ショートストーリー
注意の残量
論考
「気をつけろ」が対策にならない理由
再発防止策の多くは、最後の一行が同じところに着地する。「今後は注意を徹底する」。これは対策ではなく願望である。願望を文書化しても、翌月の数字は動かない。あなたの職場で直近に承認された再発防止策のうち、担当者の心構え以外を変えたものは何割あるだろうか。
前提を一つ置き換えたい。注意は態度ではなく、残量のある資源である。人が一度に向けられる注意の量には上限があり、しかもその資源は「気をつける」ためだけに使われるのではない。作業手順を頭の中に保持する、途中まで進んだ位置を覚えておく、相手の話の意味を推測する——こうした地味な処理がすべて同じ財布から支払われている。目に入るもの、着信の予感、片づいていない懸案、それぞれが取り分を持っていく。残高が尽きたとき、人は目の前の大きな異常すら見落とす。あなたは自分の作業が一時間に何回中断されているか、数えたことがあるだろうか。
ただし、この見方だけですべてのミスを説明するのは乱暴だ。手順そのものが誤っている場合、知識が不足している場合、そもそも当人がその仕事の意味を理解していない場合、注意の残量をいくら増やしても結果は変わらない。さらに厄介なことに、刺激を削りすぎた環境は、想定外の兆候にも鈍くなる。異物に気づく余白と、異物が入ってこない静けさは、同じものではない。直近半年のミスを分類したとき、注意起因と知識起因と手順起因の比率はどうなるだろうか。
そのうえで、対策は三つの層に整理できる。第一層は「手放す」。頭の中で保持しているものを外に出す。メモ、リスト、掲示——ここには外部化としての効用が確かにある。第二層は「離れる」。注意を奪う対象を作業環境から物理的に外す。端末を引き出しにしまう、割り込みの窓口を別の人に移す。第三層は「埋め込む」。人が注意を向けなくても正しい結果が出るように、仕組みか熟達に処理を移す。読み取り装置、入力の自動化、身体で覚えた手順。下の層ほど実装が安く、上の層ほど効果が大きい。組織が最初に手を出すのは、たいてい一番安い層である。あなたの直近の対策は三層のどこにあり、なぜそこで止まったのか。
ここから見えるのは、注意の配分が個人の徳目ではなく、管理職の設計責任だという事実である。同じ人間が、席を変え、割り込みを変えるだけでミスの頻度を変える。ならば問われるべきは担当者の心構えではなく、その席に一日座って何が起きるかを、管理する側が一度でも自分の身体で測ったかどうかだ。測っていない対策は、精神論の言い換えにすぎない。あなたは、部下がミスをした席に座って同じ作業をしてみたことがあるだろうか。
実務への含意
- 再発防止策を書く前に、当該作業中の中断回数(着信・通知・声かけ)を一日分だけ実測する。原因の仮説より先に、環境の実測を置く。
- 対策を「手放す/離れる/埋め込む」の三層に分類し、最下層だけで終わっていないか点検する。掲示物が増えた月は、実質何も変わっていないと疑う。
- チェックの追加は、人の作業を増やす対策であることを忘れない。二人で二度見るより、一度も手で打たない設計のほうが安定する。
参考文献
- 『錯覚の科学』クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ(文春文庫)Amazon
- 『ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか?』ダニエル・カーネマン(ハヤカワ文庫NF)Amazon
- 『全面改訂版 はじめてのGTD ストレスフリーの整理術』デビッド・アレン(二見書房)Amazon
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