ショートストーリー
畳んであった三行
論考
「指示・評価・判断だけ」がいちばん重い——見えない仕事は、決める人のところに溜まる
序
貢献を「手を動かした量」で測ると、指示し、評価し、判断する人は何もしていないように見える。実際、チームで互いの仕事を書き出すと、作業者の一覧は長く、決める側の一覧は数行で終わることが多い。家庭でも同じことが起きる。皿洗いや風呂掃除のように目に見える家事は数えられ、消耗品の選定や情報の調べ物、次に何をするかの段取りは数えられない。しかし数行で終わるのは、仕事が少ないからではなく、名詞一つに畳まれているからではないか。
問い:あなたのチームで「何をしているか分からない人」は、実際には何を抱えているか、本人以外が説明できるか。
展開
三つの仕事を開いてみる。指示は、口にする前に全体を知っていることが前提になる。誰が何を得意とし、いま何が変わりつつあり、誰に何を頼まないか。一行の指示は、その上に立っている。評価・理解は、相手の仕事を相手以上の解像度で読むことだ。成果物を、受け取る側の目で読み直す。これは自分の手を止めないとできない。判断は、情報が欠けたまま選び、外れたときの責任を引き受けることである。三つとも、成果物が残らない。残るのは「うまく回った」という状態だけで、うまく回るほど何もしていないように見える。
さらに厄介なのは、判断が一人に集まると、周囲が自然に指示を待つようになることだ。決める材料を持たない人は、先回りしようがない。材料の差は知識の差になり、知識の差は「ちょっと考えれば分かるでしょ」というすれ違いを生む。言う側には「ちょっと」の距離でも、言われる側には届かない距離になっている。
問い:あなたの職場で「なぜそうするのか」が分からないまま動いている人は何人いるか。その理由は、本人の意欲か、材料の不足か。
反証
もちろん、本当に何もしていない「決める人」もいる。判断を先送りし、評価を印象で済ませ、指示を丸投げで終える管理職だ。見えない仕事の重さを強調する議論は、そうした人の言い訳にも使える。また、手を動かす人の負担が現実に過大な場合、「判断も大変なのだ」という言い分は、配分の見直しを封じる口実になりうる。
問い:その人がいなくなった週に、何が止まり、何が止まらなかったか。
再構成
だから必要なのは、判断の重さを主張することではなく、畳んだ中身を開いて見せることだ。何を決めたか、なぜそう決めたか、何を断ったかを残し、共有する。材料が渡れば、周囲は先を読めるようになり、指示の量そのものが減る。指示・評価・判断「だけ」で仕事が回る状態は、決める人が楽をしている状態ではない。それ以外の仕事を委ねられるだけの材料を、周囲に渡し終えている状態である。その「だけ」を成り立たせるための準備と、選ぶたびに背負う責任こそが、いちばん重い。
問い:先月の判断のうち、理由まで含めてチームに伝わっているものはいくつあるか。
示唆
見えない仕事を見えるようにするいちばん確かな方法は、担い手を一度入れ替えてみることだ。数日でも代わりに決めてみると、一行の指示が何に支えられていたかが分かる。逆に、決める側が現場の作業を引き受けてみると、判断の材料がどれだけ現場に届いていなかったかが分かる。どちらも、書き出した一覧の短さでは測れないものを測る手段になる。
問い:あなたが不在の十日間に、あなたの「三行」を代わりに担える人はいるか。いないなら、何を渡せば担えるようになるか。
実務への含意
- 業務を書き出すときは、指示・評価・判断を名詞一つで済ませず、「何を知っている必要があるか」「何を引き受けているか」まで分解して書く
- 決めたことと、その理由・断ったことを、短くても定期的に共有する。判断の材料が渡ると、指示待ちは減る
- 評価・理解のための時間を予定に入れる。作業の合間に「見る」と、受け取る側の目で読むことができない
参考文献
- 『HIGH OUTPUT MANAGEMENT 人を育て、成果を最大にするマネジメント』アンドリュー・S・グローブ(日経BP)
- 『マネジャーの実像 「管理職」はなぜ仕事に追われているのか』ヘンリー・ミンツバーグ(日経BP)
- 『決定力! 正解を導く4つのプロセス』チップ・ハース、ダン・ハース(早川書房)