それを仕事に接続できる環境を整えることだ。全員が同じフォームで走る必要はない。重要なのは、各自が自分の足で走れることである。 **実務への含意:** - **行動の標準化ではなく、環境の標準化を**——早朝出勤を強制するのではなく、各自が最もパフォーマンスを発揮できる時間帯や方法を選べる柔軟性を制度として保障する - **「なぜ成果が出ているか」の言語化を**——ハイパフォーマーの行動を模倣する前に、その行動を支えている動機・環境・前提条件を分析し、安易な一般化を避ける - **当然視の定期的な棚卸しを**——組織内で「当たり前」とされている慣行を、定期的に外部の視点で検証する仕組みを持つ。それが組織の自浄作用になる ### 参考文献 - 『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』ダニエル・ピンク(講談社+α文庫)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4062816199?tag=digitaro0d-22) - 『人を伸ばす力——内発と自律のすすめ』エドワード・L・デシ, リチャード・フラスト(新曜社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4788506793?tag=digitaro0d-22) - 『THE CULTURE CODE——最強チームをつくる方法』ダニエル・コイル(かんき出版)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4761273828?tag=digitaro0d-22) ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています

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