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ショートストーリー

縦書き

削った分は、どこへ行ったか

相和建材の西日本支社長として単身赴任した黒沢肇は、着任した週の金曜、支社の損益計算書を三度読み返した。 売上は本社の三分の一。営業利益率はその半分。毎月の役員会で映し出される支社別の棒グラフの中で、西日本だけが低く沈んでいる。四十九歳。管理本部で十年、数字を締める仕事をしてきた黒沢にとって、その低い棒は解くべき問題そのものに見えた。 利益率を上げる。売上を伸ばすには年単位かかるが、経費を削れば来月には数字が動く。黒沢は科目ごとに経費を並べ、いちばん大きく、いちばん切りやすい塊を探した。 外注費だった。図面のトレース、現場写真の整理、着工前の下見。地元の協力会社に長年任せてきた仕事が、経費の三割近くを占めていた。 黒沢は副支社長の楢崎を支社長室に呼んだ。この支社で三十年やってきた、六十一歳の男である。 「外注は全部、内製に戻します」と黒沢は言った。「うちの社員にできる仕事です」 楢崎は老眼鏡を外し、しばらく黙ってから口を開いた。 「支社長。たしかに、できる仕事です。ただ、削るには順番があります」 「その順番を待つ余裕が、この支社にありますか」と黒沢は返した。 「余裕の話ではありません」と楢崎は答えた。「外注費というのは、うちが払っている金じゃないんです。うちが買っている時間です。金を止めれば、時間のほうも一緒に止まります」 「時間なら、社員が持っています」と黒沢は言った。 楢崎はそれ以上、何も言わなかった。黒沢は決裁書に判を押した。 翌月から外注はゼロになった。 数字はすぐに応えた。三か月で経費率が四ポイント落ち、営業利益率は本社平均に並んだ。役員会の棒グラフで、西日本が初めて真ん中に立った。本社の常務から直接、電話があった。よくやった、と。 黒沢は自分の読みが正しかったことを確認し、ついでにもうひとつ削った。四半期ごとに本社から人が来る支社レビューである。往復と質疑で半日が潰れる。数字は毎月、自分が作って送っている。黒沢は「報告書の提出のみ」への切り替えを願い出て、認められた。 見るべきものは、すべて自分の手元にある。黒沢はそう考えていた。 変化は、その手元にない場所で起きた。 図面のトレースを引き受けることになった若手たちは、自分の担当業務を終えてからそれに取りかかった。残業は増えた。だが支社の残業時間は、本社が定めた上限の内側に収まり続けた。上限を超えないよう、申告のほうが調整されていたからである。 着工前の下見は、誰かが省くと決めたわけではない。内製に回した作業が終わらず、いちばん後回しにできる工程から、静かに間引かれていっただけだ。省いたという事実を書く欄は、月次報告書にない。欄がないものは、黒沢のところに上がってこない。 夏に、若手が三人続けて辞めた。退職面談は総務が済ませ、黒沢の机には「一身上の都合」という一行だけが届いた。 一年が過ぎた秋、大型物件で梁の寸法違いが見つかった。図面のトレースミスと、着工前の下見の未実施が重なっていた。 手直し費用と工期遅延の違約金は、一年間の削減額の二倍を超えた。役員会の棒グラフで、西日本はふたたび沈んだ。今度は、いちばん下だった。 黒沢は支社長室に楢崎を呼んだ。責める言葉をいくつも用意していたのに、実際に口から出たのは違うものだった。 「削った分は、どこへ行ったんですか」と黒沢は聞いた。 楢崎は立ったまま答えた。 「消えていません。若手の土日に移りました。それから、下見を省く言い訳に移りました。経費は帳簿から消えます。でも、仕事のほうは消えない。必ずどこかが引き受けます。引き受けた場所が、帳簿に出てこないだけです」 「なぜ一年、黙っていたんですか」と黒沢は言った。 「言うつもりでした」と楢崎は答えた。「四半期のレビューで、本社の方がいる場で申し上げるつもりでした」 黒沢は答えられなかった。 自分が削ったのは、半日の会議ではなかった。自分が見ていない数字を、他人が持ち込む機会だった。数字を自分で作れる立場の人間は、自分の見落としだけは作れない。 翌週、黒沢は支社長室の壁にホワイトボードを一枚出した。書いた項目は三つだけである。経費率。若手の実残業時間。着工前の下見の実施率。 立派なダッシュボードではない。誰かが週に一度、マーカーで手書きするだけのものだ。 「三つですか」と楢崎が言った。 「三つなら、毎週見られます」と黒沢は答えた。 「ひとつ、増やしてもよろしいですか」と楢崎が聞いた。 黒沢はマーカーを差し出した。 外注はまだ戻していない。戻すかどうかは、三つの数字が三か月そろうまで決めない、と黒沢は決めている。焦りが消えたわけではない。棒グラフは来月も出るし、西日本はしばらく下のままだろう。 それでも黒沢は、いちばん低い棒を見つめたまま、以前ほど早く手が動かなくなった。 ひとつの数字を下げようとするとき、人はその数字しか見ていない。

論考

縦書き

制限は、負荷を消さない――移すだけである

ある指標を極端に絞り込む施策は、短期的にはほぼ確実に効く。数字は動く。動いた数字は目に入る。だから人はそれを成功と読む。しかし「その指標が改善した」ことと「全体が良くなった」ことは、まったく別の命題である。前者は測定の結果であり、後者は測定していない領域まで含めた判断だ。両者を混同したまま施策を続けることが、極端な最適化の失敗のほぼすべてを説明する。──あなたの直近の改善策について、改善した指標のほかに、同じ期間に悪化した指標を三つ挙げられるか。 制限とは消滅ではなく、移動である。組織が抱える負荷──作業時間、注意力、判断のコスト──は、削減の決定によって蒸発したりはしない。外注費を切れば、負荷は社員の可処分時間へ移る。検査工程を減らせば、負荷は顧客のクレーム対応へ移る。教育費を切れば、負荷は数年後の採用コストと定着率へ移る。移動先が帳簿にも管理指標にも載っていないとき、削減はきわめてきれいな成果として見える。見えないことと、起きていないことは違う。──その削減で発生した仕事は、誰の、どの時間帯に移ったか。名指しで言えるか。 さらに厄介なのは、移動した負荷が現れるまでに時間差があることだ。数字は翌月に動くが、疲弊も、劣化も、離職も、蓄積してから一度に表面化する。この時間差のあいだ、施策は成功例として扱われ、しばしば他部門へ横展開される。因果が見えなくなるのは、原因と結果が離れているからではなく、その間に「成功」という別の説明が挟まるからである。──いま順調に見えている施策について、その効果と副作用が現れる時期は同じだと仮定していないか。 もっとも、この論には限界がある。第一に、すべてを測ろうとすれば測定そのものが新たな負荷になる。指標を十五個並べた管理表は、三つ並べた手書きのボードより機能しないことが多い。第二に、資源の乏しい組織にとって、一点への集中はしばしば唯一の武器である。全方位のバランスを保ったまま劣勢を挽回した組織は、実のところそう多くない。バランス論は、正しいがゆえに何も決めない言い訳にもなる。──指標を一つ増やすとき、その収集と更新に毎月何時間かかるかを見積もったか。 だとすれば、問うべきは「単一指標か、多指標か」ではない。「その指標を、どの期間、どこまで振り切るか」である。短期の集中には正当性がある。危険は二点に絞られる。ひとつは、期限を切らないまま極端を常態にすること。もうひとつは、集中と同時に、自分の判断を外から点検する仕組みまで削ってしまうことだ。会議、レビュー、外部の目。これらは効率の敵に見えるが、実際には「自分が見ていない指標を、他人が持ち込む機会」である。自分で数字を作れる立場の人間ほど、この機会を失いやすい。──いま進行中の集中策に、いつ見直すかの期日は書き込まれているか。 極端な施策が破綻するとき、原因は施策の中身より、やめる基準がなかったことにある。始める理由は熱意でつくれるが、やめる基準は冷めているうちにしかつくれない。そして、やめ時を教えてくれるのは、たいてい自分が選ばなかった指標のほうである。 ### 実務への含意 - 削減策を決めるときは、削る指標と同時に「移動先を映す指標」を最低一つ選び、同じ表に並べる。指標は少なくてよいが、方向の違うものを混ぜる。 - 施策には必ず見直し期日を設定する。「効果が出たら続ける」ではなく「この日に、この三つの数字で判定する」と先に決めておく。 - 効率化の対象からレビューと外部接点を外す。自分で数字を作れる立場になったときほど、他人が数字を持ち込む場を残す。 ### 参考文献 - 『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』ジェリー・Z・ミュラー(みすず書房)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4622087936?tag=digitaro0d-22) - 『世界はシステムで動く――いま起きていることの本質をつかむ考え方』ドネラ・H・メドウズ(英治出版)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4862761801?tag=digitaro0d-22) - 『ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か』エリヤフ・ゴールドラット(ダイヤモンド社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4478420408?tag=digitaro0d-22) ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています

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