自分らしさ
5件の記事
譲れない軸
「ミドリ広告」の大阪支社は、地場企業を中心に堅実な取引を積み上げてきた中堅代理店だ。
主任の久保田茜(二十八歳)は、その支社で「真面目な久保田さん」として通っていた。服装はきちんとしたジャケットにパンツ、髪はいつもまとめ、クライアント先でも物腰が柔らかく、年配の担当者受けがいい。支社の売上の一割を...
三枚の名刺
システム開発会社の課長、高橋美咲は、週末になると別人になる。
平日の彼女は、チームを率いる冷静な管理職だ。部下からの相談には的確に答え、クライアントとの折衝では一歩も引かない。社内では「鉄の女」と呼ばれている。
しかし土曜日の朝、彼女は地域の子ども食堂でエプロンをつけ、配膳係として汗を流す。そこ...
黄色いノート
三好修平は、自分の机の引き出しに手を突っ込んだまま、動けなくなっていた。
十二年前の手帳が出てきたのだ。黄ばんだページをめくると、若い頃の乱雑な字が目に飛び込んできた。
「自分のブランドを持つ」
その一行が、胸に刺さった。
三好は大手アパレルメーカー「クロスウェア」の営業部長だった。四十五歳...
静かな窓際の席
総務部の村瀬美咲は、今日も始業前にオフィスに着いていた。
誰もいないフロアで資料を整理する時間が好きだった。蛍光灯の微かな唸りと、空調の低い音だけが響く。その静けさの中でなら、頭の中が整理される気がした。
しかし九時を過ぎると、オフィスは一変する。キーボードを叩く音、電話の呼び出し音、隣のデスク...
これでいい
人事部の会議室で、山崎理恵は自分のプレゼン資料を見つめていた。
三十四歳。入社十二年目。同期の中では出世が遅いほうだ。今回の社内公募制度で、念願だった新規事業開発室への異動を勝ち取りたい。そのための面接が、明後日に迫っていた。
「山崎さん、資料見せてもらっていいですか」
隣のデスクの後輩、高橋...