人材育成 12件の記事

三年目の物差し

紙コップのコーヒーが冷めていくのを、水島は見ていた。 会議室のスクリーンには、外部の助言者がつくった資料が映っている。入社三年以内に「基礎資質スコア」を測り、上位二割を幹部候補として確定させる。残りは実務職として育てる。人材開発課の課長である水島に求められていたのは、その制度の設計だった。 「早...
2026-08-14 14:40:15

教科書は、最後のページから

常盤精機の営業企画課長・宮下弘之のデスクには、背表紙の折れた統計学の入門書が三冊、立てて並べてあった。買ったのは春で、いまは秋だ。しおりは三冊とも、第二章の途中で止まっている。 会社は産業用ポンプを四十年つくってきた。売って、納めて、終わり。そういう商売だった。ところが去年、いちばん大きな取引先が...
2026-08-12 07:30:13

勘定科目にない資産

産業用センサーをつくる東和テクノで、品質保証部の八木誠一が退職願を持ってきたのは、期末の山を越えた火曜の午後だった。 「一身上の都合ということで、お願いします」 八木は白い封筒を机に置くと、それ以上何も言わなかった。課長の沢渡は封筒を裏返したり戻したりしながら、この十年で八木と交わした会話の総量...
2026-08-09 13:13:57

履歴書に書けなかった一行

三雲フーズの新規事業室は、社内で「離れ小島」と呼ばれていた。本社ビルの七階、ワンフロアの隅を間仕切りで区切っただけの、八人の部署である。室長の宮下佳子が二年前にこの部屋を任されたとき、上から与えられた条件はひとつだけだった。 「三年で新しい柱を作れ。人はひとりだけ、好きに採っていい」 宮下が選ん...
2026-08-07 12:54:42

引き継がれないもの

村岡賢一がコスト最適化に舵を切ったのは、三年前のことだった。 当時の判断には根拠があった。業界全体が収益性の低下に苦しむ中、固定費を削らなければ生き残れないという危機感があった。専門業務は次々と外部委託に移し、「社内は調整と判断だけ行えばいい」という方針を打ち出した。採用も絞り、既存社員には広範な...
2026-05-04 10:23:30

その基準で、何を測っているのか

神谷良介は、採用選考委員会の資料を静かに閉じた。 「山田さん、出身大学を見ましたか。うちの基準には届かない」 総務部長の堀口が、老眼鏡ごしに言った。堀口はこの会社に三十年いる。帝国大卒、経営企画出身。自他ともに認める「うちの採用文化の守り手」だった。来年は定年が近い。自分がそれまで守り続けてきた...
2026-05-03 09:32:42

既知という名の壁

月曜の朝、営業部の田原は淹れたばかりのコーヒーを口に運びながら、入社三年目の木下の話を聞いていた。 「先方の購買部長、最初は鉄壁だったんです。でも雑談で奥さんが釣り好きだって話題になって、それから空気がふっと変わって——」 「ああ、それは典型だな。雑談で懐に入る、新人研修でも教えてるやつだ」 田...
2026-04-27 20:01:28

逆さまの師弟

中堅メーカー・三和精工の品質管理部に、今年で在籍二十三年になる矢野和子がいる。現場たたき上げの彼女は、検査手順のマニュアルを誰よりも正確に運用することで信頼を得てきた。  その矢野の下に、昨年の春、DX推進室から「現場研修」の名目で送り込まれてきたのが、入社四年目の桐山翔太だった。データ分析とシス...
2026-04-12 16:22:38

顔の向こう側

中堅IT企業ネクサスの人事部長・津田康彦は、最終面接に残った四人の候補者の履歴書を眺めながら、胃の辺りが重くなるのを感じていた。 新規プロジェクトのリーダー候補として、経営陣からは「将来の幹部になれる人材を」と厳命されている。しかし四人とも甲乙つけがたい経歴の持ち主だった。 「津田さん、ちょっと...
2026-01-13 18:05:39

「今日、何を聞いた?」

営業企画部の課長・高梨誠一は、部下たちの顔を見渡しながら額に手を当てた。 「なぜ誰も質問しないんだ」 新製品のマーケティング会議が終わった直後のことだった。本部長からの説明を聞いている間、高梨は何度か振り返った。だが、八人の部下は全員、無表情でメモを取っているだけだった。 「高梨くん、君のとこ...
2025-12-29 09:35:13

ぬるま湯の中で

人事部の大森課長は、退職届を見つめていた。今月で三人目だ。 「また若手ですか」 隣の席の吉田が溜息をついた。 「ああ。入社二年目の藤本くん。一度も怒ったことないのに」 大森は頭を抱えた。三年前、会社は大きく変わった。パワハラ問題をきっかけに、管理職研修が刷新され、「心理的安全性」という言葉が...
2025-12-20 07:52:11

指示待ちの壁

営業三課の課長、村瀬隆一は会議室の壁時計を見上げた。午後三時。今日も部下の佐野が報告に来ない。 「佐野、例の提案書の進捗はどうなってる」 声をかけると、佐野はびくりと肩を震わせた。入社四年目、真面目だが、いつも村瀬の指示を待っている。 「あ、はい。課長からの指示待ちでした」 「指示? 先週の...
2025-12-20 07:15:05