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ショートストーリー

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向かいの席

三好律子は、入社した十八の春から、先代社長の隣で働いてきた。 先代は怒鳴る人だった。意見を言えば「十年早い」、黙っていれば「気が利かない」。三好は言葉を飲み込むことを覚え、飲み込んだ分だけ仕事を抱えた。先代の体が弱ってからは、会議の段取りも取引先へのお詫びも、通院の送り迎えまで彼女が引き受けた。唯一かばってくれた営業部長は、出張先の事故で早くに亡くなった。それからの三好には、会社のほかに居場所がなかった。 五十八歳の今、三好は東和印刷の営業企画課長である。そして十年かけて育てた部下がいる。木村沙織、三十四歳。 三好は沙織を大事にした。大事にしすぎた。研修で沙織が外に出ると、休憩のたびに電話をかけた。用件を聞くと「どうしてるかと思って」と言う。沙織がほかの部署と組んで企画を出そうとすると、相手の課長の悪口を並べて止めた。「あの人は口だけよ。あなたはここにいればいいの」。 沙織が仙台支店への異動を願い出たのは、春のことだった。支店長の戸田とは、前に一度、合同の案件で組んだことがある。あの半年で初めて、自分の判断で物事が進む感覚を知った。 異動の内示が出た日、三好は人事部長の前で言った。「木村さんがいなくなったら、私はこの先どうなるんですか」。部長は困ったように笑うしかなかった。 仙台に移ってからも、三好のメールは毎朝届いた。件名は「確認」。本文は「元気?」の一行だけのこともあった。沙織は返信を打ちかけては消し、消した分だけ胸が重くなった。逃げ出したのは自分だ。三好を一人にしたのも自分だ。 夏の終わり、本社の総務から連絡が来た。三好が真夏の会議に厚手のカーディガンを着て現れ、配る資料を間違え、締め切りを三つ落とした。本人は「寒いのよ」と言っているという。そして先週、三好は仙台支店への異動を申し出た。条件は一つ。「木村さんの向かいの席なら行きます。それ以外は嫌です」。 戸田は沙織を会議室に呼んだ。 「三好さんの話、聞いてるよな」 「すみません。私のせいです」 「君のせいじゃない」戸田は首を振った。「三好さんがああなったのには、たぶん長い理由がある。先代のことは僕も聞いてる。気の毒だと思う」 「じゃあ、受け入れたほうが」 「それは違う」戸田は少し間を置いた。「正直に言うよ。僕は君の上司だから、君の荷物は一緒に持てる。でも、三好さんの三十年分を背負う力は僕にはない。義理もない。それを君が一人で背負うのは、もっと筋が違う」 「じゃあ、誰が三好さんを助けるんですか」 戸田は答えなかった。答えを持っていない顔だった。窓の外で、夕立が降り始めていた。 結局、三好の異動は本社預かりになった。産業医との面談が組まれ、課長職はしばらく代理が置かれることになった。それで何かが解決したのかどうか、沙織にはわからなかった。 秋、沙織の下に新人が一人ついた。大野という、物おじしない青年だった。三日間の外部研修に送り出した初日の昼、沙織は気づくとスマートフォンを握っていた。ちゃんとやれているか。変なことを言っていないか。聞くだけなら、一言だけなら。 画面には大野の名前が出ていた。沙織はしばらくそれを見つめ、それから、そっと伏せた。 指先が少し冷たかった。三好の言っていた寒さが、ほんの少しだけわかった気がした。 自分にできるのは、受け取った冬を、次の誰かの夏に持ち込まないことだけだ。それが誰にでもできることなのかどうかは、まだわからない。

論考

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止めた人を、規範にしない――負の連鎖と「誰が背負うのか」という問い

序:痛みは、いちばん近くにいる人へ流れる

職場には、上司から受けた扱いをそのまま部下に向けてしまう人がいる。過干渉、囲い込み、他部署との関係の遮断。外から見れば明らかに害だが、本人は「守っている」と信じていることが多い。そしてその行動の根には、本人がかつて我慢を強いられ、居場所を一つしか持てなかった経験があることが少なくない。

問い:あなたの職場で「過干渉な上司」とされる人は、かつてどんな上司の下で働いていたか。

展開:加害者にも理由がある、しかし受け手に責任はない

ここで二つの事実が同時に成り立つ。一つは、過干渉な人もまた、環境によってそうなったということ。もう一つは、それでもその影響を受ける部下が苦しむ筋合いはないということ。前者だけを見れば「許してあげよう」になり、後者だけを見れば「切り捨てればいい」になる。どちらも現実の半分しか見ていない。

厄介なのは、受け手が罪悪感を抱えやすいことだ。離れたことで相手が崩れると、「自分のせいだ」と思い込む。しかし相手の崩れは、何十年もかけて積み上がったものの結果であり、最後に離れた一人の責任ではない。

問い:部下が異動・退職したあとに上司が不調を来したとき、組織はその原因を誰に帰属させているか。

反証:では、誰かが救えばいいのではないか

当然、「周囲が支えればいい」という意見がある。だが周囲とは誰か。受け手の新しい上司は、受け手に寄り添うことはできても、その前の上司の数十年分の重荷を引き受ける義理はない。負担も大きすぎる。善意で引き受けた人が、今度は次の被害者になることもある。

「誰の不幸が誰に影響するのか」を整理すると、救う責任を自然に負える人が、実はどこにもいないことに気づく。これがこの問題の冷たい核心である。

問い:あなたの組織で、ある人の問題を「善意の誰か」が肩代わりしている例はいくつあるか。

再構成:止めた人はいる。ただし、それは義務ではない

それでも、連鎖を自分のところで止める人はいる。厳しい環境で育ちながら、それを下の世代に渡さなかった人だ。その存在は確かに希望である。

しかし、ここで踏みとどまる必要がある。止められた人を「規範」にした瞬間、止められなかった人は「努力が足りない人」になる。止める力は、その人の気質や、たまたま出会った支えに左右される。等しく求められるものではない。

組織にできるのは、個人の頑張りに賭けるのではなく、居場所を一つに絞らせない仕組み――複数の上司・複数の相談先・定期的な配置換え――を用意することくらいだろう。それも決定打ではない。

問い:あなたの組織では、一人の社員の居場所が一人の上司に依存しない仕組みがあるか。

示唆:結論を急がないことも、一つの誠実さである

この問題に、きれいな解決策はない。だからこそ、「誰かが救うべきだ」と安易に結論づけないことが大事になる。結論を急げば、たいてい一番近くにいる誰かに荷物が押しつけられる。

決定打がないと認めたうえで、自分が受け取ったものを次に渡さないよう、目の前の一回で手を止める。それは誰かに求めることではなく、それぞれが静かに選ぶことである。

問い:あなたが前の上司から受け取った振る舞いのうち、今の部下に渡しているものは何か。

実務への含意

  • 過干渉な管理職を評価するときは、その人の育成歴(誰の下で、どんな負荷を負ってきたか)も合わせて見る。ただし、部下への影響の是正を優先する
  • 異動・離職のあとに上司が崩れても、離れた部下に責任を負わせない。組織として産業医や代行体制で受け止める
  • 「連鎖を止めた人」を美談にせず、一人に居場所を集中させない仕組み(複数の相談先・定期的な配置換え)で連鎖の起点を減らす

参考文献

  • 『毒になる親 一生苦しむ子供』スーザン・フォワード著、玉置悟訳(講談社+α文庫)
  • 『母という病』岡田尊司(ポプラ社)
  • 『嫌われる勇気』岸見一郎・古賀史健(ダイヤモンド社)

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