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ショートストーリー

縦書き

畳んであった三行

丸栄製菓の通販チームは、十一月に入ると倉庫の空気まで甘くなる。お歳暮の箱詰めが始まるからだ。 主任の木下は、その季節がいちばん苦手だった。朝は出荷伝票を刷り、昼は問い合わせに返信し、夕方はパートさんと一緒に箱を組む。そのあいだ、課長の桐山は机にいて、ときどき声をかけるだけだ。 「木下くん、明日の便は二つに分けて」 「その返信、誰か読んだ?」 「今日はここまで。残りは月曜にしよう」 ある晩、木下はつい口にしてしまった。 「課長は、指示して、見て、決めるだけじゃないですか。こっちは手が足りないんです」 桐山は怒らなかった。少し考えてから、白い紙を二枚出した。 「お互い、やっていることを全部書き出してみようか」 木下の紙は裏までびっしり埋まった。伝票、資材の発注、返品の受付、パートさんのシフト調整。桐山の紙には三行しかなかった。 一、指示する。 二、見て、分かる。 三、決める。 木下は笑いをこらえた。これで話はついた、と思った。 その翌週、桐山は新工場の立ち上げ応援で、十日間九州へ行くことになった。「三行、頼むよ」とだけ言い残して。 一日目、パートの浜田さんに聞かれた。「この箱、どっちのサイズで詰めます?」「いつも通りでいいですよ」。昼過ぎ、配送会社から電話があった。今年から料金の区分が変わり、いつもの箱だと一つ上の料金になるという。桐山は先月から知っていて、箱を切り替える時期を測っていたらしい。指示は、口に出す前に全部を知っていないと出せなかった。 三日目、新人の村井さんが、苦情への返信文を見せに来た。木下は伝票を刷りながら目を通し、「いいんじゃない」と返した。翌朝、客からの返事は前より長くなっていた。読み直すと、謝りの言葉は丁寧なのに、客がいちばん怒っていた「いつ届くのか」が一行も書かれていない。見るというのは、客の目で読み直すことだった。手を止めなければ、それはできない。 六日目、取引先の総務から電話が来た。社員向けの贈答品を三百箱、十日後までに。受ければ全員に残業を頼むことになる。断れば、来年はほかの店に頼むだろう。聞ける相手はいなかった。 木下は桐山の机の引き出しを開けた。大学ノートが三冊入っていた。めくると、パートさん一人ひとりの得意な作業、去年の繁忙期に誰が何時まで残ったか、断った注文とその理由が、細かい字で書いてあった。 〈二年前、四百箱を断る。浜田さんの腰を優先〉 三行の下に、これだけのものが畳んであったのだ。 木下は二百箱を約束し、残りの百箱は年明けに寒中見舞いとして届ける案を出した。総務の担当者は少し黙ってから、「それ、上に通してみます」と言った。電話を切ると、手のひらが汗で濡れていた。決めるとは、外れたときの責任ごと引き受けることだった。 十日後、桐山が戻ってきた。木下は、あの晩の紙を返した。桐山の三行の下に、木下の字で一枚分の書き込みが足してあった。 桐山は長いこと読んでいた。それから言った。 「俺も一つ謝らないといけない。決める材料を、全部ノートにしまい込んでいた。君はあれを見られなかったから、待つしかなかったんだな」 「ちょっと考えれば分かるだろう」と言われるたびに、木下は、ちょっとでは届かない距離を感じていた。その距離は、ノート三冊分だった。 翌週から、朝礼の最後の五分で、桐山が前の日に決めたことと、その理由を話すようになった。ノートは、誰でも開ける棚に移された。 木下の紙は、今も裏までびっしりだ。ただ、桐山の三行を短いと思うことは、もうない。 短かったのではない。畳んであっただけなのだ。

論考

縦書き

「指示・評価・判断だけ」がいちばん重い——見えない仕事は、決める人のところに溜まる

序

貢献を「手を動かした量」で測ると、指示し、評価し、判断する人は何もしていないように見える。実際、チームで互いの仕事を書き出すと、作業者の一覧は長く、決める側の一覧は数行で終わることが多い。家庭でも同じことが起きる。皿洗いや風呂掃除のように目に見える家事は数えられ、消耗品の選定や情報の調べ物、次に何をするかの段取りは数えられない。しかし数行で終わるのは、仕事が少ないからではなく、名詞一つに畳まれているからではないか。

問い:あなたのチームで「何をしているか分からない人」は、実際には何を抱えているか、本人以外が説明できるか。

展開

三つの仕事を開いてみる。指示は、口にする前に全体を知っていることが前提になる。誰が何を得意とし、いま何が変わりつつあり、誰に何を頼まないか。一行の指示は、その上に立っている。評価・理解は、相手の仕事を相手以上の解像度で読むことだ。成果物を、受け取る側の目で読み直す。これは自分の手を止めないとできない。判断は、情報が欠けたまま選び、外れたときの責任を引き受けることである。三つとも、成果物が残らない。残るのは「うまく回った」という状態だけで、うまく回るほど何もしていないように見える。

さらに厄介なのは、判断が一人に集まると、周囲が自然に指示を待つようになることだ。決める材料を持たない人は、先回りしようがない。材料の差は知識の差になり、知識の差は「ちょっと考えれば分かるでしょ」というすれ違いを生む。言う側には「ちょっと」の距離でも、言われる側には届かない距離になっている。

問い:あなたの職場で「なぜそうするのか」が分からないまま動いている人は何人いるか。その理由は、本人の意欲か、材料の不足か。

反証

もちろん、本当に何もしていない「決める人」もいる。判断を先送りし、評価を印象で済ませ、指示を丸投げで終える管理職だ。見えない仕事の重さを強調する議論は、そうした人の言い訳にも使える。また、手を動かす人の負担が現実に過大な場合、「判断も大変なのだ」という言い分は、配分の見直しを封じる口実になりうる。

問い:その人がいなくなった週に、何が止まり、何が止まらなかったか。

再構成

だから必要なのは、判断の重さを主張することではなく、畳んだ中身を開いて見せることだ。何を決めたか、なぜそう決めたか、何を断ったかを残し、共有する。材料が渡れば、周囲は先を読めるようになり、指示の量そのものが減る。指示・評価・判断「だけ」で仕事が回る状態は、決める人が楽をしている状態ではない。それ以外の仕事を委ねられるだけの材料を、周囲に渡し終えている状態である。その「だけ」を成り立たせるための準備と、選ぶたびに背負う責任こそが、いちばん重い。

問い:先月の判断のうち、理由まで含めてチームに伝わっているものはいくつあるか。

示唆

見えない仕事を見えるようにするいちばん確かな方法は、担い手を一度入れ替えてみることだ。数日でも代わりに決めてみると、一行の指示が何に支えられていたかが分かる。逆に、決める側が現場の作業を引き受けてみると、判断の材料がどれだけ現場に届いていなかったかが分かる。どちらも、書き出した一覧の短さでは測れないものを測る手段になる。

問い:あなたが不在の十日間に、あなたの「三行」を代わりに担える人はいるか。いないなら、何を渡せば担えるようになるか。

実務への含意

  • 業務を書き出すときは、指示・評価・判断を名詞一つで済ませず、「何を知っている必要があるか」「何を引き受けているか」まで分解して書く
  • 決めたことと、その理由・断ったことを、短くても定期的に共有する。判断の材料が渡ると、指示待ちは減る
  • 評価・理解のための時間を予定に入れる。作業の合間に「見る」と、受け取る側の目で読むことができない

参考文献

  • 『HIGH OUTPUT MANAGEMENT 人を育て、成果を最大にするマネジメント』アンドリュー・S・グローブ(日経BP)
  • 『マネジャーの実像 「管理職」はなぜ仕事に追われているのか』ヘンリー・ミンツバーグ(日経BP)
  • 『決定力! 正解を導く4つのプロセス』チップ・ハース、ダン・ハース(早川書房)

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