ショートストーリー
待機席の笑い声
論考
帳簿に載らない時間は、誰が払っているのか
序:見えない無駄は、削られもしない
組織が無駄を削るとき、手がかりになるのは帳簿である。人件費、在庫、設備の稼働率。数字になっているものは改善の対象になる。逆に言えば、数字にならないものは、どれほど大きくても議論の机に上がらない。
接客業の「待機時間」はその典型だ。客がつくまで給与を払わない仕組みにすれば、経営側から見た待機のコストはゼロになる。だが、コストが消えたわけではない。時間、交通費、そして「呼ばれない」ことによる消耗は、そのまま働き手の側に移っている。
問い:自社で「払っていないからコストではない」と扱っている時間は、誰が、何で払っているか。
展開:待合室を売場に変える
待機時間の価値を変える方法は、時給を戻すことだけではない。その場の性質を変えることもできる。
たとえば、待機する人たちの輪に、話し上手な進行役を一人置く。雑談を通じて、言葉の選び方や相手の名前の覚え方といった、どの職場でも使える技能を交換させる。輪が活気づけば、客の目はそこへ向く。人は、楽しそうにしている集団に関心を持つ。その場から誰でも呼べるようにしておけば、待合室は「見せる売場」に変わる。
ここで起きているのは、遊休資源の転用である。生産の現場で、流れの止まった工程を見つけ出し、滞留を価値の流れに変えるのと同じ発想だ。
問い:自社の「待ち時間」を顧客から見える場所に置いたら、何が起きるか。
反証:見せることの危うさ
もちろん、この方法には限界がある。
まず、待機の様子を見せることが格を下げる業態もある。舞台裏を見せないこと自体が価値になっている場合だ。次に、成果が進行役の力量に大きく左右される。場を仕切れない人を置けば、気まずさが増えるだけだ。さらに、待機中に学びや進行役を用意すれば、その時間は「指示の下にある時間」としての性格を強める。無給のまま続ければ、労務上の問題をかえってはっきりさせてしまう。
問い:その場を見せることで、失われる価値は何か。
再構成:払う理由が見えるようにする
反証を踏まえると、この方法の本当の効能は、売上の増加そのものよりも、「待機時間が価値を生んでいる」ことを経営側に見えるようにする点にある。
価値が見えれば、払う理由も見える。払っていなかった時間に再び対価を払うのは、温情ではなく、売場に立つ人への正当な支払いになる。働き手の側でも、待機が「呼ばれるのを待つだけの時間」から「技能を磨く時間」に変わる。一つの職場しか知らない人にとっては、別の職場でも通用するという手応えを得る入口にもなる。
問い:その時間の対価を戻したとき、損益はどう動くか。
示唆:コストの持ち主を確かめる
無駄が見えないのは、経営者が鈍いからではない。無駄の請求書が、別の人の手元に届いているからだ。改善の第一歩は、帳簿に載らない時間を数え直し、そのコストを誰が持っているかを確かめることにある。
問い:働き手に移したコストを自社に戻して数えたら、いくらになるか。
実務への含意
- 無給・未計上の時間を洗い出し、働き手の側で生じているコスト(時間・交通費・消耗)を一度金額にしてみる
- 待ち時間を顧客から見える場に変えられないかを検討し、見せることで失う価値と得る価値を比べる
- 待機中に学びや進行役を設けるなら、対価の扱いを先に決める(無給のまま「指示の下の時間」を増やさない)
参考文献
- 『ザ・ゴール』エリヤフ・ゴールドラット(ダイヤモンド社)
- 『影響力の武器』ロバート・B・チャルディーニ(誠信書房)
- 『ファシリテーション入門』堀公俊(日経文庫)