アイキャッチ画像

アイキャッチ画像

ショートストーリー

縦書き

逃げない理由

営業部の片隅で、橋本浩介は両手で頭を抱えていた。 来週の大型プレゼンテーション。相手は業界最大手のクライアントで、獲得できれば部の売上目標を一気に達成できる。だが、競合は老舗の大手コンサルティング会社。勝率は良くて一割といったところだ。 「やめてもいいんじゃないですか」 背後から声がかかった。同期入社の村田だ。 「どうせ勝てないでしょ。体裁だけ整えて、負けたら『相手が大手だったから』って言えばいい。そうすれば誰も責めませんよ」 橋本は村田の言葉に苛立ちを感じながらも、その楽な選択肢に心が揺れた。 夜九時。オフィスには橋本と、もう一人だけが残っていた。営業企画室の室長・坂井幸恵、五十三歳。彼女は今期で定年を迎える。 「まだ残ってるの」 坂井がコーヒーを持ってきた。橋本は思わず愚痴をこぼした。勝てない相手との戦いに意味があるのか、と。 坂井は椅子に腰を下ろし、少し間を置いてから話し始めた。 「私が二十八のとき、似たようなことがあったの」 かつて坂井は大型案件のプレゼンを任された。相手は今と同じく業界の巨人。周囲は最初から諦めムードで、「無理だから適当にやって早く帰ろう」という空気が充満していた。 「私も逃げたかった。胃が痛くて、毎朝吐きそうになりながら出社してた」 坂井は淡々と続ける。 「でもね、ある先輩に言われたの。『逃げてもいいけど、逃げた自分とこれからずっと付き合うことになるよ』って」 その言葉が刺さった。坂井は逃げなかった。結果は敗北だったが、クライアントの担当者から「坂井さんの提案は印象に残った」と声をかけられた。三年後、その担当者が転職した先から連絡が来て、大きな取引につながった。 「勝てなくても、逃げなかったことが次のチャンスを作ることもある」 橋本は黙って聞いていた。 翌日から、橋本は資料作りに没頭した。夜遅くまで競合の過去提案を分析し、クライアントの課題を洗い出し、差別化できるポイントを探った。胃は相変わらず痛んだ。何度も「もうやめたい」と思った。 村田が昼休みに声をかけてきた。 「まだやってるの? 無駄な努力だと思うけど」 橋本は手を止めずに答えた。 「無駄かもしれない。でも、逃げた自分とはこれから先、付き合いたくないから」 村田は肩をすくめて去っていった。 プレゼン当日。橋本は緊張で声が震えた。途中で噛んで、一瞬頭が真っ白になった。それでも最後まで話し切った。 結果は、負けだった。 しかし、クライアントの部長が帰り際にこう言った。 「提案内容、良かったよ。今回はタイミングが合わなかっただけ。次の案件で声をかけさせてもらうかもしれない」 橋本はオフィスに戻り、坂井に報告した。 「負けました」 坂井は笑った。 「負けたね。でも、逃げなかったね」 橋本は頷いた。胃の痛みは消えていた。その代わり、胸の奥に小さな熱が灯っていた。 半年後、あのクライアントから本当に連絡が来た。橋本は驚きながらも、どこかで予感していた気がした。 恐怖は消えない。でも、逃げなかった自分がいれば、次の扉は開く。

論考

縦書き

恐怖と向き合う技術——逃避を選ばない人が得るもの

**序:恐怖は消せない** 困難な仕事を前にしたとき、人は恐怖を感じる。失敗への不安、評価を失うことへの恐れ、物理的・精神的に傷つくリスク。これらは人間の本能に根ざしたものであり、完全に消し去ることはできない。問題は、この恐怖とどう付き合うかである。恐怖から逃げることで一時的な安堵を得られるが、逃げ続ける人は決して大きな成果を手にすることができない。なぜなら、成果は常にリスクの向こう側にあるからだ。 (検証可能な問い:困難なプロジェクトを回避した人と引き受けた人で、三年後のキャリア進展に差はあるか?) --- **展開:勝負強さの正体** 勝負に強い人と弱い人の違いは何か。ある考え方によれば、勝負に強い人は「諦めが悪い」という特徴を持つ。一パーセントの勝率を「百回に一回は勝てる」と捉えるか、「ほぼ無理」と捉えるかで、行動は大きく変わる。前者のマインドセットを持つ人は、劣勢でも粘り続ける。そして、粘り続けることで偶然のチャンスを掴む確率が上がる。 また、勝負強さには「開き直り」の能力が関係している。失うものがないと思える人間は、制約なく動ける。これは無謀さとは異なる。むしろ、評価や体面への過度な執着を手放すことで、本来のパフォーマンスを発揮できる状態を作り出している。 (検証可能な問い:「失敗しても構わない」と思える環境を作ったチームは、そうでないチームより成果を出しやすいか?) --- **反証:逃避の合理性** 一方で、すべての恐怖に立ち向かうべきだという主張には限界がある。心身の健康を損なうほどのストレスに耐え続けることは、長期的には生産性を下げる。また、撤退という選択が戦略的に正しい場合もある。勝ち目のない戦いにリソースを投じ続けることは、組織全体にとってマイナスになりうる。 さらに、「勝つことですべてが肯定される」という価値観には危うさがある。敗北から学ぶ機会を軽視すれば、同じ失敗を繰り返すリスクが高まる。勝利至上主義は、短期的な成功と引き換えに、組織文化や人間関係を蝕むことがある。 (検証可能な問い:「勝つことがすべて」という文化を持つ組織と、敗北からの学習を重視する組織では、五年後の持続的成長に差が出るか?) --- **再構成:恐怖を味方にする** では、恐怖とどう付き合えばよいのか。重要なのは、恐怖を消そうとするのではなく、恐怖を抱えたまま行動する能力を身につけることである。 有効な方法の一つは「時間が解決する」と理解することだ。恐怖のピークは有限である。その瞬間を過ぎれば、必ず状況は変化する。この認識があれば、目の前の苦しさを「いつか終わる一時的なもの」として捉えられる。 もう一つは、日々の積み重ねを自分への説得材料にすることだ。「これだけ準備してきた」という事実は、恐怖に対抗する最も強力な武器になる。自分を騙せるのは自分だけであり、自己暗示は戦略的に活用できる。 (検証可能な問い:恐怖を感じる場面で「これまでの準備を振り返る」習慣を持つ人は、持たない人よりパフォーマンスが安定するか?) --- **示唆:逃げなかった自分との付き合い方** 恐怖から逃げることは、その場では楽である。しかし、逃げた自分とはその後ずっと付き合い続けなければならない。逆に、恐怖に向き合った経験は、次の困難に直面したときの支えになる。 苦しみなしに快楽を得ることはできない。この単純な真理を受け入れたとき、恐怖は敵ではなく、成長のシグナルに変わる。 --- **実務への含意** - 困難なプロジェクトを引き受ける際は、「逃げた場合の将来の自分」を具体的に想像し、判断基準に加える - チームメンバーの恐怖を否定せず、「恐怖を抱えたまま行動する」モデルを示す - 敗北した場合も「逃げなかった」事実を評価し、次のチャンスにつなげる仕組みを作る --- **参考文献** ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています - 勝負師: https://www.amazon.co.jp/s?k=勝負師&tag=digitaro0d-22 - 恐怖心克服: https://www.amazon.co.jp/s?k=恐怖心克服&tag=digitaro0d-22 - メンタルタフネス: https://www.amazon.co.jp/s?k=メンタルタフネス&tag=digitaro0d-22

ハッシュタグ