論考集 (62件)
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他人のシュールは、私の常識——常識という化石の解剖学
## はじめに
金曜の夜、八時半。仕事を終えて帰宅し、一人で蕎麦を茹でて食べ終えた男が、満腹のまま部屋の椅子に座って「常識とはそもそも何なのか」を考えています。ときどき自分の思いつきに一人でニヤリとしています。
この光景を「シュールだ」と評する人がいます。
私はその評価を、素直に受け取る前に一...
氷は、もういらなかった ── 前提の賞味期限切れという、人類共通のバグについて
## はじめに
夏の朝、私はアイスコーヒーを作ります。いつものグラス、氷を三つ、濃縮還元のコーヒーと冷水を注いで、なみなみと一杯。何年もそうしてきました。
そして何年も、同じ不満を抱えてきました。最後のほうが、水っぽくてまずいのです。
氷が溶けるのだから当たり前です。私はしばらく、この問題を「...
反論で止まる人、反論の反論まで潜る人 ——「正解」を教える教育が奪った、盤面ごと疑う力
## はじめに
名著と呼ばれる本を読んでいて、ふと「でも、これって本当ですか?」と思う瞬間があります。あの感覚は、なかなか気持ちのいいものです。世界的なベストセラーに、素人の自分がツッコミを入れられた。何だか自分が一段賢くなったような、ちょっとした全能感があります。
私はここに、ひとつの落とし穴...
血液型占いは、なぜ死なないのか——ラベルという名の免罪符について
## はじめに
私は血液型占いが嫌いです。MBTIも同じくらい嫌いです。あまりに嫌いなので、「More Than Labels」という曲まで作ってしまったほどです。人間をいくつかの箱に押し込めて、その箱の名前で相手を分かった気になる——そういう振る舞いに対して、私はずっと苛立ちを覚えてきました。
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知の筋トレは、なぜ全員には課せないのか——ある夜の自主検証から考える「批判的思考」の分業論
## はじめに
「情報を鵜呑みにするな」「自分の頭で考えろ」「一次情報にあたれ」。この種の言葉を、私たちは耳にタコができるほど聞かされてきました。生成AIが日常に溶け込み、真偽の入り混じった情報が濁流のように流れ込んでくる今、その正しさを疑う人はほとんどいないでしょう。私自身、この標語に全面的に賛...
他者肯定という土台――なぜ「自己肯定感を高めよう」だけでは救われないのか
## はじめに
「自己肯定感を高めましょう」。この言葉を、私たちはもう何度耳にしてきたでしょうか。書店の平台、SNSのタイムライン、企業研修のスライド、育児雑誌の特集。どこを向いても「まず自分を大切に」「自分の機嫌は自分でとろう」というメッセージが目に飛び込んできます。悪い言葉ではありません。むし...
「運だったのか」と気づけた人へ——能力主義という時代の呪いと、謙虚さという救い
## はじめに
先日、あるニュース映像が繰り返し流れているのを、なんとなく眺めていました。ある重大事件の裁判に関する報道です。被告席にいるのは、私と年格好のそう変わらない、どこにでもいそうな中年の男性でした。
そのとき、私はふと考え込んでしまいました。彼と私を分けたものは、いったい何だっ...
「ダメだ」を疑う技術――見切りの美徳が見落とすもの
## はじめに
「決断力のある人は、見切りが早い」。私たちはそう信じています。使えない道具は捨て、合わない相手とは距離を置き、成果の出ない方法は切り替える――無駄を削ぎ落とし、身軽に前へ進むことが、有能さの証だとされています。断捨離もミニマリズムも、この価値観の上に立っています。
けれども私は最...
外注される人生——市場と法は、なぜ私たちから「摩擦」を奪うのか
## はじめに
先日、実家で六十五インチのテレビを買いました。開梱から設置、接続、初期設定まで、私は自分ひとりでやるつもりでした。ところが箱を開けてみると、ディスプレイは想像をはるかに超えて巨大で、しかも薄く、少し力の入れどころを間違えれば「たわむ」のです。ちょうど来ていた妹の夫に手伝ってもらい、...
症状は同じでも、動機は正反対でありうる ——「知性化」という鏡に映った、分類のほんとうの限界
## はじめに
学問とは何でしょうか。私はあるとき、ずいぶん素朴な問いに立ち止まりました。結局のところ学問とは、「分からないことを分かるための道具」なのではないか、と。
私たちが何か分からないものに出くわしたとき、頼れる手がかりは案外少ないものです。神話や宗教は心を落ち着けてくれますが、目の前の...
たった1%の「例外」が、国家の未来を人質に取るまで――アメリカ学生ローンに見る「例外の一般化」という搾取の技法
## はじめに
私たちは、制度というものをどこかで信じています。法律は誰かの善意や公益への配慮から生まれ、少なくとも建前としては「みんなのため」に設計されているはずだと考えています。そして報道は、その制度の歪みや不正を私たちに届けてくれる社会の鏡だと信じています。
けれども、もしその二つの信頼が...
心理・経済的防衛機制——「なぜそんな金の使い方を」の奥にあるもの
## はじめに
借金をしてまで高級ブランド品を買う人。給料日にすべてを使い切ってしまう人。すでに大負けしているのに、なぜかさらに賭け金を積み増すギャンブラー。そして、どう考えても不自然な儲け話に、なけなしの貯金を振り込んでしまう投資詐欺やロマンス詐欺の被害者。
私たちはこうした行動を目にしたとき...
「想定外」という免罪符 ―― すべてが想定外の世界で、なぜ私たちは呼吸するように学ぶのか
## はじめに
「想定外でした」という言葉を、私たちは日に何度も耳にします。大きな事故の謝罪会見でも、職場のちょっとした失敗でも、あるいは飲み会の「いやあ、それは想定外だったわ」という軽口でも、この言葉はあらゆる場面に顔を出します。便利な言葉です。あまりに便利なので、私たちはその便利さの中身を...
正義が弱者を切り捨てるとき——「買いたたき」勧告と、セーフティネットを壊す善意について
## はじめに
ある大企業が、立場の弱い下請けに不当に安い値段で仕事をさせていました。国がそれを「違法」と認定し、社名を公表して叱責しました。差額は支払われ、再発防止が約束されました——。
このニュースを聞いて、多くの方が「めでたしめでたし」と感じたのではないでしょうか。卑怯な強者への懲らしめと...
優秀さという檻 ―― なぜ日本人の「Excel習熟度」の高さが、国のIT投資を遅らせたのか
## はじめに
「日本のデジタル化が遅れているのは、現場のITリテラシーが低いからだ」。この説明を、私たちは何度となく聞かされてきました。役所の窓口でいまだに紙の書類が飛び交い、FAXが現役で稼働し、企業の基幹業務が表計算ソフトの上で危うく回っている――だから日本人はITが苦手なのだ、と。
けれ...
そのお客様に、顔はありますか——「無菌室化」する表現とワルトシュタインの経済学
## はじめに
ある企業のデザインやキャンペーンが「歴史的に問題だ」「差別的な意図が隠されている」と糾弾され、不買運動が起こり、経営者が頭を下げる——そんなニュースを、私たちはもう珍しいとも思わなくなりました。多くの場合、その「問題」は、線の角度が何かに似ている、色の組み合わせが何かを連想させ...
「いい感じに期待されない」という幸運——なぜ期待の不在が自己を創発させるのか
## はじめに
「あなたのためを思って」という言葉ほど、子どもの背中に重くのしかかるものはないかもしれません。
私たちは「親の期待こそが子の成長を促す燃料である」という通念を、ほとんど疑うことなく受け入れて生きています。期待されてこそ人は伸びると、多くの人が信じています。期待されない子は自信を失...
心は爪先にもある——身体の総和としての「私」と、交換できないということ
## はじめに
電車に揺られながら、承認や他者との関係を論じた一冊の本を読んでいたとき、ふと奇妙な考えが浮かびました。本そのものに書いてあったことではありません。けれども、その本の刺激をきっかけに、まるで自動的に立ち上がってきた考えでした。私たちは「心」というものを、胸のあたり、あるいは頭のなか、...
「生の実感」という飢え——ホスト狂いから学校まで、私たちが本当に渇いているもの
## はじめに
ホストクラブにのめり込み、数百万円の借金を背負い、生活も人間関係も焼き尽くしてしまう——いわゆる「ホスト狂い」を報じるインターネット記事を読むたびに、私たちの多くはこう思うのではないでしょうか。「どうしてそこまでするのか」「意志が弱いのではないか」「自己責任だ」と。
刺激的な見出...
棚卸しという、いちばん地味な魔法 ―― なぜ私たちは「振り返らない」という普通の罠にはまるのか
## はじめに
私たちは、ものを増やすことには驚くほど熱心です。新しいスキルを身につけ、新しい人と出会い、新しいツールを導入し、新しいプロジェクトに着手します。前へ進むことは、いつだって気持ちがいいものです。
ところが、すでに自分の手元にあるものを静かに数え直す作業――いわゆる「棚卸し」について...