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ショートストーリー
再生回数の向こう側
瀬戸内動画制作株式会社の会議室で、企画部長の村山は腕を組んでいた。目の前のモニターには、新人クリエイターの高橋が提出した動画企画書が映し出されている。
「これ、本気で言ってるのか」
高橋は二十四歳。半年前に中途入社してきた。前職は飲食チェーンの店員だったが、個人で動画投稿を始めて小さな成功を収め、それを足がかりにこの業界に転職してきた。
「再生回数は正直ですよ」高橋は自信に満ちた目で言った。「僕の個人チャンネル、今や登録者八万人です。この企画、絶対にバズります」
企画書の内容は、街中で見知らぬ人に突撃インタビューを仕掛け、困惑する様子を撮影するというものだった。法的にはギリギリ、モラル的には明らかにアウトだ。
「うちはクライアントワークの会社だ。こんな企画、どこの企業が発注すると思う」
「だから自社メディアでやるんです。広告収入だけで回せます」
村山は深くため息をついた。高橋の言い分にも一理はある。実際、彼の個人チャンネルの数字は悪くない。しかし、その内容は——
「お前の動画、俺も見たよ」
高橋の表情が一瞬こわばった。
「居酒屋で酔っ払いに絡む動画。コンビニ店員にクレームをつける動画。あれが八万人の正体だ」
「……見てくれる人がいるってことは、需要があるってことです」
「需要と価値は違う」
村山は立ち上がり、窓際に歩いた。眼下には夕暮れの街並みが広がっている。
「俺がこの業界に入った三十年前、テレビはなんでもありだった。視聴率のためなら何をやってもいい。そういう空気があった」
高橋は黙って聞いている。
「でもな、そのツケは必ず回ってくる。番組が打ち切られる。スポンサーが降りる。局全体の信用が落ちる。一時の数字のために、もっと大きなものを失うんだ」
「時代が違います」高橋は反論した。「今は個人の時代です。会社の看板なんか関係ない」
「本当にそう思うか」
村山は振り返った。その目には、怒りではなく、どこか悲しみに似た光があった。
「お前の動画のコメント欄、見たことあるか。『すごい』『面白い』そういうコメントばかりだろう。でもな、それを書いてる連中は、お前が転落するのを待ってるんだ」
高橋の顔色が変わった。
「人の不幸は蜜の味だ。お前が調子に乗って、もっと過激なことをして、いつか取り返しのつかない失敗をする。そのとき、同じ連中が手のひらを返して叩きに来る。それが分かってて書いてるんだよ、あいつらは」
沈黙が落ちた。
会議室の外から、他の社員たちの笑い声が聞こえてくる。誰かがクライアントから褒められた動画の話をしているようだった。
「うちの若手で、佐々木っていうのがいるだろう」村山は続けた。「あいつ、入社して三年、ずっと地味な仕事ばかりやってた。企業のマニュアル動画とか、商品紹介とか。再生回数なんて三桁がいいところだ」
「知ってます」高橋は小さく答えた。
「先月、あいつが手がけた動画が業界の賞を取った。地方の小さな醤油屋のブランディング動画だ。再生回数は二万もいってない。でもな、あの醤油屋、動画がきっかけで売上が三倍になった。社長から感謝の手紙が届いた」
村山はモニターの電源を切った。
「数字は嘘をつかない。でも、数字がすべてを語るわけでもない。お前に才能がないとは言わない。でも、その才能の使い方を間違えれば、お前自身が壊れる」
高橋は何かを言いかけて、やめた。代わりに、小さく頭を下げた。
「……考えてみます」
村山は頷いた。
「急ぐな。この業界で生き残る奴は、たいてい足が遅い」
高橋が会議室を出ていった後、村山は一人、窓の外を眺めていた。
三十年前の自分も、きっと同じような目をしていたのだろう。あの頃の自分に、誰かがこうして声をかけてくれていたら——
村山は首を振った。過去を悔いても仕方がない。
できることは、目の前にいる若者に、自分が学んだことを伝えることだけだ。
それが届くかどうかは、相手次第。
でも、伝えなければ、届く可能性すらない。
村山は上着を手に取り、会議室の明かりを消した。
論考
承認欲求が暴走するとき――「認められたい」の光と影
### 序
人間は社会的な存在であり、他者からの承認を求めることは自然な欲求である。しかし、この欲求が肥大化し、手段を選ばなくなったとき、何が起こるのか。近年、デジタルプラットフォーム上での過激な行動が社会問題化している。その根底にあるのは、努力や才能を伴わない「近道」への誘惑と、それを助長する視聴者心理の存在である。承認欲求それ自体は悪ではないが、その追求の仕方によって、自己破壊への道を歩むことになりかねない。
**検証可能な問い:承認欲求の強さと、その充足方法の選択には相関関係があるのか?**
### 展開
質の高いコンテンツを継続的に生み出すには、地道な努力と技術の蓄積が必要である。しかし、この「正攻法」には時間がかかり、成功の保証もない。一方、社会規範を逸脱する行動は、短期間で注目を集めることができる。不快感や嫌悪感といったマイナスの情動も、人々の関心を引く力を持っているからである。
ここに非対称性が生まれる。消費する側にとっては「見る」という行為は容易であり、責任も伴わない。しかし、制作する側には継続的な創造性と、社会との折り合いが求められる。この非対称性を理解せずにコンテンツ制作に参入した者は、安易に刺激の強い方向へと流されていく。
**検証可能な問い:コンテンツ制作者の参入障壁の低下と、過激なコンテンツの増加には因果関係があるのか?**
### 反証
ただし、過激な行動を取る者は一部であり、大多数のコンテンツ制作者は真っ当に活動している。また、視聴者の多くも、不適切なコンテンツに対しては批判的な態度を示す。問題は、少数の逸脱者が引き起こすトラブルが、メディア全体の信頼性を損なうことにある。
さらに、規制強化という解決策には限界がある。表現の自由との兼ね合いは繊細な問題であり、過度な規制はかえって健全な表現活動を萎縮させる恐れがある。社会規範の形成は、規制だけでなく、市民の成熟と自浄作用に依存する部分が大きい。
**検証可能な問い:メディアの自主規制と法的規制、どちらが逸脱行動の抑制に効果的なのか?**
### 再構成
新しいメディアには必ず混沌期がある。過去の新聞、雑誌、テレビも、それぞれの黎明期には様々なトラブルを経験しながら、社会との折り合いをつけてきた。現在のデジタルプラットフォームも、同様の成熟過程にあると考えることができる。
重要なのは、「有名であること」と「価値があること」を区別する視点である。注目を集めることと、社会に貢献することは同義ではない。マイナスの情動を引き起こすことで得られる「有名さ」は、持続可能なものではなく、最終的には本人にも周囲にも害をもたらす。
**検証可能な問い:「有名さ」の質(ポジティブ/ネガティブ)と、その持続性には相関があるのか?**
### 示唆
承認欲求は、適切にコントロールされれば成長の原動力となる。他者に認められたいという思いが、技術を磨き、価値あるものを生み出す動機となるからである。しかし、その欲求が暴走し、手段を選ばなくなったとき、人は自らを破壊する道を歩み始める。
求められるのは、消費者としてのリテラシーと、創造者としての倫理観の両方である。何を「面白い」と感じるか、何に注目を与えるか。その選択の積み重ねが、メディア環境全体の質を決定していく。
**検証可能な問い:視聴者のメディアリテラシー教育は、不適切なコンテンツの淘汰に寄与するのか?**
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### 実務への含意
- **コンテンツ制作者向け**:短期的な注目よりも、持続可能な価値創造を目指す。技術と信頼の蓄積が長期的な成功につながる
- **管理者・プラットフォーム運営者向け**:参入障壁の低さがもたらすリスクを認識し、教育的なアプローチと適切なガイドラインの整備を進める
- **視聴者・消費者向け**:自らの「注目」という資源の使い方を意識する。何に時間を費やすかが、メディア環境全体を形作る
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### 参考文献
- 『嫌われる勇気』岸見一郎・古賀史健(ダイヤモンド社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4478025819?tag=digitaro0d-22)
- 『承認欲求―「認められたい」をどう活かすか?』太田肇(東洋経済新報社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4492532358?tag=digitaro0d-22)
- 『メディア・リテラシー―世界の現場から』菅谷明子(岩波書店)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4004306809?tag=digitaro0d-22)
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