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ショートストーリー
三枚目の企画書
午後十一時の商品企画部には、真柴葵のデスクだけが灯っていた。
モニターには企画書が三つ並んでいる。来月の社内コンペに出す冷凍総菜の新シリーズ案だ。規定では一人一案でいい。けれど葵は三案すべてを仕上げるつもりでいた。半年前のコンペで、彼女の案は最終選考の手前で落ちた。あのときの部長の短い沈黙が、まだ耳の奥に残っている。今度こそ、どこからも突っ込まれない形で出したい。
キーボードを叩く指が止まった。三案目の原価計算が、どうしても合わない。
「まだいたのか」
振り返ると、部長の久住が鞄を肩にかけて立っていた。葵は反射的に画面を隠しかけて、やめた。
「三つ出すつもりか」
「はい。どれが通るかわからないので」
久住は三枚の表紙を順に眺め、二枚目で視線を止めた。
「この『一人鍋の具だけセット』、試食会のときの話だろう」
葵はうなずいた。先月の試食会で、単身者のモニターが鍋の試作品を前に一瞬だけ箸を止めた。量が多すぎたのだ。誰も口にしなかったその間を、葵だけが覚えていた。
「じゃあ、残り二つは何のためにある」
「……保険です」
「保険に、君の三週間を払うのか」
葵は答えられなかった。
翌朝、隣の席の柏木が話を聞いて笑った。入社十五年目、数字と根性で実績を積んできた先輩だ。
「部長の言うことは真に受けなくていいよ。数は力。三つ出せば、少なくとも『やる気がある』ってのは伝わる。俺はずっとそうしてきた」
「でも、それで一つも深掘りできなかったら」
「深掘りなんて、通ってから考えればいい。まず見られること。評価はそこからだ」
柏木の言葉には重みがあった。実際、彼はそうやって今の場所にいる。葵の胸の中で、半年前の沈黙と、柏木の自信とが、音を立ててぶつかった。
その夜、葵は企画書ではなく、半年前のコンペ資料を開いた。「なぜ落ちたか」ではなく、工程ごとに分けて見直してみることにした。企画の着眼、社内調整、プレゼン、質疑。一つずつ採点していくと、意外なことに気づいた。着眼と調整は、むしろ評価されていた。崩れたのは質疑だけだった。想定問答を用意しきれず、原価の質問に言葉が詰まった。
あのときも、案を二つ抱えていたのだ。
葵は三案目のファイルを閉じ、「保留」フォルダに移した。一案目も続けて移した。手が少し震えたが、画面が一枚になると、呼吸が深くなった。
残りの二週間、葵は一つの企画だけに向き合った。単身者モニターへの追加ヒアリング、原価の三パターン試算、質疑で聞かれそうな問いを二十個。柏木に頼んで、意地の悪い質問役も引き受けてもらった。
「本当に一本でいくのか。度胸あるな」
「度胸じゃないです。前回、どこで転んだかわかったので」
コンペ当日、葵の案は優勝を逃した。選ばれたのは営業部の大型企画だった。
ただ、審査後に役員の一人が葵を呼び止めた。
「一人鍋の件、単身者向けラインの検討材料として預かりたい。原価の試算、あれは誰が作った?」
「私です」
「質疑で一度も詰まらなかったね。ああいう資料は、次の会議にそのまま出せる」
部署に戻ると、柏木が缶コーヒーを二本持って待っていた。一本を葵の机に置き、「負けたのに、顔が明るいな」と言った。
葵は保留フォルダを開いた。三案目は、まだそこにあった。削除はしなかった。いつか、それだけに向き合える日のために。
手放したものは、捨てたものとは限らない。
論考
「やめる」はリスク管理である――努力の総量ではなく、配分を設計する
## 序:がんばりすぎは見えにくいリスクである
組織は事故、情報漏えい、取引先の倒産といったリスクには備える。一方で、個人が「がんばりすぎる」ことはリスクとして扱われにくい。努力は美徳とされ、限界まで走る人ほど評価されやすいからだ。しかし、人の持つエネルギーには上限がある。上限を超えた努力は成果を生むどころか、判断の質を落とし、やがて本人を仕事から退場させる。そう考えると、どこかで意図的に「やめる」判断は、怠慢ではなく損失を限定する行為と位置づけられる。
**問い:あなたのチームで、過重な努力の結果として失われた人材や案件はここ数年でいくつあったか。**
## 展開:自信は結果ではなく、小さな達成から作られる
やめる判断が難しいのは、多くの場合、自信の欠如と結びついているからだ。自信がない人ほど「量」で不安を埋めようとする。案を増やし、資料を厚くし、残業で安心を買う。だが自信は大きな成功から生まれるものではない。期限と範囲を絞った小さな目標を達成し、その記録を積み重ねることで形成される。失敗の振り返りも同様で、「なぜ駄目だったか」と全体を否定するのではなく、工程に分解し、まず機能した部分を特定するほうが次の行動につながりやすい。
**問い:直近の失敗案件を工程別に分解したとき、「うまくいった工程」を具体的に挙げられるか。**
## 反証:「やめる」は逃避の口実にもなりうる
当然、反論もある。量をこなす中で技能が磨かれる時期は確かに存在する。若手が早々に「これは自分に向いていない」と判断すれば、伸びるはずの能力の芽を摘むことになりかねない。また、周囲の評価を気にしないという姿勢が行き過ぎれば、組織の期待を無視した独善にも陥る。やめることが常に正しいわけではなく、成長の途上にある負荷と、消耗にしかならない負荷を区別しない限り、この考え方は怠慢の免罪符になってしまう。
**問い:いまあなたが抱えている負荷のうち、半年後の能力向上に結びつくものはどれで、そうでないものはどれか。**
## 再構成:問うべきは総量ではなく配分である
両者を統合すると、焦点は努力の「総量」から「配分」へ移る。やめるとは努力を減らすことではなく、限られたエネルギーを最も効く一点に集中させるための意思決定である。周囲の反応に敏感な人は、他者が見落とす違和感や顧客の小さな変化に気づく力を持っていることが多い。その強みは、注意が分散した状態では発揮されない。何かを手放すことで、その感度が生きる余白が生まれる。
**問い:あなたの強みが最も発揮された仕事は、案件を多く抱えていた時期と少なかった時期のどちらに集中しているか。**
## 示唆:「手放す技術」を組織の能力にする
個人の勇気に委ねている限り、やめる判断は属人的で不安定なままだ。管理職は「何をやるか」と同じ重みで「何をやらないか」を問う場を設けるべきだろう。保留や撤退を失敗として記録せず、判断として記録する文化があれば、メンバーは量で不安を埋める必要がなくなる。努力を称える組織から、努力の配分を称える組織へ。その転換が、長く成果を出し続けるための土台となる。
**問い:あなたの組織の評価面談で、「やめたこと」が肯定的に語られた例はあるか。**
## 実務への含意
- 案件や企画の着手時に「やらないこと」と「保留基準」を明文化し、撤退を判断として記録する
- 失敗の振り返りは工程別に分解し、機能した工程から先に確認する運用を定着させる
- メンバーの負荷を量ではなく「成長につながる負荷か、消耗にとどまる負荷か」で定期的に棚卸しする
### 参考文献
- 『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』マシュー・サイド(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
- 『マインドセット「やればできる!」の研究』キャロル・S・ドゥエック(草思社)
- 『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』岸見一郎・古賀史健(ダイヤモンド社)