コミュニケーション
8件の記事
「革新」という名札
広瀬美咲は、中堅IT企業セルクの広報部で五年目を迎えていた。社内報の編集からプレスリリースの校正まで、地味だが確実な仕事をこなしてきた自負がある。
その日の朝会で、新任の事業部長・竹内が全社に向けて宣言した。
「我々は今期、業務支援ツール『セルクアシスト』を全面リニューアルします。これは単なるア...
フチの裏側
経理部の主任・河野誠一は、自分の仕事ぶりに一定の自信を持っていた。
毎月の月次決算は期日の二日前には仕上げる。取引先への支払い処理は一度もミスをしたことがない。後輩の面倒も見ている。四十八歳、経理一筋二十五年。自分は「ちゃんとやっている側」の人間だと思っていた。
だからこそ、部長の白石から言われ...
聞くだけの男
深谷誠は、部下の話を聞くのが好きだった。
正確に言えば、好き嫌いの問題ではなく、そうなってしまうのだ。新入社員の不安も、中堅社員の愚痴も、取引先の世間話も、深谷の前に座ると人はなぜか饒舌になる。営業部の三課で課長を務めて六年になるが、成績はいつも中の上。飛び抜けた数字を叩き出すわけでもない。ただ、...
伝え方の温度
製造業の中堅メーカー・丸栄精機の品質管理課に着任した新任課長の桐生和也は、着任早々、部下たちの仕事ぶりに頭を抱えていた。
前任の課長が「のびのびやらせる」方針だったこともあり、報告書の書式がバラバラ、検査手順の省略も散見される。桐生は前職で徹底した品質管理を実践してきた自負がある。このままでは取...
「今日、何を聞いた?」
営業企画部の課長・高梨誠一は、部下たちの顔を見渡しながら額に手を当てた。
「なぜ誰も質問しないんだ」
新製品のマーケティング会議が終わった直後のことだった。本部長からの説明を聞いている間、高梨は何度か振り返った。だが、八人の部下は全員、無表情でメモを取っているだけだった。
「高梨くん、君のとこ...
響かない声
広告代理店ブライトハウスの会議室には、重苦しい空気が漂っていた。
「若い女性に刺さるメッセージって何だと思う?」
クリエイティブ部長の杉山は、壁に映し出されたスライドを見つめながら問いかけた。クライアントは大手アパレルブランド「フローラ」。来春のキャンペーンに向けた企画会議だった。
「やっぱり...
対等という距離
経営企画部の新人、水野翔太は、自分が優秀だと思っていた。
入社試験は二千人中三位。有名国立大学を首席で卒業し、在学中にはビジネスコンテストで全国優勝もした。周囲の同期と比べても、自分の能力が突出していることは明らかだった。
配属されたチームには、翔太のほかに三人のメンバーがいた。リーダーの木村、...
一応、確認なのですが
会議室の空気が、目に見えて淀んでいた。
森山食品マーケティング部の新商品開発会議。テーブルには「次世代ヘルシースナック」と銘打たれた企画書が広げられ、部長の黒田をはじめとする七名が難しい顔で腕を組んでいる。
「で、結局どうするんですか」
開発チームの中堅、早川が沈黙を破った。十五年この部署で働...