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ショートストーリー

縦書き

点のつかない部屋

坂内あかりが社内基盤「ひろば」の担当になったとき、社長から言われたのは一言だった。「部署の壁を薄くしてくれ」 ミナカワ生活研究所は、洗剤や台所用品をつくって六十年になる。工場と開発と営業が、それぞれの言葉で仕事をしていた。同じ製品の話をしていても、三つの別の話に聞こえた。坂内はその三つを一つの部屋に入れたかった。 一年目、投稿は月に四十件だった。ほとんどが人事の連絡と、部長の挨拶だった。 二年目の春、導入支援のベンダーが提案書を持ってきた。称賛のスタンプ、投稿への「役立った」の集計、週間ランキング、月間MVPの自動表彰。担当の若手コンサルタント、迫田は淀みなく言った。「見えないものは、育ちません」 投稿は三か月で月に九百件を超えた。 数字は、坂内が報告する会議のたびに拍手を集めた。だが半年たったころ、彼女は自分がひろばを読まなくなっていることに気づいた。 そこには人がいなかった。キャラクターがいた。 営業の中堂は「熱量の人」になっていた。長文で、語尾に感嘆符を並べ、毎週上位に入った。開発の若手は「数字で語る人」になり、工場の班長たちは「現場の声を届ける人」という役を割り振られていた。誰かが役を降りようとすると、スタンプが減った。減ると、翌週の一覧から名前が消えた。 いちばん静かになったのは、成形課の主任・古畑だった。 古畑は言い方が硬い。二年目の秋、彼が書いた「この容器の肉厚は落とせない。落とすなら落とす理由を出してほしい」という一行に、開発から反論が並び、スタンプは反論側についた。ランキングの下のほうに古畑の名前が一度だけ載り、それきり彼はひろばに書かなくなった。 坂内が迫田に相談すると、彼はダッシュボードを開いた。「指標は全部改善しています。参加率九十二パーセント、返信までの中央値は四時間。何が問題ですか」 「みんな、自分の役を演じてる」 「役を演じるのも参加です」迫田は本気だった。「坂内さんは、社員に何になってほしいんですか」 答えられなかった。それが答えだと、あとで思った。彼女は誰かに何かになってほしかったわけではない。ただ、話してほしかっただけだ。 坂内は、ひろばの改修計画をいったん止めた。かわりに、成形課の休憩室へ行った。 模造紙を一枚貼って、油性ペンを置いた。「容器の肉厚について、書きたいことがある人はここに書いてください。名前はあってもなくてもいい」。スタンプも集計もない。誰が何を書いたかを数える仕組みが、そもそも存在しなかった。 一週間後、模造紙は埋まっていた。半分は落書きだった。残りの半分に、古畑の字があった。肉厚を落とせない三つの理由と、そのうち二つは条件次第で崩せるという但し書き。開発の若手が横に線を引いて、その条件を書き足していた。 坂内はそれを写真に撮り、ひろばに上げようとして、やめた。上げれば、スタンプがつく。 かわりに、ひろばに部屋を一つ増やした。スタンプが押せない、集計されない、ランキングに載らない部屋。名前は「作業場」にした。 三か月後、社内報に載る参加率は少し下がった。迫田は「一時的な調整局面です」と説明した。坂内は訂正しなかった。 作業場に書き込む人は、月に十一人しかいない。そのうち三人は、以前のひろばで一度も書いたことのない人だった。 古畑が作業場に残した最初の一行を、坂内は今も覚えている。 「ここは、点がつかないんですね」 場が人を変える、という言い方には順序が足りない。場をつくった側が、その場が返してくる人間の姿を、いつのまにか人間の本性だと思い込むのだ。

論考

縦書き

場は人格を配っている

人が集まる場をつくるとき、私たちはたいてい「どうすれば活発になるか」を考える。だが場が人に与えるものは活発さだけではない。場は参加者に、自己像を配る。どの発言が伸び、どこに承認が集まるかという分布を通じて、「あなたはこういう人だ」という役割が割り当てられていく。しかも割り当てられた側は、やがてそれを自分の性格だと思うようになる。──あなたの組織で「あの人はああいうキャラだから」と言われている人物は、その場に来る前からそうだっただろうか。 仕組みはさほど複雑ではない。承認が可視化されると、参加者は承認の分布を学習する。学習すれば、承認されやすい振る舞いが増え、されにくい振る舞いが減る。ここまでは単なる適応だが、問題はその次にある。振る舞いが偏り続けると、周囲はその偏りを本人の属性として記述しはじめる。「熱量のある人」「批判的な人」「数字に強い人」。記述は期待になり、期待は逸脱コストになる。役から降りれば承認が減るので、人は役に留まる。こうして場は、性格の生産装置になる。──直近半年で、あなたの組織で「その人らしくない」発言をした人は何人いたか。 とはいえ、可視化そのものを悪と決めつけるのは乱暴だ。指標のない場は理想の広場にはならない。声の大きい人と役職の高い人が占有するだけである。承認の可視化は、埋もれていた貢献を発見する装置でもあり、記録されない場が無責任な攻撃を生むことも繰り返し観察されてきた。役割の固定にも効用がある。何を期待されているかが明確な場は、参加のコストが低い。──指標を撤去した場で、最初に発言量を増やすのは誰か。 だとすれば問うべきは、指標の有無ではなく指標の構造である。第一に、通貨が単一かどうか。承認の形が一種類しかない場では価値が一列に並び、役が固まる。第二に、全数か部分か。すべての発言が計測される場には、試し書きの場所がない。第三に、退出可能性。点のつかない部屋が併設されている場は、役を降りる余地を残す。設計の巧拙は、集計の精度ではなく、集計しない領域をどれだけ意図して確保したかに表れる。──あなたの組織に、記録も集計もされない対話の場はいくつあるか。 場をつくった人間は、その場が返してくる人間の姿を、いつのまにか人間の本性だと思い込む。参加率が上がり返信が速くなったという数字は、その思い込みを補強する。だが数字が示しているのは、設計に適応した人々の姿であって、彼らが何者であるかではない。設計を変えれば別の人格が現れる。それは操作の余地であると同時に、責任の所在でもある。──いま見えている「社員の姿」は、測り方を変えたら何番目に変わるか。 **実務への含意** - 承認の形を複数用意する。スタンプ一種類ではなく、質問・引用・引き継ぎなど、性質の異なる反応を残せるようにする - 「集計されない場」を意図して一つ確保し、そこを評価や表彰の対象にしない - エンゲージメント指標が改善したときこそ、投稿の中身を人が読む。数字と読後感が乖離していないかを確かめる ### 参考文献 - 『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』ジェリー・Z・ミュラー(みすず書房)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4622087936?tag=digitaro0d-22) - 『監視資本主義: 人類の未来を賭けた闘い』ショシャナ・ズボフ(東洋経済新報社)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4492503315?tag=digitaro0d-22) - 『デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する』カル・ニューポート(早川書房)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4152098872?tag=digitaro0d-22) ※ 本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています

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