アイキャッチ画像
ショートストーリー
地図のない航海
三崎誠一は、明和食品の営業企画部で三十二年間働いてきた。来月で五十七歳になる。
「三崎さん、例の件ですが」
隣の席の若手、田村が声をかけてきた。新規取引先との契約書類のことだ。三崎が下準備をし、田村が仕上げる。かつては逆だったが、役職定年で課長の肩書を外してからは、こうした補佐的な仕事が増えた。
「ああ、あとは頼むよ」
三崎はパソコンの画面に目を戻した。メールの受信箱には、再雇用制度の説明会の案内が届いていた。六十歳以降の勤務条件について、人事部が個別面談を始めるという。
昼休み、三崎は社員食堂で同期の村田と顔を合わせた。村田は経理部で、同じく役職定年を迎えていた。
「説明会の案内、来たろう」
村田が味噌汁をすすりながら言った。
「ああ」
「俺、もう条件聞いたよ。時給千二百円だってさ。フルタイムでも年収三百万いかない」
三崎は箸を止めた。現在の年収は八百万。それが三分の一以下になる。
「まあ、社会保険もあるし、通い慣れた会社だし。贅沢言える立場じゃないだろ」
村田は諦めたように笑った。三崎も頷いた。そうだ、贅沢は言えない。
その夜、三崎は自宅のリビングで缶ビールを開けた。妻の恵子は台所で洗い物をしている。
「ねえ、あなた」
恵子が振り向いた。
「退職したら何がしたい?」
「え?」
「退職後の話よ。六十過ぎたら、どうするの」
三崎は言葉に詰まった。考えたことがなかった。いや、考えないようにしていた。
「まあ、再雇用で残るつもりだけど」
「それはわかってる。でも、六十五になったら終わりでしょう。その後は?」
三崎は答えられなかった。二十代で入社してから、会社が人生の地図だった。どこに進むべきか、地図が教えてくれた。でも、その地図はあと数年で途切れる。
翌週、三崎は人事部の個別面談を受けた。担当者は丁寧に説明したが、要点は村田から聞いた通りだった。
「他にご質問は?」
三崎は一つだけ聞いた。
「もし、再雇用を選ばなかったら、どういう選択肢がありますか」
担当者は少し驚いた顔をした。
「えーと、転職エージェントの紹介サービスがありますが、正直、五十代後半での転職は厳しいかと」
帰り道、三崎は駅前の書店に立ち寄った。ビジネス書のコーナーで、五十代のキャリアに関する本を手に取った。読み進めるうちに、ある一節で足が止まった。
「あなたの市場価値は、会社が決めた年収とは違う」
三崎は本を棚に戻した。市場価値。考えたこともなかった。自分の価値は会社が査定するものだと、三十年以上信じてきた。
その週末、三崎は古い名刺ファイルを引っ張り出した。取引先、同業他社、異業種交流会で知り合った人々。ほとんどは何年も連絡を取っていない。
一枚の名刺が目に留まった。十五年前に知り合った中小企業の社長、川島。食品原料の卸売業を営んでいた。確か、営業の経験者を探していると言っていた。十五年前の話だ。今更連絡しても意味がない。
三崎は名刺ファイルを閉じかけた。
しかし、閉じる手が止まった。
意味がないと決めているのは、誰だ。
翌日、三崎は川島に連絡を取った。驚いたことに、川島は声を覚えていた。
「ああ、三崎さん。お久しぶりです」
「実は、ご相談がありまして」
「ほう。ちょうど良かった。実は今、うちでも営業の立て直しを考えていて。一度、お話しませんか」
電話を切った後、三崎は窓の外を見た。夕暮れの空が広がっていた。
まだ何も決まっていない。うまくいく保証もない。でも、初めて自分で地図を描こうとしている。その実感だけが、胸の奥で小さく灯っていた。
論考
五十代の分岐点——「自己決定」を取り戻す人生設計論
**序**
五十代は、キャリアの分岐点である。役職定年を境に年収が半減し、六十歳からの再雇用でさらに下がる。この構造的な変化に対し、多くの人が準備なく突入している。問題の本質は、金銭的な下落ではない。長年にわたり組織に委ねてきた「自己決定権」を、いかにして取り戻すかという課題である。
組織で働く期間が長くなるほど、人は思考の枠組みを組織に依存するようになる。「会社がどう考えるか」「上司がどう判断するか」を基準に動く習慣が染みつき、自分自身の判断軸が曖昧になる。これを「思考停止」と呼ぶことができる。
*検証可能な問い:五十代以降の離職者に対し、「退職後三ヶ月以内に次のキャリアを決めた人」と「一年以上決まらなかった人」の差異を、事前の準備行動の有無で比較できるか?*
**展開**
自己決定権の喪失は、三つの経路で進行する。
第一に、市場価値の不認識がある。組織内での評価と、労働市場での評価は異なる。年収八百万の部長が、転職市場では三百万の評価しか得られない場合もあれば、逆に年収五百万の専門職が、転職すれば八百万を提示される場合もある。しかし、組織への帰属意識が強いほど、この乖離に気づきにくい。
第二に、専門性の狭小化がある。大企業では業務が細分化されるため、「人事のうちファシリティ管理だけ」「経理のうち月次決算だけ」という専門性になりがちである。これは組織内では効率的だが、外部では「何でもできる人材」が求められる場面が多い。
第三に、人脈の固定化がある。同じ組織に長くいると、社外との接点が減少する。名刺ファイルは増えても、連絡を取り合う相手は限られてくる。
*検証可能な問い:役職定年前に「副業」「社外活動」「学び直し」を行っていた人と行っていなかった人で、再就職後の年収に有意差があるか?*
**反証**
ただし、この議論には限界もある。
まず、人生設計をしても、経済環境、健康状態、家庭の事情といった予測不能な変数がある。計画通りにいかないことを前提にした柔軟性も必要である。
また、組織にとどまる選択が「負け」ではない。再雇用の条件が厳しくても、慣れた環境で安定を得ることに価値を見出す人もいる。全員が転職や起業を目指す必要はない。
重要なのは、「選んだ」という感覚である。流されて再雇用を選ぶのと、熟慮の末に再雇用を選ぶのとでは、同じ結果でも意味が異なる。
*検証可能な問い:再雇用を「積極的に選んだ」人と「消極的に選んだ」人で、再雇用後の職務満足度に差があるか?*
**再構成**
では、何をすべきか。
第一に、自分の市場価値を客観的に把握する。転職サイトへの登録、エージェントとの面談、同業他社への情報収集を通じて、組織の外から自分を見る視点を持つ。
第二に、専門性の隣接領域を広げる。人事なら労務だけでなく採用や教育まで、経理なら決算だけでなく財務分析まで、守備範囲を広げておく。
第三に、人脈を「資産」として管理する。古い名刺に連絡してみる。異業種の勉強会に参加する。SNSで緩やかなつながりを維持する。
これらは、五十歳からでも遅くない。ただし、五十五歳からでは厳しい。役職定年の二年前に気づいても、準備期間が足りない。
*検証可能な問い:「五十歳で準備を始めた人」と「五十五歳で準備を始めた人」で、六十歳時点のキャリア選択肢の数に差があるか?*
**示唆**
五十代の課題は、「これまでの延長線上に未来はない」という現実を受け入れることである。組織が描いてくれた地図は、あと数年で途切れる。その先は、自分で描くしかない。
皮肉なのは、多くの人が「自由に考えていい立場」になって初めて、自由に考えることの難しさに気づくことである。思考停止は、解除しようとして初めて、その深刻さが分かる。
五十代は、まだ間に合う最後の時期である。
---
**実務への含意**
- 五十歳を迎えたら、一度は経験・スキルを棚卸し、自分の市場価値を客観的に把握しようとしてみる
- 専門領域の「隣接業務」を年に一つは経験し、守備範囲を広げる習慣を持つ
- 古い名刺ファイルを年に一度は見直し、三人以上に連絡を取ってみる
---
## 参考文献
1. 『定年後 - 50歳からの生き方、終わり方』楠木 新
https://www.amazon.co.jp/dp/4121024311?tag=digitaro0d-22
2. 『50歳からの逆転キャリア戦略』前川 孝雄
https://www.amazon.co.jp/dp/B081C56QN6?tag=digitaro0d-22
3. 『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』坂本 貴志
https://www.amazon.co.jp/dp/4065286050?tag=digitaro0d-22
※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています