ショートストーリー
払える大きさ
論考
「自分で決めよう」の前に——決定は、引き受けられる責任の大きさでしか育たない
序:自己決定は幸福を左右する
所得や学歴よりも、「自分の意志で決めたかどうか」のほうが主観的な幸福感に強く影響する——そうした調査結果が知られている。進学先や就職先そのものより、その進路を自分で選んだという感覚が、人を支えるということだ。人は外から動かされるときより、自ら選んで動くときに力を発揮する。この指摘に異論は少ないだろう。
問い:あなたが最近「自分で決めた」と言い切れる仕事上の判断は、いくつあるか。
展開:決定と責任は表裏一体である
ただし、自己決定は「決めてよい」という許可だけでは成立しない。決めた結果を自分で引き受けられるとき、はじめて決定は決定になる。フリーランスを考えるとわかりやすい。何をいつやるかを誰からも指示されない。そのかわり、選択を誤って食えなくなれば、その結果は自分で負う。自己決定感が高いのは、自由だからというより、決定と結果が同じ人のところにあるからだ。責任を取れるからこそ、人は本気で選べる。
問い:あなたの決定が外れたとき、その代償を払うのは誰か。
反証:会社員に「自分で決めよう」は酷である
会社員の場合、構図は違う。権限は渡されても、結果の帰属は評価・予算・人事の仕組みが決める。失敗の傷は担当者の名前で残る一方、成功の果実は組織に吸収されやすい。決める手ごたえは渡されず、リスクだけが渡る。この非対称のもとで「自分で決めよう」と呼びかけても、無難な前例踏襲が返ってくるのは合理的な反応である。自己決定感が育たないのは、本人の意欲の問題ではなく、責任を取れない構造の問題だ。その意味で、「自己決定を大切に」という論調には少し無理がある。もっとも、だから決めなくてよいわけではない。翌日の服を前夜に決めるような、小さく自分で完結する決定は、誰にでも積み重ねられる。
問い:あなたの職場で「任せる」と言われた仕事に、結果の帰属まで含まれていたことはあるか。
再構成:決定の大きさを、責任の大きさに合わせる
鍵は、決定の大きさを、本人が引き受けられる責任の大きさに合わせることにある。組織の側は、権限移譲を「範囲」「予算」「結果の帰属」の三点セットで切り出す。外れたときにどこまでを上が引き受けるかを、先に言葉にする。個人の側は、自分が負える範囲を見極め、その内側では遠慮せず本気で決める。そして、引き受けた範囲で結果を出したら、範囲を少し広げてもらう。そのとき広がるのは権限だけでなく、背負う責任でもある。それを承知で広げていくことが、自己決定の力を育てる。
問い:いま上司に頼めば、結果ごと自分の名前で引き受けられる範囲はどこまでか。
示唆:自己決定感は、心の持ち方より「切り方」で決まる
自己決定感を、気の持ちようや習慣だけで高めるには限界がある。決定と責任を同じ人のところに置けるかどうか——それは多分に、仕事の切り分け方の問題だ。「決めていい」と言うのはたやすい。払える大きさに切って渡すまでが、任せるということである。
問い:あなたが部下に渡している「決めていい」は、払える大きさに切ってあるか。
実務への含意
- 権限を渡すときは「範囲・予算・結果の帰属」を一緒に渡し、外れたときに上がどこまで引き受けるかを先に明言する
- 自分が決められないと感じたら、「責任を取れる範囲はどこか」を上司とすり合わせ、その内側では本気で決める
- 引き受けた範囲で結果を出したら、範囲と責任をセットで少しずつ広げてもらう
参考文献
- 『人を伸ばす力——内発と自律のすすめ』エドワード・L・デシ、リチャード・フラスト(新曜社)
- 『身銭を切れ——「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質』ナシーム・ニコラス・タレブ(ダイヤモンド社)
- 『自由からの逃走』エーリッヒ・フロム(東京創元社)