ショートストーリー
反対の席
論考
摩擦のない組織は、なぜ判断を誤るのか
会議が短くなった組織を、意思決定の速い組織だと考えるのは早い。短さは、検討の密度が上がった結果であることもあれば、検討そのものが省かれた結果であることもある。この二つは、外形上ほとんど区別がつかない。直近三か月の会議のうち、最初に出た案がそのまま通った割合は何%だったか。
接触の総量が減ったから議論が痩せる、という説明は正確ではない。減っているのは総量ではなく帯域である。テキスト中心のやりとりでは、賛成は記号ひとつで表明できるが、反対には文章がいる。しかも反対の文章は、書き手の意図を超えて攻撃的に読まれやすいため、書き手は推敲に時間を割く。こうして賛成と反対のあいだに表明コストの非対称が生まれる。安いほうの意見が多数に見えるのは、多数だからではなく、安いからだ。自分の組織で、賛成一件あたりと反対一件あたりの平均文字数を測ったら、何倍の開きが出るか。
では対立を増やせばよいのか。そうとも言えない。摩擦の多い組織は消耗し、議論の勝敗は論の強さではなく声量や職位で決まりやすい。器のない対立は、容易に人格の否定へ滑る。「あなたのような人はいつもそう言う」という一文は、相手の主張ではなく相手の属性を論点にすり替えている。これは議論が激しいのではなく、議論が放棄されている状態だ。直近の会議で、提案ではなく提案者に向けられた発言はいくつあったか。
必要なのは対立の量ではなく、対立を収める器である。器とは、時間と空間とルールの三点を指す。三十分という区切り、その場でだけ有効という限定、そして「提案は否定してよいが提案者は否定しない」という規則。ここで決定的なのは、反対を個人の意見ではなく役割として配ることだ。役割であれば、反対した人は「反対する人」として記憶されない。属性が汚れないから、次も引き受け手が現れる。あなたの組織で「反対」は個人の性格として語られているか、それとも役割として記録されているか。
孤立とは、人と会わない状態ではない。人とは会っているのに、意見が交換されない状態を指す。同じ部屋にいながら誰も異論を口にしない組織は、物理的には密集していても、認識のうえでは全員が一人でいる。ここを取り違えると、対策は「対面の回数を増やす」に流れ、会議だけが増えて判断は変わらない。増やすべきは接触ではなく、反証の機会である。今週、あなたの案に対して具体的な反証を述べた人は何人いたか。
実務への含意
- 意思決定の前に反対役を一名指名する。役割は毎回交代させ、その内容を本人の評価には反映しない。
- 議事録に「検討した代替案と、それを退けた理由」を一行残す。反対が出なかった場合は「反対なし」と明記し、空欄と区別できるようにする。
- 反対の表明コストを下げる。匿名の懸念投稿枠を設ける、あるいは「提案者は初回の反論に即答しない」という運用でよい。
参考文献
- 『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』宇田川元一(NewsPicksパブリッシング)Amazon
- 『恐れのない組織──「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』エイミー・C・エドモンドソン(英治出版)Amazon
- 『わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か』平田オリザ(講談社現代新書)Amazon
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