記事一覧 (79件)
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読めなかった設計図
営業部の片倉誠一は、社内でも指折りの提案力を持つベテランだった。四十八歳、入社二十六年目。どんな商談でも相手の本音を見抜き、的確な提案を返す。後輩たちは「片倉さんの観察眼は天性のものだ」と口を揃えた。
だが、片倉自身にはずっと引っかかっていることがあった。
入社三年目のこと。当時の上司である...
お直しの代金
営業部の梶原悟は、部署内で最も多忙な中間管理職だった。部下八名を抱え、数字にも追われる日々。しかし、彼にはもう一つの顔がある。七十三歳の母・節子が暮らす実家に、週に一度は必ず顔を出すことだ。
その訪問には、いつも「用事」がついていた。
「母さん、このジャケットの裏地、ほつれちゃってさ」
節子は...
名前のない設計図
総務部の片山朋子は、自分のことを「要領が悪い人間」だと思っていた。
たとえば、全社イベントの準備を任されたとき、彼女はまずノートを開く。会場の下見、備品の手配、関係部署への連絡、当日の動線、トラブル時の代替案――すべてを付箋に書き出し、時系列で並べ、依存関係を矢印でつなぐ。同僚たちが「片山さん、ま...
反論のない会議室
三枝誠一は、社内で導入された新しいAIアシスタントの評価レポートを読みながら、ため息をついていた。
満足度98%。
部長の椅子に座って三年になるが、これほど気持ちの悪い数字を見たのは初めてだった。
株式会社クロスフィールドは、業務効率化のために全社にAIアシスタントを導入した。企画書の壁...
「革新」という名札
広瀬美咲は、中堅IT企業セルクの広報部で五年目を迎えていた。社内報の編集からプレスリリースの校正まで、地味だが確実な仕事をこなしてきた自負がある。
その日の朝会で、新任の事業部長・竹内が全社に向けて宣言した。
「我々は今期、業務支援ツール『セルクアシスト』を全面リニューアルします。これは単なるア...
見えない水源
深沢誠一は、サブスクリプション型フィットネスサービス「フィットライフ」の事業部長だった。創業五年で会員数十二万人。業界では後発ながら、驚異的な継続率で急成長した会社だ。
その秘密を、深沢は知っていた。
創業者の三村が繰り返し言っていたことがある。「うちの数字を支えているのは、会員が"続けたい...
模範の代償
伊東製作所のシステム開発部には、「天才」と呼ばれる男がいた。
桐生隆志。三十八歳。入社十五年目にして、社内の基幹システムを事実上一人で設計し直した伝説の持ち主だ。朝は誰よりも早く来て、夜は誰よりも遅く帰る。だが桐生の顔にはいつも笑みがあった。コードを書くことが好きで、難問を解くことに喜びを感じ、...
硝子の声
片瀬陽菜は、老舗化粧品メーカー「花匠堂」の広報担当として、社内でも特異な存在だった。
他の広報が練りに練ったプレスリリースを出すなか、陽菜は自社のSNSアカウントで、まるで友人に話しかけるような投稿をした。新商品の紹介に「私も今朝つけてみたけど、正直ちょっとベタつく(笑)改良版に期待!」と書いた...
沈黙のアラーム
広報部の課長・真鍋は、部下に仕事を渡すとき、いつも同じ言葉を使う。
「これ、お前ならできるだろ」
褒めているようで、断る余地を奪う一言だった。
入社三年目の宮本は、その言葉を受けるたびに胸の奥が軋むのを感じていた。企画書の作成、クライアント対応、イベントの段取り。真鍋が振ってくる業務は際限なく...
小さな牙の使い方
従業員四十名の住宅設備メーカー、丸和工業の営業部長・関口達也は、業界最大手のセントラル住設が仕掛けた価格攻勢に頭を抱えていた。主力製品であるシステムバスのOEM先が次々と大手に乗り換え、この半年で売上が二割落ちた。
「正直、もう限界です」
月曜の営業会議で、若手の片桐が言った。片桐はこの三か...
正しい刃の行方
品質管理コンサルティング会社「アクシス・パートナーズ」の会議室に、重苦しい沈黙が垂れ込めた。
「結局、和泉さんのやり方では成果が出ないということです」
そう切り出したのは、入社五年目の柴田真帆だった。向かいに座る和泉孝介は、ゆっくりとペンを置いた。
アクシスは従業員五十名ほどの小さな会社...
ハンドルを握る男
朝七時の営業所で、配送ドライバーの堀田誠一(56)はその日のルート表を睨んでいた。二十年以上この仕事を続けてきた堀田にとって、都内の道はすべて頭に入っている。信号の変わるタイミング、渋滞の抜け道、荷物を最短で届ける順序。それが堀田の誇りだった。
「堀田さん、今日から新しいルート管理システム入ります...
意味の行き先
川村誠一が管理職になって十五年になる。
株式会社ミナトは社員二百名ほどの部品メーカーで、川村は営業管理部の部長を務めている。部下は十二名。数字の管理、案件の進捗確認、人事面談、経営会議への出席。やるべきことは常に明確で、川村はそのどれもを大過なくこなしてきた。
部下の退職を、何度か経験した。
...
「普通かな」
堀内賢太郎が株式会社ソラノを辞めたのは、入社七年目の秋だった。
送別会の席で、賢太郎はちょっといいスピーチをした。「七年間、本当にお世話になりました。あとはみなさんに託します」。穏やかな笑顔の裏で、彼は確信していた。——さあ、困るぞ。
賢太郎には自負があった。営業二課の業務改善提案、部内の勉...
見えない柱
真野恵子が辞めると聞いたとき、営業企画部の誰もが驚いた。
株式会社ハルカゼは社員四十名ほどの中堅メーカーで、恵子は入社六年目の中堅社員だった。特別目立つタイプではない。派手なプレゼンをするわけでも、大口の案件を取ってくるわけでもない。だが、部の仕事が滞りなく回っていたのは、間違いなく彼女のおかげ...
フチの裏側
経理部の主任・河野誠一は、自分の仕事ぶりに一定の自信を持っていた。
毎月の月次決算は期日の二日前には仕上げる。取引先への支払い処理は一度もミスをしたことがない。後輩の面倒も見ている。四十八歳、経理一筋二十五年。自分は「ちゃんとやっている側」の人間だと思っていた。
だからこそ、部長の白石から言われ...
休まない男
営業三課の課長・村瀬隆は、毎朝六時に出社し、夜十時まで席を立たない男として社内で知られていた。
「村瀬さんって本当にストイックですよね」
後輩の木下がそう言うたびに、村瀬は曖昧に笑ってやり過ごした。実際のところ、村瀬自身はストイックだと思ったことは一度もない。ただ、営業先の課題を解く方法を考える...
燃料を断つ
営業三課の課長、柴田真紀は、四月の異動で着任した新部長・黒瀬の「手腕」をすぐに見抜いた。
黒瀬はまず、チーム全員に向けて圧倒的な歓迎を見せた。「このメンバーなら必ず結果が出る」「俺はここに来るべくして来た」。一人ひとりの名前を覚え、過去の実績を引用して褒め、ランチに誘い、相談に乗った。着任一週間...
目詰まりの正体
花村紗希は、中堅システム開発会社「セルヴォ・テクノロジーズ」で五年目のエンジニアだった。
朝八時半、デスクに着いてPCの電源を入れる。セキュリティソフトの更新が走り、開発環境が立ち上がるまで四分。メールを確認しようとすると社内ポータルの認証に三十秒。そこからチャットツールを開き、チャンネルを巡回し...
聞くだけの男
深谷誠は、部下の話を聞くのが好きだった。
正確に言えば、好き嫌いの問題ではなく、そうなってしまうのだ。新入社員の不安も、中堅社員の愚痴も、取引先の世間話も、深谷の前に座ると人はなぜか饒舌になる。営業部の三課で課長を務めて六年になるが、成績はいつも中の上。飛び抜けた数字を叩き出すわけでもない。ただ、...