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ショートストーリー
平均値の棚卸し
「提携は成功している。それを一枚で見せてくれ」
経営企画部長の久保は、そう言って倉田沙織の机に分厚いファイルを置いた。中堅部品メーカー・三輪精機は、この十二年で十四社と業務提携を結んできた。来月の経営会議では、次の大型提携の承認がかかっている。久保の欲しいものは明快だった。「提携は効く」という一枚のグラフである。
倉田は三日かけて数字を集めた。提携先と組んだ事業部の利益率は、単独で動いた事業部より平均で二ポイント高い。グラフはきれいに右肩上がりの棒を描いた。それで終わるはずだった。
引っかかったのは、営業二課の古参・森田が給湯室でこぼした一言だった。
「東邦さんとの提携ね。あれ、もう誰も得してないよ。やめるって言い出せる人がいないだけで」
倉田は十四の提携を、現場担当者への聞き取りで三つに分け直した。「うまくいっている」「可もなく不可もなく」「正直、重荷」。そしてそれぞれの利益率を並べた。
結果は、平均の棒が隠していたものを容赦なく見せた。うまくいっている四件は、単独事業を大きく上回る。可もなく不可もない六件は、単独とほぼ同じ。そして重荷の四件は、単独で動いた事業部よりはっきり低かった。調整会議、二重の承認、相手に合わせた仕様変更。提携しなければ払わずに済んだコストが、静かに利益を食っていた。
さらに締結年で並べ直すと、もう一つの傾向が出た。締結から三年以内の提携は、ほぼすべて「うまくいっている」に入る。五年を過ぎると「可もなく不可もなく」が増え、十年を超えて当初の熱量を保っているのは、十四件のうちわずか二件だった。
「これは出せない」
倉田の資料を見た久保は、眉間にしわを寄せた。
「平均ではプラスなんだ。それが事実だろう。わざわざ傷を見せて、次の提携を潰す気か」
「潰したいわけじゃありません」倉田は言った。「ただ、平均がいいから全部いい、ではないと思うんです。重荷の四件は、組まないほうがまだましでした。次の提携も、結んだ瞬間がいちばん良くて、放っておけば同じ道をたどるかもしれない」
「提携は信用の話だ。こっちから見直しなんて言い出したら、相手はどう思う」
「見直しを言い出せないから、重荷が十年続いたんじゃないでしょうか」
久保は黙り込んだ。東邦との提携を結んだのは、十年前の課長時代の久保自身だった。倉田はそれを知っていたが、口にはしなかった。
翌週、久保から呼び出しがあった。机の上には倉田の三分割のグラフが印刷されていた。余白に久保の字で、いくつも書き込みがある。
「経営会議では、これを出す」
倉田は顔を上げた。
「ただし、提案を一つ足す。全提携について、年に一度、現場の満足度を聞く。重荷が二年続いたら、条件の見直しか、きちんとした終わらせ方を相手と話す。次の大型提携の契約書にも、最初からそれを書き込む」
「東邦さんは……」
「俺が行く」久保は短く言った。「結んだ人間が行くのが筋だろう」
経営会議で、久保は平均値のグラフを一枚目に出し、すぐに二枚目に切り替えた。会議室が少しざわついた。だが、大型提携は「年次の関係棚卸しを条件に」承認された。
帰り際、森田が倉田の席に寄った。「部長、東邦さんに電話してたよ。来月、腹を割って話そうってさ」
倉田は窓の外に目をやった。結ぶときの握手は、写真に残る。続けるための握手は、誰にも見えないところで、何度も交わし直すものなのかもしれない。
論考
平均値は関係の質を語らない――提携・協業の「幸福度格差」をどう管理するか
## 序:平均値が描く安心な物語
「提携した事業は、単独の事業より成果が高い」。こうした集計結果は、協業を推進する側にとって心強い根拠になる。実際、平均で比べれば多くの組織でこの命題は成り立つだろう。しかし平均値は、集団の中にある分布を一つの数字に押しつぶす。良い関係と悪い関係を足して割った値は、どちらの実態も表していない。
問い:自社の協業成果を「平均」以外の切り口で集計したことはあるか。
## 展開:関係の質で分けると格差が現れる
協業案件を、当事者の関係満足度で「良好」「普通」「不満」に分けて成果を比べると、構図は一変する。良好な関係は単独を大きく上回り、普通の関係は単独と大差がなく、不満を抱えた関係は単独をも下回る。調整コスト、意思決定の遅れ、相手に合わせた妥協が、組まなければ発生しなかった損失を生むからだ。つまり「組むこと」自体が価値を生むのではなく、「良い関係を保てた一部」が平均を押し上げている。さらに関係満足度は時間とともに低下しやすい。締結直後の高揚は数年で薄れ、長期にわたって満足を保つ関係はごく少数にとどまる。
問い:締結からの経過年数別に、協業の満足度と成果はどう推移しているか。
## 反証:分けて見ることの危うさ
もっとも、満足度で切り分ける分析には限界もある。成果が悪いから満足度が下がるのか、関係が悪いから成果が落ちるのか、因果の向きは単純ではない。また現場の満足度は、担当者の交代や個人的な相性にも左右される。短期の不満を理由に関係を見直せば、長期でしか実らない協業の芽を摘む恐れもある。「平均ではプラス」という事実は、それ自体として軽視すべきではない。
問い:満足度の低下が成果悪化の原因か結果かを、どのデータで切り分けられるか。
## 再構成:関係は「結ぶもの」から「運営するもの」へ
それでも示唆は明確だ。協業は締結時点で価値が確定する取引ではなく、継続的な調整を要する運営対象である。業務の進め方、意思決定の分担、利益の配分、優先順位といった幅広い領域で、すり合わせは関係が続く限り終わらない。そして運営が機能しない関係については、条件の見直しや「終わらせ方」を事前に用意しておくことが、双方の損失を抑える。退出の選択肢が見えないことが、不満な関係を長期に滞留させる大きな要因になるからだ。
問い:自社の協業契約には、関係の定期見直しと円満な終了の手続きが明記されているか。
## 示唆:分布を見て、関係を手入れする
意思決定者に求められるのは、平均値の安心感に頼らず、分布と時間軸で関係を観察する習慣である。良い関係は放っておいても続くものではなく、手入れによって維持される。そして手入れが届かない関係からは、敬意をもって距離を取る判断も経営の責任に含まれる。
問い:いま最も「やめると言い出せない」協業はどれか。
### 実務への含意
- 協業・提携の成果は平均値だけでなく、関係満足度別・経過年数別に分解して定期的に報告する
- 年に一度の「関係の棚卸し」を制度化し、当事者双方の満足度と調整コストを可視化する
- 新規契約の段階で、見直し条件と円満な終了手続きをあらかじめ合意しておく
### 参考文献
- 『平均思考は捨てなさい――出る杭を伸ばす個の科学』トッド・ローズ(早川書房)
- 『FACTFULNESS(ファクトフルネス)――10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド(日経BP)
- 『ALLIANCE アライアンス――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』リード・ホフマン、ベン・カスノーカ、クリス・イェ(ダイヤモンド社)