承認欲求
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沈黙のアラーム
広報部の課長・真鍋は、部下に仕事を渡すとき、いつも同じ言葉を使う。
「これ、お前ならできるだろ」
褒めているようで、断る余地を奪う一言だった。
入社三年目の宮本は、その言葉を受けるたびに胸の奥が軋むのを感じていた。企画書の作成、クライアント対応、イベントの段取り。真鍋が振ってくる業務は際限なく...
「普通かな」
堀内賢太郎が株式会社ソラノを辞めたのは、入社七年目の秋だった。
送別会の席で、賢太郎はちょっといいスピーチをした。「七年間、本当にお世話になりました。あとはみなさんに託します」。穏やかな笑顔の裏で、彼は確信していた。——さあ、困るぞ。
賢太郎には自負があった。営業二課の業務改善提案、部内の勉...
見えない柱
真野恵子が辞めると聞いたとき、営業企画部の誰もが驚いた。
株式会社ハルカゼは社員四十名ほどの中堅メーカーで、恵子は入社六年目の中堅社員だった。特別目立つタイプではない。派手なプレゼンをするわけでも、大口の案件を取ってくるわけでもない。だが、部の仕事が滞りなく回っていたのは、間違いなく彼女のおかげ...
謝らない人
広報部の主任・三島奈央は、自分が出した社内報の誤記について、月曜の朝から対応に追われていた。
取引先の社名を一文字間違えた。それだけのことだった。気づいたのは金曜の夕方で、すでに全社員のメールボックスに配信済みだった。週末のうちに修正版を用意し、月曜朝いちばんで訂正メールを出した。同時に、該当の...
反射の王国
広告代理店「ブライト・スター」の企画部長・瀬川雅人は、社内で「光の魔術師」と呼ばれていた。どんな案件でも、旬のインフルエンサーを起用し、SNSのバズを設計し、数字を叩き出す。上層部の覚えもめでたく、四十二歳にして次期役員候補の筆頭だった。
「瀬川さん、今回もすごいですね。初動三日でインプレッショ...
拍手の設計者
瀬川拓人が「クラップ」を立ち上げたのは、二十八歳のときだった。
社内コミュニケーションツールに搭載した「拍手ボタン」は、同僚の仕事にワンタップで称賛を送れるシンプルな機能だった。メールで礼を言うほど大げさでもなく、何もしないほど冷たくもない。ちょうどいい距離感の承認——それが瀬川の着想だった。
...
映える会議室
高木翔太が中堅Web制作会社・クロスフィールドの広報チームに異動してきたのは、三十二歳の春だった。
前任の広報担当が突然退職し、後任として白羽の矢が立った。社長の柴田から「うちのSNSアカウント、フォロワー三千人止まりだろう。一万人にしてくれ」と言われたのが最初のミッションだった。
高木はま...
再生回数の向こう側
瀬戸内動画制作株式会社の会議室で、企画部長の村山は腕を組んでいた。目の前のモニターには、新人クリエイターの高橋が提出した動画企画書が映し出されている。
「これ、本気で言ってるのか」
高橋は二十四歳。半年前に中途入社してきた。前職は飲食チェーンの店員だったが、個人で動画投稿を始めて小さな成功を収め...
これでいい
人事部の会議室で、山崎理恵は自分のプレゼン資料を見つめていた。
三十四歳。入社十二年目。同期の中では出世が遅いほうだ。今回の社内公募制度で、念願だった新規事業開発室への異動を勝ち取りたい。そのための面接が、明後日に迫っていた。
「山崎さん、資料見せてもらっていいですか」
隣のデスクの後輩、高橋...