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ショートストーリー

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一時間の共通語

制作会社オリーブ・クラフトの二課を遠山が引き継いだ日、フロアの灯りは夜十時を過ぎても消えなかった。案件は回っている。納品も落ちていない。ただ、全員が少しずつ疲れていた。 「今日から、作業は六時で切ります」 朝礼でそう言うと、ベテランの浜田が手を止めた。二十年この仕事をしてきた男だ。 「言うのは簡単だけどな。うちの品質は、粘った時間でできてる」 「粘る時間を減らすとは言っていません。迷う時間を減らします」 浜田は鼻を鳴らして席に戻った。 遠山が始めたのは、一日一時間の「すり合わせ」だった。実作業ではない。過去の案件を一つ取り上げ、「この場面で、あなたならどうしたか」を全員に言わせる。先方の担当者が曖昧な指示を出してきたとき、確認するのか、こちらで解釈して先に作るのか。写真の色味が指定とわずかに違うとき、直すのか、意図と見て残すのか。 答えは面白いほど割れた。同じ会社で、同じ仕事を、五年一緒にやってきた人間たちが、まったく違う判断をしていた。 「これでよく回ってましたね」と若手の咲良が笑った。 「回っていたんじゃない。誰かが毎回、後から辻褄を合わせていただけです」 三か月ほどで、判断はそろい始めた。会議は短くなり、差し戻しが減った。フロアの灯りは八時、七時と早くなっていった。 秋口、大口の案件が入った。担当は咲良だった。打ち合わせの終わり際、先方の部長が「表紙、もう少し攻めた感じでもいいかも」と漏らした。咲良は持ち帰らず、その場で構成案を大きく変えて示した。部長は喜び、追加の発注まで出た。 月次の振り返りで、遠山は言った。 「今回の進め方は、評価しません」 咲良の顔が固まった。浜田が口を開いた。 「先方は喜んでる。数字も増えた。何が不満なんだ」 「決めたはずです。曖昧な要望は、その場で形にせず、一度持ち帰って条件を確認する」 「結果が出てるんだぞ」 「出た結果は、咲良さんの勘が良かったからです。勘は引き継げない。次に別の人が同じ場面に立ったとき、同じ判断ができないなら、それはこのチームの実力じゃない」 浜田が声を荒げた。「じゃああんたは、負けてもいいって言うのか」 遠山は少し黙ってから答えた。 「勝ち負けは、後からついてきます。僕が見ているのは、決めたことをその場で再現できたかどうかだけです」 咲良は何も言わずに資料を閉じた。それから数週間、彼女は必要なこと以外を話さなかった。 年が明けて、似た場面が来た。別の得意先、別の担当。今度は入社二年目の岸が、打ち合わせの終わり際に同じ種類の一言を投げられた。岸は「持ち帰って整理し、いくつかご提案します」と答え、その日のうちに三案の骨子を書いた。 その案件の途中で岸が体調を崩し、二週間離脱した。引き継いだのは咲良だった。咲良は議事録を三十分読んで、そのまま先方の会議に出た。 「戻ってきた岸さんの案と、私が出した案、ほとんど同じでした」と後で咲良は言った。「気持ち悪いくらい」 「気持ち悪くていいんです」と遠山は笑った。 浜田がコーヒーを二つ持ってきて、隣に座った。 「噛み合ってきたな、歯車が」 「歯車じゃなくて、歯です」と遠山は言った。「一本ずつ形が違っていて、それでも噛み合う」 浜田は少し考えて、うなずいた。 「……で、あんたはこのチームで、何を作りたいんだ。数字か」 「僕はこの人たちの、何年かを預かっているだけです。ここを出た後に、どこででも通用する判断ができる人になっていればいい。数字は、たぶんその副産物です」 三月末、二課のフロアは六時十分に暗くなる。残っているのは、その日の課題を再現できなかった者だけだ。誰に言われたわけでもなく、自分の意思で残っている。 強い組織とは、長く働く組織のことではなく、離れていても同じ答えにたどり着ける人たちの集まりのことだった。

論考

縦書き

「勝ったか」ではなく「再現できたか」——基準が組織をつくる

組織の力を測るとき、私たちはほとんど結果だけを見る。受注できたか、数字が伸びたか、競合に勝ったか。だが結果は、実力と偶然の合成物である。良い判断をして負けることもあれば、雑な判断で勝つこともある。結果だけを評価軸に置く組織は、勝った日にも自分たちの何が効いたのかを知らないまま次の勝負に進む。——直近の成功事例のうち、担当者を入れ替えても同じ結果が出たと言い切れるものはいくつあるだろうか。 もうひとつ根深いのが、時間への信仰である。長く働けば、長く鍛えれば、いつか差がつくという感覚は、実のところ指導する側の安心材料になりやすい。投入時間は目に見え、管理しやすく、努力の証明として使いやすいからだ。しかし現場で実際に消費されている時間の多くは、作業ではなく迷いに使われている。この場面はどう処理するのが正しいのか。確認すべきか、進めるべきか。判断の基準が人によって違う組織では、あらゆる連携と引き継ぎに、その都度すり合わせの費用がかかる。——自分のチームに同じ状況を提示したとき、何割が同じ判断を選ぶか、実際に確かめたことがあるだろうか。 もっとも、基準の統一には明確な副作用がある。決め事が細かくなるほど組織は例外に弱くなり、現場の裁量と発想が痩せる。さらに、結果を軽視して過程だけを評価すれば、「基準どおりにやったが負けました」という便利な言い訳が生まれ、成果への責任が曖昧になる。基準そのものが目的化し、測ることが仕事になった組織の失敗例は、枚挙にいとまがない。——あなたの組織の基準は、それを破ってよい条件と、破ったときの報告手順を併せ持っているだろうか。 この副作用を避ける鍵は、基準を手順書と取り違えないことにある。手順は「何をするか」を固定するが、基準は「何を良しとするか」を共有する。前者は想定外の状況で機能を止め、後者は想定外の状況でこそ働く。判断の共通言語を持つ集団は、細かく指示されなくても似た結論にたどり着き、違う結論が出たときには、その差がどこから来たのかを言葉にできる。だから基準は硬直しない。明文化されているものだけが、議論され、更新されうるからである。——直近半年で、チームの判断基準を言語化したうえで意図的に変更した例を挙げられるだろうか。 そして基準の最上位には、成果よりも先に「どう振る舞うか」が置かれるべきだと考える。約束の守り方、報告の出し方、場に応じた立ち居振る舞い。これらは仕事の質とは別の話に見えて、同じ判断力から出ている。目の前の勝負に勝つ人を育てるのではなく、この場所を離れてもどこかで通用する人を育てる。育成をそう定義し直したとき、評価の場は裁定ではなく確認の場になり、失敗の報告が上がるようになる。——あなたのチームを去った人は、そこで身につけた基準を、次の場所でも使えているだろうか。 **実務への含意** - 会議や案件の振り返りを「勝敗の裁定」ではなく「決めたことを再現できたかの確認」に置き換える。結果の良し悪しと、判断の良し悪しを分けて記録する。 - 判断が割れやすい場面を五つほど選び、「あなたならどうするか」を全員に書かせて差分を可視化する。差が大きい項目から先に基準を言語化する。 - 基準には必ず「例外を認める条件」と「例外を選んだときの報告手順」をセットで定める。これがないルールは、破られるか、組織を硬直させるかのどちらかに終わる。 ### 参考文献 - 『HIGH OUTPUT MANAGEMENT 人を育て、成果を最大にするマネジメント』アンドリュー・S・グローブ(日経BP)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4822255018?tag=digitaro0d-22) - 『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』ジェリー・Z・ミュラー(みすず書房)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4622087936?tag=digitaro0d-22) - 『学習する組織――システム思考で未来を創造する』ピーター・M・センゲ(英治出版)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4862761011?tag=digitaro0d-22) ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています

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