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ショートストーリー

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水曜日の空白

第一水曜日の午後二時。営業企画部の早瀬は、分厚い資料の束を抱えて第三会議室へ向かっていた。月例の部内会議は二時間。各課の数字を順番に読み上げ、質問はほとんど出ない。終わるころには夕方で、顧客に出す提案書は今夜も手つかずのまま持ち帰ることになる。  早瀬には、温めている企画があった。取引先の小さな工務店向けに、施工写真を共有できる仕組みを提案したい。だが、書く時間がない。会議、朝礼、週報、その週報を読み上げる会議。気づけば一日が終わっている。  四月、新しい部長として桐谷が着任した。物腰のやわらかい五十代で、初日に部員一人ひとりの席を回り、「コーヒー、甘いのとブラックどっち?」と聞いて自分で淹れて配った。  その翌週、桐谷は部内にこう告げた。 「月例会議は、来月からやめます。報告は共有ノートに書いておいてください。読めばわかることは、読めばいい。話す必要があることだけ、必要な人で集まりましょう」  真っ先に手を挙げたのは、在籍二十年の小野寺課長だった。 「部長、それでは部がばらばらになります。顔を合わせて同じ話を聞くから、共通認識ができるんです。この会議は、私が若いころからずっと続けてきたものです」  会議室が静まり返った。早瀬は、内心では桐谷に賛成していた。けれど小野寺の言葉にも、嘘がないことはわかっていた。  桐谷はしばらく黙ってから、うなずいた。 「小野寺さんの言う『共通認識』は、私も大事だと思います。だから聞きたいんです。先月の会議で、誰かの考えが変わった瞬間はありましたか」  小野寺は答えなかった。答えられなかったのかもしれない。 「残すべきものは残します。ただ、続けてきたから続ける、というのはやめたい。何のためにあるのかを、一つずつ確かめたいんです」  翌月、予定表の第一水曜日の午後は空白になった。誰かがそこに小さなハートを三つ描いた。  早瀬はその時間で、ついに企画書を書き上げた。共有ノートに載せると、翌朝までに三人からコメントがついていた。会議で読み上げていたころには、一度も起きなかったことだ。  変化は、思わぬ場所にも現れた。午後のコーヒーカウンターに、人が溜まるようになったのだ。紙コップを片手に、「あの取引先、最近どう?」「その件なら経理の誰それに聞くといい」と立ち話が始まる。以前は、会議の後はみな黙って自席に戻っていた。  三か月後の水曜日。早瀬がカウンターでコーヒーを注いでいると、小野寺が隣に立った。少し言いにくそうに、手元のタブレットを差し出す。 「早瀬くん。例の写真共有の企画な、うちの課の古い取引先でも使えないかと思ってね。操作がよくわからんのだが、教えてくれないか」  早瀬は驚いて、それから笑った。二十年選手が、入社六年目に教えを請うている。会議室では、決して起きなかった光景だった。  画面をのぞき込む二人の後ろで、桐谷は何も言わず、自分のカップにお湯を注いでいた。  予定表の空白は、何もない時間ではなかった。人が人に、自分の足で近づくための余白だった。

論考

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「続けてきたから続ける」をやめる組織論――時間の余白が主体性を生む

## 序:定例という名の拘束 多くの組織には、理由を問われないまま続いている定例がある。月例会議、朝礼、形式的な報告会。どれも導入時には目的があったはずだが、年月を経て「やること」自体が目的になる。その結果、メンバーは本来の仕事に充てるべき時間を削られ、準備不足のまま顧客や現場に向き合うことになる。問題は業務量そのものより、拘束時間の配分にある場合が少なくない。 **検証可能な問い:自部署の定例業務のうち、開始時の目的を現メンバーが説明できるものは何割あるか。** ## 展開:「なぜ必要か」を問い直す 改革の出発点は、廃止ではなく問い直しである。読めば伝わる情報は文書で共有し、議論が必要な論点だけを、必要な人で扱う。事前に案を共有して意見を集めておけば、対面の時間は短く濃くなる。これで仕事の総量が変わらなくても、拘束時間は減る。さらに重要なのは、生まれた余白の使い道を個人に委ねることだ。教材研究や企画立案に充てる者もいれば、休息に充てる者もいる。選択権を渡すことが、主体性の土台になる。 **検証可能な問い:定例会議を文書共有に置き換えた場合、議題への事前コメント数は会議中の発言数を上回るか。** ## 反証:共通理解は失われないか 当然、反論はある。顔を合わせて同じ話を聞くことで一体感や共通認識が生まれる、という主張には一定の根拠がある。文書共有は読まない人を生みやすく、情報格差が広がるおそれもある。また、形式的に見える行事が、実は暗黙の相互監視や若手育成の機能を担っていた場合、安易な廃止はその機能ごと失わせる。「何でも廃止すればよい」という発想は、別の硬直にすぎない。 **検証可能な問い:定例廃止後、部門間の情報の行き違いによる手戻り件数は増えたか、減ったか。** ## 再構成:強制から自発へ 反論を踏まえると、論点は「会議の有無」ではなく「参加が自発的か強制的か」に移る。順番に指名されて仕方なく発言する場では、共通理解は形だけになる。逆に、本当に議論したい人が手を挙げる場では、質問や悩みが自然に出てくる。そして余白の時間が生まれると、職場には雑談や立ち話が戻り、非公式な情報交換が公式の会議より機能し始めることがある。その前提となるのが、立場に関係なく話しかけやすい空気、すなわち心理的安全性である。管理職自身が早く帰り、気軽に声をかけ、相手を信頼して任せる姿勢を示すことが、制度変更以上に効く。 **検証可能な問い:定例を減らした後、職場での非公式な相談件数や部署を越えた協働は増えたか。** ## 示唆:大人が実践できないことは広がらない 主体的に考え、対話し、学ぶ姿勢を部下や後輩に求めるなら、まず組織の運営そのものがそれを体現していなければならない。前例に従うことを求めながら主体性を期待するのは矛盾している。小さな見直しが一つ成功すれば、次の提案にも前向きになれる。改革は一度の大鉈ではなく、問い直しの連鎖として進めるのが現実的だ。 **検証可能な問い:最初の業務見直しの成功後、メンバー発の改善提案数は増加したか。** ### 実務への含意 - 定例業務をすべて棚卸しし、「目的」「代替手段」「廃止した場合の損失」を一枚にまとめてから判断する - 情報共有は文書で先に済ませ、対面の場は「決める」「悩みを出し合う」目的に限定する - 生まれた時間の使い道は個人に委ね、管理職自身が率先して早く帰る・雑談に加わることで空気をつくる ### 参考文献 - 『学校の「当たり前」をやめた。』工藤勇一(時事通信社) - 『チームが機能するとはどういうことか』エイミー・C・エドモンドソン(英治出版) - 『心理的安全性のつくりかた』石井遼介(日本能率協会マネジメントセンター)

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