ショートストーリー
片付いた棚
論考
共感には条件がある――声を上げる人を選別する組織の構造
序:告発の行方を決めるもの
組織の中で問題が告発されたとき、その扱いは告発の中身だけでは決まらない。誰が声を上げたのか、そして誰がそれを聞きたくないのか。この二つの要素が、しばしば内容以上に告発の行方を左右する。訴えが事実であっても、それが「取り上げられない」ことは珍しくない。声を上げた人が責められずとも、ただ静かに話題から消えていく。その消え方にこそ、組織の本当の成熟度が表れる。
問い:過去一年に受け付けた申告のうち、調査に至らず終わったものは何件あり、その理由は記録されているか。
展開:共感は「弱者らしさ」に反応する
共感は公平な感情ではない。人は自分と同じか、それ以上に傷ついて見える相手には容易に共感するが、自分より多くの選択肢を持つように見える相手には共感しにくい。成果を上げている人、評価の高い人、恵まれて見える人が被害を訴えると、周囲は「あの人なら困らないだろう」「なぜ今さら」と受け止めがちだ。さらに、目立つ人が声を上げることへの反発から、動機を疑う声まで生まれる。結果として、訴えの妥当性ではなく、告発者の「共感されやすさ」によって受け止め方が選別される。
問い:申告者の社内評価や立場によって、初動の対応速度や調査の深さに差が出ていないか。
反証:沈黙には合理性もある
一方で、過去の事案に触れないことには一定の合理性もある。当事者がすでに退任していれば、事実確認は難しい。改革を進めてきた組織にとって、古い案件を掘り起こすことは現場の士気を下げ、「結局何も変わっていない」という印象を与えかねない。限られた調査資源を、現在進行形のリスクに振り向けるべきだという主張も成り立つ。すべての過去を裁くことが、必ずしも組織を良くするとは限らない。
問い:過去事案を扱う際の調査範囲と打ち切り基準を、事前に定めた文書は存在するか。
再構成:沈黙は中立ではない
それでも見落としてはならないのは、沈黙が中立ではないという点である。組織が告発者を叱りもせず、擁護もせず、ただ扱わないとき、その沈黙は「その程度のことは許容範囲だった」という静かな承認として機能する。そして、それを最も敏感に受け取るのは、まだ声を上げていない人々だ。「あの人ですら取り合ってもらえないなら、自分はもっと無理だ」。条件付きの共感は、目の前の一件を埋もれさせるだけでなく、次の申告を未然に封じる。改革が進んだという自己認識が強い組織ほど、「もう片付いた」という物語を守るために、この沈黙に陥りやすい。
問い:一件の申告を受理・公表した後、他の申告件数はどう変化したか。
示唆:受け付けたという事実を示す
告発への対応で問われるのは、処分の重さよりも「受け付けた」という事実を組織が示せるかどうかである。告発者の属性で扱いを変えないこと、過去の事案を改革の失敗ではなく改革の範囲に含めること、そして改革を担う側の人間も例外にしないこと。風通しの良さは、新しく開けた窓の数ではなく、閉じていた扉をいくつ開けたかで測られる。
問い:改革の推進者自身が調査対象となった場合の手続きは、明文化されているか。
実務への含意
- 申告の受付・調査の判断基準から、申告者の評価・立場・動機の推測を切り離し、判断理由を記録に残す
- 「重大案件ゼロ」を改革の成果指標にせず、過去事案を含む受付件数と処理状況を開示する
- 改革推進委員や経営陣が関与した事案について、利害関係者を外した調査体制をあらかじめ定めておく
参考文献
- 『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』エイミー・C・エドモンドソン(英治出版)
- 『反共感論――社会はいかに判断を誤るか』ポール・ブルーム(白揚社)
- 『その名を暴け――#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー(新潮社)