アイキャッチ画像

アイキャッチ画像

ショートストーリー

縦書き

本棚のない部屋

三月の第二週、青葉フーズシステムズの会議室には、最終面接に残った十四人分の評価シートが並んでいた。  人事課長の宮下は、その紙の束を前にして、去年と同じ違和感を覚えていた。上位に並ぶ名前が、去年と、そのまた去年と、驚くほど似た顔ぶれに見えるのだ。出身校ではない。話し方だ。彼らは一様に、間の取り方がうまい。質問の意図を先回りして、相手が聞きたい長さで答える。面接官は毎回「地頭がいい」と評価欄に書く。 「宮下さん、これ、決まりでいいですよね」  部下の若手、瀬川が笑いながら言った。瀬川自身も三年前、同じ基準で採られた一人だった。 「決まりだと思う」宮下は答えた。「思うんだけど、一人だけ、もう一度会いたい子がいる」  名前は東條千遥。評価は下から二番目。コメント欄には「受け答えが硬い」「主体性が見えにくい」と並んでいた。ただ、宮下は面接の最後の五分を覚えていた。学生時代に何をしていたかと問われて、彼女はスーパーの惣菜売り場で三年間アルバイトをしていたと答え、それから、値引きシールを貼る時刻を三十分早めたら廃棄が二割減った話を、余計な前置きなしに話した。数字は正確だった。声は小さかった。 「あれは、練習してきた話じゃない」と宮下は言った。 「でも、しゃべれないと現場で困りますよ」瀬川は本気で心配していた。「うちの営業、初対面で信用させるのが仕事なんですから」  もっともだった。宮下はそれ以上言わなかった。  その夜、宮下は自分の面接ノートを十年ぶりに読み返した。若い頃の自分は、面接で何度も落ちていた。何がいけないのか分からないまま、五十社近く受けて、ようやく当時の青葉フーズに拾われた。拾ってくれた課長は、こう言った。「君は話は下手だが、話す前に調べてきているのが分かる」と。あの一言がなければ、自分はここにいない。  翌週、宮下は役員面接の場で、東條をもう一度呼びたいと申し出た。営業本部長の郷田は渋い顔をした。 「宮下くん。情に流されるのはよくない。うちは慈善事業じゃない」 「情ではありません」宮下は資料を配った。過去八年の採用者と、五年後の定着率と実績を並べた表だった。「面接評価の上位で採った層と、中位で採った層で、五年後の成績はほとんど差がありません。違いが出ているのは定着率です。上位層のほうが、辞めています」 「なぜだ」 「よそでも通用するからです」宮下は言った。「面接がうまい人材は、どこの面接も通ります。うちだけが見抜いた強みではない。つまり、あの評価軸で選んでいる限り、うちは他社と同じ人材を、他社より高い競争率で取り合っているだけなんです」  郷田はしばらく黙り、それから言った。「その東條という子は、うちの何を見抜いてきた」 「惣菜の廃棄率の話をしました。うちの主力事業です」  部屋の空気が、少しだけ動いた。  再面接の日、東條は前回と同じスーツで来た。宮下は質問を一つだけ変えた。志望動機ではなく、「あなたが直したいと思った仕組みを、順番に説明してください」と聞いた。  東條は十二分間、途中で二度言い淀みながら、しかし止まらずに話した。値引き時刻の話から始まり、シールの色を変えたら客の滞留時間が変わった話、店長に断られた提案が三つあった話、その三つのうち一つは自分が間違っていたと後で分かった話。郷田はメモを取っていた。  採用が決まったあと、瀬川が宮下に聞いた。 「結局、彼女の何が良かったんですか」 「何も変わっていないよ」と宮下は言った。「変えたのは質問のほうだ」  瀬川は納得しない顔をした。宮下は続けた。 「面接がうまい人間が優秀じゃない、とは言わない。ただ、あの受け答えのうまさは、たぶん半分くらいは、子どもの頃から家でどれだけ言葉を交わしてきたかで決まる。うちは能力を測っているつもりで、その人の家の本棚の大きさを測っていたのかもしれない」 「じゃあ、本棚が小さかった人は、どうすればいいんですか」  宮下は答えなかった。答えを持っていなかったからだ。  四月、東條は物流管理部に配属された。三か月後、彼女は倉庫の在庫表の書式を一枚作り替えた。誰も気づかないくらい地味な変更だったが、月末の締め作業が四十分短くなった。  その報告書を読みながら、宮下は評価シートの様式を一行だけ書き換えることにした。「主体性が見えにくい」という欄の横に、小さく注記を足した。──見えにくいのは、こちらの見方の問題ではないか。  一行では、何も変わらないかもしれない。それでも、来年の面接官はその一行を読むことになる。

論考

縦書き

私たちは能力を測っているのか、環境の履歴を測っているのか

組織が人を選ぶとき、選ばれる側の「能力」を見ているつもりでいる。だが実際に測っているものの相当部分は、その人が今日までに置かれてきた環境の履歴である。この違いは小さく見えて、選抜制度の正当性そのものを揺るがす。  根拠は単純だ。対人的な受け答えの滑らかさ、話の構成力、初対面での距離の取り方といった能力は、訓練で伸ばせる部分もあるが、日常的な曝露時間に強く依存する。言葉を交わす量の多い家庭で育った人は、選抜の場に立つ前に、すでに数万時間の練習を終えている。語学も同じ構造を持つ。週に数時間の授業では、日常的に接している人には追いつかない。つまり選抜の場は、その日の実力を測る場ではなく、それまでの環境差が集計されて表示される場である。──あなたの組織の評価項目のうち、入社後に訓練で伸ばせるものと、伸ばしにくいものを、実際に分類したことがあるか。  この構造は複利で働く。早い段階での小さな差が、次の段階への入口を狭め、そこでまた差が開く。選抜の時点が早いほど、後から逆転できる余地は小さくなる。そして選抜する側は、この累積を「もともとの素質」として読み取ってしまう。素質と履歴は、外から見ると区別がつかないからだ。──採用や昇進の判断で、「地頭がいい」と書いたとき、その根拠として挙げた具体的な行動は何だったか。  もっとも、この議論には反証がいる。第一に、環境要因を強調しすぎることは、当人から主体性を奪う。育ちで決まると言い切れば、努力の意味は消える。第二に、対人能力は多くの職務で実際に必要であり、必要な能力を測って何が悪いのか、という反論は正当だ。基準を緩めることは、組織の成果を犠牲にする。第三に、機会を均す原資は有限であり、どこに配分するかの判断からは逃れられない。──環境の影響を認めることと、個人の努力を評価することは、本当に両立しないのか。  再構成すると、問題は「基準を下げるか否か」ではない。基準の設計が粗すぎることにある。同じ「対人能力」でも、初対面で好印象を与える力と、複雑な事情を正確に伝える力と、対立する相手と合意を作る力は、別の能力だ。前者は環境依存が強く、後者二つは訓練で伸びやすい。ひとまとめに「コミュニケーション力」と呼んだ瞬間に、最も環境依存の強い成分が全体を代表してしまう。同質な人材ばかりが集まる組織は、こうして意図せず作られる。しかもそれは、他社と同じ物差しで同じ人材を奪い合う消耗戦でもある。──あなたの評価基準は、何種類の異なる能力を一つの言葉に押し込めているか。  示唆は、測る対象ではなく、測り方を疑うところにある。「主体性が見えにくい」という評価は、対象の性質を記述しているように見えて、実は観測装置の性能を記述している。見え方を変える質問を用意できれば、同じ人物から違うものが見える。制度を作り替えるより、質問を一つ変えるほうが早い。──最後に落とした候補者に、別の質問をしていたら、結果は変わっていたと言い切れるか。 **実務への含意** - 評価項目を「訓練で伸びる能力」と「環境依存が強い能力」に分解し、後者の配点を意識的に下げる。 - 「コミュニケーション力」のような包括語を禁止し、伝達・折衝・傾聴など具体的な行動に分けて評価する。 - 採用評価の上位群と中位群について、入社五年後の実績と定着率を実際に照合し、評価軸の予測力を検証する。 ### 参考文献 - 『教育格差──階層・地域・学歴』松岡亮二(ちくま新書)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4480072373?tag=digitaro0d-22) - 『実力も運のうち 能力主義は正義か?』マイケル・サンデル(早川書房)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4152100168?tag=digitaro0d-22) - 『多様性の科学』マシュー・サイド(ディスカヴァー・トゥエンティワン)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4799327526?tag=digitaro0d-22) ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています

ハッシュタグ