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ショートストーリー
映える会議室
高木翔太が中堅Web制作会社・クロスフィールドの広報チームに異動してきたのは、三十二歳の春だった。
前任の広報担当が突然退職し、後任として白羽の矢が立った。社長の柴田から「うちのSNSアカウント、フォロワー三千人止まりだろう。一万人にしてくれ」と言われたのが最初のミッションだった。
高木はまず、社内の日常を発信することから始めた。ランチの風景、会議中のホワイトボード、デスクに飾られた観葉植物。しかし反応は薄い。フォロワーは三千二百人で頭打ちになった。
焦りが生まれたのは、競合のブライトワークス社がSNSでバズり始めた頃だった。社員が自社のオフィスでダンスする動画、派手な社内イベントの様子、CEOが高級車で出社する映像。フォロワーは三万人を超えていた。
「見せ方の問題だよ」と、営業部の後藤が言った。「もっとインパクトがないと。うちの会議室、ガラス張りでしょ。あそこで何かやればいいんじゃない」
高木は社内の「映える」場面を意図的に演出し始めた。ガラス張りの会議室でのブレインストーミングを動画に撮り、「白熱の議論!」とキャプションをつけた。実際には五分ほどのやらせだった。社員に協力を頼み、笑顔で付箋を貼る姿を撮影した。
フォロワーは少しずつ伸びた。五千人、六千人。高木の中で何かが加速した。
「次はもっとインパクトが必要だ」
社員の「本音トーク」と称した動画シリーズを始めた。台本を書き、カメラの前で社員に「この会社のここが好き」と語らせた。編集でBGMをつけ、字幕を入れた。コメント欄には「素敵な会社ですね」「こんな職場で働きたい」という声が並んだ。
フォロワーが八千人を超えた頃、経理部の村瀬が高木のデスクに来た。
「高木さん、あの動画に出た若手の田中さん、困ってるみたいですよ」
田中は動画の中で「残業が少なくて最高です」と笑顔で語っていた。実際には月四十時間の残業があった。取引先の担当者がその動画を見て、「御社は余裕があるんですね」と納期を前倒しにしてきたという。
「そんなの、たまたまでしょ」と高木は流した。
一万人の目標まであと少し。高木は次の企画を考えた。社長の柴田に密着する「一日社長」動画だ。柴田も乗り気だった。「いいね、やろう」。
撮影当日、柴田は普段より良いスーツを着て、普段は行かないカフェでコーヒーを買い、普段はしない英語の電話を演じた。高木は心の中で少し引っかかったが、カメラを回し続けた。
動画は過去最高の再生回数を記録した。コメント欄は賛否で溢れた。「かっこいい社長」「こういうリーダーに憧れる」という声の一方で、「嘘くさい」「演出丸出し」「こんな会社、中身がないのでは」という書き込みも目立った。
匿名のアカウントが「元社員です。実態は全然違います」と投稿した。真偽は不明だったが、その一件で空気が変わった。コメント欄は「検証」と「裁き」の場に変わり、過去の動画も掘り返された。田中の残業発言が槍玉に上がり、「ブラック企業では」というまとめ記事まで作られかけた。
フォロワーは一万二千人に達していた。だが、高木の顔は暗かった。
会議室に呼ばれた。柴田、人事部長の小山、そして高木。
「高木くん、フォロワーは増えたが、採用応募が減っている」と小山が切り出した。「候補者がSNSを見て、『演出が多い会社は信用できない』と辞退するケースが出ている」
柴田は腕を組んだまま黙っていた。自分もあの動画に出演していた以上、高木だけを責めるわけにはいかない。
「……数字だけ追ってました」と高木は言った。
沈黙が落ちた。
翌週、高木は方針を変えた。派手な演出をやめ、社員が本当に困っていること、本当に工夫していることを、短い文章で淡々と投稿するようにした。フォロワーは一万人を割った。だが、採用ページへの流入は前月比で三割増えていた。
ある日、村瀬がまたデスクに来た。「最近の投稿、いいですね。あの『サーバー障害で徹夜した話』、営業先で話題になったらしいですよ」
高木はモニターに映る九千四百人という数字を見た。一万人には届いていない。しかし、画面の向こうに、確かに誰かが読んでいるという手応えがあった。
映える会議室のガラスは、外から見れば中が丸見えだ。でも、見せたいものだけを見せていたら、ガラスの意味がない——高木はそう思った。
論考
可視化の罠——承認欲求が組織の信頼を蝕むメカニズム
企業がデジタルプラットフォーム上で情報を発信することは、もはや当然の活動となった。しかし、発信の量や反応の数を追い求めるうちに、本来の目的を見失う組織は少なくない。ここで問うべきは「何を見せるか」ではなく、「なぜ見せたがるのか」という動機の構造である。プラットフォームには、人間の三つの欲求を増幅させる仕組みが内在している。すなわち、「見せたい」「裁きたい」「目立ちたい」という欲求だ。この三者がどのように組織の判断を歪めるのか、順に検討したい。
**【見せたいという欲求——スペクタクル化の力学】**
第一の力学は、生活や業務のスペクタクル化である。情報発信の場が与えられると、人は自然と「見栄えの良い」場面を選んで切り取る。会議室での活発な議論、笑顔の社員、洗練されたオフィス空間。しかし、見せたい場面だけを積み重ねると、実態との乖離が広がる。この乖離こそが、後に信頼を毀損するリスクの種となる。問い:あなたの組織が外部に発信している情報は、内部の実感とどの程度一致しているか?
**【裁きたいという欲求——匿名の審判者たち】**
第二の力学は、受信者側に生じる「裁き」の衝動である。プラットフォーム上では、誰もが匿名の審判者として振る舞える。責任を負わずに批評できる構造が、発言のハードルを下げ、時に攻撃性を解放する。ある考え方によれば、こうした「裁き愛」は人間の根源的な欲求であり、デジタル環境はそれを拡張したに過ぎない。重要なのは、組織がこの構造を理解した上で発信しているかどうかだ。問い:外部からの批評に対して、組織は「反論」ではなく「事実の開示」で応える準備があるか?
**【目立ちたいという欲求——差別化競争の暴走】**
第三の力学は、差別化への渇望である。同業他社がフォロワー数や再生回数で先行すると、組織は焦りを感じる。この焦りが演出のエスカレーションを生む。より派手な企画、より感情的なストーリー、より「バズる」コンテンツ。だが、差別化競争がエスカレートするほど、コンテンツは実態から遊離し、判断力は低下する。群衆心理の研究が示すように、集団の中では個人の理性的な判断が抑制され、感情的な反応が優先される傾向がある。問い:フォロワー数や再生回数の目標は、事業の本質的なKPIとどのように接続されているか?
**【反証——可視化の肯定的側面】**
もちろん、デジタル発信がすべて有害というわけではない。適切に運用されれば、組織の透明性を高め、信頼構築の手段となりうる。問題は、数値目標が自己目的化したときに生じる。認知バイアスの研究が明らかにしているように、人間は短期的で目に見える指標(フォロワー数、いいね数)を過大評価し、長期的で測定困難な価値(信頼、評判)を過小評価する傾向がある。問い:デジタル発信の「成果」を、数値以外の指標でも評価する仕組みがあるか?
**【再構成——「見られる」から「伝わる」への転換】**
三つの欲求を制御するには、発信の目的を「見られること」から「伝わること」へ再定義する必要がある。見られることは一過性だが、伝わることは持続的な関係を生む。スペクタクルは消費されて終わるが、誠実な情報開示は信頼として蓄積される。これは個人のSNS利用にも、組織の広報戦略にも等しく当てはまる原則である。
**実務への含意:**
- デジタル発信の成果指標に「採用応募の質」「取引先からの信頼度」など、間接的な信頼指標を組み込む
- 発信コンテンツについて「これは実態と一致しているか」を確認するレビュープロセスを設ける
- フォロワー数などの量的指標と、エンゲージメントの質的指標を分離して管理する
### 参考文献
- 『スマホ脳』アンデシュ・ハンセン(新潮社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4106108828?tag=digitaro0d-22)
- 『群衆心理』ギュスターヴ・ル・ボン(講談社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4061590928?tag=digitaro0d-22)
- 『ファスト&スロー(上)』ダニエル・カーネマン(早川書房)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4150504105?tag=digitaro0d-22)
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