仕事術 11件の記事

地図のない航海

三崎誠一は、明和食品の営業企画部で三十二年間働いてきた。来月で五十七歳になる。 「三崎さん、例の件ですが」 隣の席の若手、田村が声をかけてきた。新規取引先との契約書類のことだ。三崎が下準備をし、田村が仕上げる。かつては逆だったが、役職定年で課長の肩書を外してからは、こうした補佐的な仕事が増えた。...
2026-01-04 07:28:57

「今日、何を聞いた?」

営業企画部の課長・高梨誠一は、部下たちの顔を見渡しながら額に手を当てた。 「なぜ誰も質問しないんだ」 新製品のマーケティング会議が終わった直後のことだった。本部長からの説明を聞いている間、高梨は何度か振り返った。だが、八人の部下は全員、無表情でメモを取っているだけだった。 「高梨くん、君のとこ...
2025-12-29 09:35:13

最後の一杯

青山の路地裏にある小さなバー「風見鶏」で、山崎達也は三十年間カウンターに立ち続けていた。 その夜、常連の大手広告代理店専務・川端が、いつもより早い時間に姿を見せた。 「マスター、いつもの」 川端はスツールに腰を下ろすと、乱暴にネクタイを緩めた。山崎は黙ってハイボールを差し出す。 「今日、つい...
2025-12-25 12:48:02

刺激の檻

営業部長の沢村誠一は、四十五歳にして自分が「永遠の新規開拓者」であることに気づいていなかった。 彼の営業成績は常にトップクラスだった。新しい顧客を獲得する瞬間、沢村の目は輝いた。初対面の緊張感、相手の懐に入っていく駆け引き、そして契約成立の高揚感。その快感を求めて、彼は次々と新規顧客を開拓し続けた...
2025-12-22 11:29:38

動かない迷路

企画部の須藤拓真は、会議室の窓から外を眺めていた。 午後三時。本来なら資料を作成しているはずの時間だ。しかし彼は、机の上に広げたノートを前に、もう一時間以上同じ場所に座っていた。 「須藤、まだ考えてるのか」 ドアを開けたのは、先輩の工藤だった。五十代半ば、入社以来ずっとこの会社で働いてきた人だ...
2025-12-20 23:06:40

静かな窓際の席

総務部の村瀬美咲は、今日も始業前にオフィスに着いていた。 誰もいないフロアで資料を整理する時間が好きだった。蛍光灯の微かな唸りと、空調の低い音だけが響く。その静けさの中でなら、頭の中が整理される気がした。 しかし九時を過ぎると、オフィスは一変する。キーボードを叩く音、電話の呼び出し音、隣のデスク...
2025-12-20 22:36:53

対等という距離

経営企画部の新人、水野翔太は、自分が優秀だと思っていた。 入社試験は二千人中三位。有名国立大学を首席で卒業し、在学中にはビジネスコンテストで全国優勝もした。周囲の同期と比べても、自分の能力が突出していることは明らかだった。 配属されたチームには、翔太のほかに三人のメンバーがいた。リーダーの木村、...
2025-12-20 15:30:40

残りの時間

総務部の佐藤健一は、五十二歳になった朝、自分の人生を振り返っていた。 入社三十年。与えられた仕事を真面目にこなし、大きな失敗もなく、課長という肩書きを手に入れた。だが、会議室の窓から見える景色は、三十年前と何も変わっていなかった。変わったのは、自分の髪が白くなったことくらいだ。 「佐藤さん、新人...
2025-12-20 13:48:03

これでいい

人事部の会議室で、山崎理恵は自分のプレゼン資料を見つめていた。 三十四歳。入社十二年目。同期の中では出世が遅いほうだ。今回の社内公募制度で、念願だった新規事業開発室への異動を勝ち取りたい。そのための面接が、明後日に迫っていた。 「山崎さん、資料見せてもらっていいですか」 隣のデスクの後輩、高橋...
2025-12-20 13:15:55

逃げない理由

営業部の片隅で、橋本浩介は両手で頭を抱えていた。 来週の大型プレゼンテーション。相手は業界最大手のクライアントで、獲得できれば部の売上目標を一気に達成できる。だが、競合は老舗の大手コンサルティング会社。勝率は良くて一割といったところだ。 「やめてもいいんじゃないですか」 背後から声がかかった。...
2025-12-20 10:51:45

熱くなれない人

営業企画部の村瀬は、三年目にして初めてプロジェクトリーダーを任された。新規サービスの立ち上げという大役に、周囲は期待の目を向けていた。 「村瀬さん、このプロジェクトにかける想いを聞かせてください」 キックオフミーティングで、部長の木島がそう水を向けた。会議室には八人のメンバーが揃っている。村瀬は...
2025-12-20 06:54:46