組織論
11件の記事
見えない重荷
神崎運輸の中堅ドライバー、村瀬誠一は今年で運転歴十五年になる。四トン車から始め、今では大型の十トン車を任されている。無事故無違反。それが村瀬の誇りだった。
「村瀬さん、今日の配送、三十分前倒しでお願いできますか」
配車担当の若い社員が申し訳なさそうに言った。荷主からの急な依頼だという。村瀬は黙っ...
情報室の灯り
総合商社「丸和物産」の情報管理室は、本社ビル十八階の奥まった場所にあった。窓のない部屋に、青白いモニターの光だけが浮かんでいる。
室長の戸塚誠一郎は、この部屋で二十年を過ごしてきた。各国の政治経済動向、競合他社の動き、取引先の信用情報――あらゆるデータがこの部屋に集まり、戸塚の手で分析され、経営陣...
「今日、何を聞いた?」
営業企画部の課長・高梨誠一は、部下たちの顔を見渡しながら額に手を当てた。
「なぜ誰も質問しないんだ」
新製品のマーケティング会議が終わった直後のことだった。本部長からの説明を聞いている間、高梨は何度か振り返った。だが、八人の部下は全員、無表情でメモを取っているだけだった。
「高梨くん、君のとこ...
響かない声
広告代理店ブライトハウスの会議室には、重苦しい空気が漂っていた。
「若い女性に刺さるメッセージって何だと思う?」
クリエイティブ部長の杉山は、壁に映し出されたスライドを見つめながら問いかけた。クライアントは大手アパレルブランド「フローラ」。来春のキャンペーンに向けた企画会議だった。
「やっぱり...
逃げ道という名の滑走路
入社十五年目の春、宮田智也は開発本部の窓際席で、真新しい辞令を眺めていた。
「北海道支社への異動ね」
開発本部長の声が、フロア全体に響いた。表向きは「新拠点の立ち上げ要員」だが、誰もが知っていた。先月の新製品プレゼンで、宮田が役員の方針に異を唱えたことへの報復だと。
「受けるしかないよな」
...
静かな窓際の席
総務部の村瀬美咲は、今日も始業前にオフィスに着いていた。
誰もいないフロアで資料を整理する時間が好きだった。蛍光灯の微かな唸りと、空調の低い音だけが響く。その静けさの中でなら、頭の中が整理される気がした。
しかし九時を過ぎると、オフィスは一変する。キーボードを叩く音、電話の呼び出し音、隣のデスク...
ぬるま湯の中で
人事部の大森課長は、退職届を見つめていた。今月で三人目だ。
「また若手ですか」
隣の席の吉田が溜息をついた。
「ああ。入社二年目の藤本くん。一度も怒ったことないのに」
大森は頭を抱えた。三年前、会社は大きく変わった。パワハラ問題をきっかけに、管理職研修が刷新され、「心理的安全性」という言葉が...
指示待ちの壁
営業三課の課長、村瀬隆一は会議室の壁時計を見上げた。午後三時。今日も部下の佐野が報告に来ない。
「佐野、例の提案書の進捗はどうなってる」
声をかけると、佐野はびくりと肩を震わせた。入社四年目、真面目だが、いつも村瀬の指示を待っている。
「あ、はい。課長からの指示待ちでした」
「指示? 先週の...
窓際の椅子
宮本は、カレンダーの日付を見つめた。五十三歳。入社から三十年が経とうとしていた。
「宮本さん、この資料のチェックお願いできますか」
若手の田中が遠慮がちに声をかけてきた。かつては自分も同じように先輩たちに資料を持っていったものだ。宮本は黙って資料を受け取り、デスクに置いた。
三年前、同期の中村...
熱くなれない人
営業企画部の村瀬は、三年目にして初めてプロジェクトリーダーを任された。新規サービスの立ち上げという大役に、周囲は期待の目を向けていた。
「村瀬さん、このプロジェクトにかける想いを聞かせてください」
キックオフミーティングで、部長の木島がそう水を向けた。会議室には八人のメンバーが揃っている。村瀬は...
一応、確認なのですが
会議室の空気が、目に見えて淀んでいた。
森山食品マーケティング部の新商品開発会議。テーブルには「次世代ヘルシースナック」と銘打たれた企画書が広げられ、部長の黒田をはじめとする七名が難しい顔で腕を組んでいる。
「で、結局どうするんですか」
開発チームの中堅、早川が沈黙を破った。十五年この部署で働...