ショートストーリー
小声の届く店
論考
足すのではなく、引く――繊細な人が燃え尽きない職場の音量
序:頼りになる人ほど、先に減っていく
どの職場にも、小さな誤りに気づき、同僚の焦りを察し、じっくり考えたうえで核心を突く人がいる。刺激を深く受け取る気質、いわゆるHSP(Highly Sensitive Person)の特徴と重なる人たちだ。責任感が強く、手を抜けず、困っている人を放っておけない。周囲はその力を評価し、「あの人なら安心」と仕事を回す。
問題はここにある。評価と依存は、同じ言葉で語られる。なまじ頼りになるからこそ仕事が集まり、本人は期待を裏切るまいと応える。称賛が続いているあいだ、消耗は誰の目にも見えない。当てにし続ければ、最も頼りになる人から順に使いつぶされていく。
問い:職場で「あの人なら安心」と言われている人の業務量は、この半年で増えていないか。
展開:過剰な分を差し引く
繊細な人材を活かすとは、もっと褒めることでも、もっと任せることでもない。本人にとって過剰になる分を、環境から差し引くことである。同報メール、鳴り続ける通知、すべてに付いた緊急の印、その場で意見を求められる会議。多くの人が聞き流せる刺激を、深く処理する人は聞き流せない。誤りを見つける力と、刺激に疲れやすいことは、同じ気質の表と裏である。片方だけを取り出して使うことはできない。
静かなバーなら、ささやき声でも相手に届く。騒がしい居酒屋では、誰もが声を張らなければ届かず、声の小さい人から黙っていく。声の届かない人を鍛えるより、店の音量を下げるほうが早い。
問い:緊急と表示された連絡のうち、実際にその日のうちに必要だったものは何割か。
反証:特別扱いではないのか
反論はありうる。第一に、HSPは心理学の概念であり医学的な診断名ではない。働く人を気質で分類することには危うさがある。第二に、強い刺激を避けられない仕事は現実にある。第三に、配慮が腫れ物扱いに変われば、本人から挑戦の機会を奪う。
「周囲が鈍感なのだ」という批判も一面的である。濃い味に慣れた人は、好んで舌を鈍らせたわけではない。
問い:配慮の結果、本人の担当から手応えのある仕事まで消えていないか。
再構成:濃くなった味付けは、全員の問題である
だから論点を、個人から環境へ移す。人は強い刺激に順応する。醤油を多く使う人には適切な塩加減が物足りず、薄味に慣れた人にはその塩加減こそ絶妙に感じられる。職場の「緊張感」にも同じ仕組みが働く。注意を引くために強い言葉を使い、慣れてさらに強い言葉を使う。誰にも悪意はない。全員が隣より少し大きな声を出すうちに、必要な音量そのものが上がっていく。
だが、仕事を進めるのにその過剰さは本当に要るのか。一通だけの緊急連絡は、四十通の緊急連絡より確実に読まれる。繊細な人は、環境の過剰さに最初に気づく人でもある。その人が疲れているなら、ほかの人は疲れていないのではなく、慣れて感じなくなっているだけかもしれない。
問い:通知や会議を減らしたとき、誰の成果がどう変わるかを測ったことはあるか。
示唆:薄味に戻る期間を、組織が引き受ける
繊細な人の力は、足し算ではなく引き算で長持ちする。称賛も追加の配慮も、刺激の総量を減らさなければ、消耗を先送りするだけである。薄味は最初、誰にとっても物足りない。その物足りなさを一定期間引き受け、舌が戻るのを待てるかどうかが、組織の力量になる。
問い:職場の中で「なくても仕事が進む強さの言葉」は、いくつ挙げられるか。
実務への含意
- 緊急表示に「一人一日一件」などの上限を設け、全員宛ての連絡は時刻を決めてまとめる
- 会議の議題は前日に配り、その場の即答だけで人を評価しない
- 「あの人なら安心」の業務を棚卸しして確認作業を分散し、手応えのある仕事は本人に残す
参考文献
- 『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』エレイン・N・アーロン(SBクリエイティブ)
- 『内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力』スーザン・ケイン(講談社)
- 『ドーパミン中毒』アンナ・レンブケ(新潮社)