人事 7件の記事

勘定科目にない資産

産業用センサーをつくる東和テクノで、品質保証部の八木誠一が退職願を持ってきたのは、期末の山を越えた火曜の午後だった。 「一身上の都合ということで、お願いします」 八木は白い封筒を机に置くと、それ以上何も言わなかった。課長の沢渡は封筒を裏返したり戻したりしながら、この十年で八木と交わした会話の総量...
2026-08-09 13:13:57

本棚のない部屋

三月の第二週、青葉フーズシステムズの会議室には、最終面接に残った十四人分の評価シートが並んでいた。  人事課長の宮下は、その紙の束を前にして、去年と同じ違和感を覚えていた。上位に並ぶ名前が、去年と、そのまた去年と、驚くほど似た顔ぶれに見えるのだ。出身校ではない。話し方だ。彼らは一様に、間の取り方が...
2026-08-08 17:06:46

履歴書に書けなかった一行

三雲フーズの新規事業室は、社内で「離れ小島」と呼ばれていた。本社ビルの七階、ワンフロアの隅を間仕切りで区切っただけの、八人の部署である。室長の宮下佳子が二年前にこの部屋を任されたとき、上から与えられた条件はひとつだけだった。 「三年で新しい柱を作れ。人はひとりだけ、好きに採っていい」 宮下が選ん...
2026-08-07 12:54:42

差引支給額の下に

相原詩織が総務課に配属されて最初に渡されたのは、A4の紙が一枚だけ入ったクリアファイルだった。給与明細の問い合わせ対応マニュアル。手順は三つしか書かれていない。  「楽な担当だよ」課長の柴田は、自席から振り返りもせずに言った。「月に五件来れば多いほうだ。振込額が合っていれば、誰も何も言ってこない」...
2026-07-29 09:17:11

欠けた歯車の音

朝九時、藤沢の内線が鳴った。名乗ったのは、聞いたことのない会社名だった。「三宅様の代理でご連絡しています。本日より当面のあいだ、就業を控えられるとのことです」。声は事務的で、三宅本人の言葉は一度も出てこなかった。診断書は追って郵送する、それだけ告げて電話は切れた。 三宅の席は、藤沢の斜め向かいにあ...
2026-07-14 11:19:41

その基準で、何を測っているのか

神谷良介は、採用選考委員会の資料を静かに閉じた。 「山田さん、出身大学を見ましたか。うちの基準には届かない」 総務部長の堀口が、老眼鏡ごしに言った。堀口はこの会社に三十年いる。帝国大卒、経営企画出身。自他ともに認める「うちの採用文化の守り手」だった。来年は定年が近い。自分がそれまで守り続けてきた...
2026-05-03 09:32:42

顔の向こう側

中堅IT企業ネクサスの人事部長・津田康彦は、最終面接に残った四人の候補者の履歴書を眺めながら、胃の辺りが重くなるのを感じていた。 新規プロジェクトのリーダー候補として、経営陣からは「将来の幹部になれる人材を」と厳命されている。しかし四人とも甲乙つけがたい経歴の持ち主だった。 「津田さん、ちょっと...
2026-01-13 18:05:39