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ショートストーリー
「今日、何を聞いた?」
営業企画部の課長・高梨誠一は、部下たちの顔を見渡しながら額に手を当てた。
「なぜ誰も質問しないんだ」
新製品のマーケティング会議が終わった直後のことだった。本部長からの説明を聞いている間、高梨は何度か振り返った。だが、八人の部下は全員、無表情でメモを取っているだけだった。
「高梨くん、君のところは静かだな」
廊下で本部長の村田に声をかけられた。嫌味ではなさそうだが、その言葉が胸に刺さった。
「申し訳ありません。次回は必ず」
「いや、責めているわけじゃない。ただ、質問が出ないということは、理解しているか、全く興味がないか、どちらかだ」
村田は笑って去っていった。高梨には、どちらでもないことがわかっていた。部下たちは萎縮しているのだ。
きっかけは一年前だった。当時新人だった木村が会議で的外れな質問をした。高梨は「それは資料に書いてある」と即座に返した。正しい指摘だったが、木村は以来、会議で口を開かなくなった。
いつの間にか、チーム全体がそうなっていた。報告は上がってくる。指示には従う。だが、それ以上のものがない。
「課長、来週のプレゼン資料です」
木村がファイルを差し出した。高梨はそれを受け取りながら、ふと思い立った。
「木村、ちょっといいか」
「はい」
「この資料、どこか疑問に思ったところはあるか」
木村は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに首を横に振った。
「いえ、特には」
「本当にないのか」
「……あります。でも」
「でも?」
「聞いたら、また怒られるかと」
高梨は言葉に詰まった。一年間、自分が何をしてきたのかを突きつけられた気がした。
「聞いてくれ。どんなことでも」
木村はおずおずと口を開いた。
「三ページ目のグラフなんですが、この数字の根拠がよくわからなくて。でも会議では誰も触れなかったから、自分がおかしいのかと」
高梨はその箇所を見た。確かに説明が不足している。むしろ、なぜ自分もそれを見逃していたのか。
「いい質問だ」
木村の目が少し大きくなった。
翌週のチーム会議で、高梨は宣言した。
「今日から、毎週一つずつ、全員が質問を持ってきてほしい。どんな些細なことでもいい。むしろ、的外れに見える質問ほど価値があるかもしれない」
反応は薄かった。当然だ。一年かけて作った空気は、一言では変わらない。
それでも高梨は続けた。最初に質問した人間を責めない。答えられない質問には「一緒に調べよう」と返す。的外れだと思った質問から、思わぬ改善点が見つかることもあった。
三か月が経った頃、変化は少しずつ現れ始めた。会議で手が挙がるようになった。木村は後輩に「わからないことがあったら聞けよ」と言うようになった。
ある日、村田本部長が高梨のデスクに立ち寄った。
「君のチーム、最近いい質問が出るようになったな」
「まだまだです」
「私が聞いているんじゃない。君のチームから私に質問が来るようになった。それも、こちらが気づかなかった視点からだ」
村田は満足そうに頷いて去っていった。
高梨は自分のデスクを見た。メモ帳には、今日部下から受けた質問が並んでいる。その中に、一つだけ自分で書いた問いがあった。
「今日、自分は何を質問したか」
答えはまだない。でも、それでいいのだと思った。答えのない問いを抱え続けることが、次の一歩につながるのだから。
窓の外では、夕日が静かにビルを染めていた。
論考
「何を質問したか」が人を育てる——能動的学習と心理的安全性の接点
### 序
教育やマネジメントの現場で、しばしば見落とされる視点がある。「教えた内容」よりも「問いかけの質」が、人の成長を左右するという事実だ。
ある考え方によれば、学習効果を最大化するのは「今日は何を勉強したの?」ではなく「今日は何を質問したの?」という問いかけだという。この二つの問いの違いは些細に見えるが、学習者の姿勢を根本から変える。前者は受動的な吸収を確認し、後者は能動的な探求を促す。では、なぜ「質問すること」がそれほど重要なのか。
検証可能な問い:受動的な学習と能動的な質問を続けた二つのグループで、長期的な知識定着率に差は生じるか。
### 展開
質問という行為には、二つの機能がある。第一に、自分の理解度を可視化する機能。質問を立てるためには、「何がわかっていて、何がわからないのか」を明確にする必要がある。この自己認識のプロセス自体が、深い学習を促進する。
第二に、対話を生む機能。質問は相手の思考を刺激し、双方向のコミュニケーションを生み出す。一方通行の情報伝達と比べ、対話は記憶への定着率が格段に高い。
組織において質問文化が根付くと、思わぬ副産物が生まれる。部下が質問しやすい環境は、そのまま心理的安全性の高い環境と重なる。「こんなことを聞いたら馬鹿だと思われる」という不安がない組織では、問題の早期発見、創造的なアイデアの創出、失敗からの学習が加速する。
検証可能な問い:会議における質問数と、チームの課題解決速度に相関関係はあるか。
### 反証
しかし、質問することへの過度な期待には注意が必要だ。
まず、質問の「質」が伴わなければ意味がない。思考を経ない場当たり的な質問は、むしろ議論を停滞させる。また、全員に質問を強制することで、本質的でない発言が増え、会議の生産性が落ちるリスクもある。
さらに、質問を奨励する側の姿勢も問われる。「質問しろ」と言いながら、実際に出た質問を軽視したり、的外れと切り捨てたりすれば、逆効果になる。質問文化を育てるには、受け止める側の度量が必要だ。
加えて、文化的な背景も無視できない。年功序列や面子を重んじる環境では、若手が上司に質問すること自体がハードルとなる。制度や仕組みだけでなく、価値観の変革が伴わなければ、形式的な質問だけが増える事態になりかねない。
検証可能な問い:質問への返答態度と、その後のチームの質問頻度に因果関係はあるか。
### 再構成
これらの反証を踏まえると、質問文化の構築には段階的なアプローチが求められる。
第一段階は、安全な環境の整備だ。どんな質問でも否定されないという信頼がなければ、能動的な発言は生まれない。これは「心理的安全性」という概念そのものである。
第二段階は、質問の技術を教えること。「いい質問」とは何かを具体的に示し、練習の機会を設ける。例えば、「なぜ」「もし~だったら」「他に方法は」といった問いの型を共有するだけでも、質問の質は向上する。
第三段階は、質問から得られた学びを組織に還元する仕組みづくりだ。質問によって発見された改善点やアイデアが実際に採用されれば、「質問には価値がある」という認識が組織全体に広がる。
検証可能な問い:三段階のアプローチを導入した組織と、しなかった組織で、イノベーション創出数に差は生じるか。
### 示唆
結局のところ、「質問する」という行為は、学ぶ姿勢の表明である。わからないことを認め、より良い答えを探し求める意思の表れだ。
組織においても家庭においても、「何を教えたか」より「何を問いかけたか」が、人の成長を決定づける。そして、質問される側よりも、質問する側の方が、実は多くを学んでいる。
この逆説的な真実を、私たちはどこかで忘れてしまっていないか。
検証可能な問い:自分自身に「今日は何を質問したか」と問いかけることで、学習行動に変化は生じるか。
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### 実務への含意
- **会議の冒頭で「質問タイム」を設ける**:発言のハードルを下げ、疑問を共有する習慣を定着させる
- **質問への返答を「ありがとう」から始める**:質問を歓迎する文化を明示的に示し、心理的安全性を高める
- **週次で「今週発見した疑問」を共有する場を設ける**:能動的思考を組織の習慣として定着させる
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## 参考文献
1. 『質問力』斎藤孝
https://www.amazon.co.jp/dp/4480421955?tag=digitaro0d-22
2. 『人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』エドワード・L・デシ
https://www.amazon.co.jp/dp/4788506793?tag=digitaro0d-22
3. 『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』エイミー・C・エドモンドソン
https://www.amazon.co.jp/dp/4862762883?tag=digitaro0d-22
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