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ショートストーリー
階段の段数
会議室の椅子は、二十脚のうち十六脚が空いていた。
北星テクノの主任研究員・鏑木遼は、スクリーンに映した周波数特性のグラフを見つめたまま、数秒だけ黙った。三か月前、新型振動センサー「MR-7」の社内勉強会を始めたときは、立ち見が出るほどだった。四回目の今日、来ているのは営業部の若手が三人と、サポート部門の課長がひとり。
「……では、続けます。この谷が出る条件ですが」
終了後、片づけを手伝ってくれたのは、入社三年目の沢井だけだった。鏑木は礼を言い、それから、聞くべきではないかもしれない質問をした。
「正直に言ってくれ。どのへんで、わからなくなる」
沢井は少し迷って、資料の四枚目を開いた。
「十二分くらいです。ここで『共振点をずらす』という言葉が出てきて、そこから先は、文字を目で追っているだけでした」
「その前のページで、共振の説明はしている」
「はい。読みました。でも、読んだのと、わかったのは、別でした」
鏑木は資料を受け取り、四枚目を見た。自分では、これ以上ないほど丁寧に書いたつもりのページだった。
翌週、営業部長の戸倉が研究棟に上がってきた。MR-7の提案書に技術説明を載せたいという。鏑木が原理から書いた三ページを渡すと、戸倉は最後まで読まずに顔を上げた。
「鏑木さん。うちの客が知りたいのは、これを入れたら、月に何回止まっていたラインが、何回になるか。それだけです」
「原理を知らずに売れば、条件の違う現場に入れて事故になる」
「事故を防ぐのはこちらの仕事です。でも、読まれない三ページは、誰も守りません」
鏑木は黙った。戸倉の言うことは、半分は正しくて、半分は間違っていると思った。だが、どちらの半分なのかを、うまく言葉にできなかった。
その月末、鏑木は総務が開いた社内規程の改定説明会に出た。契約審査のフローが変わるという。前のほうの席に座り、十分でメモを取るのをやめた。二十分で、自分が何を聞いているのかわからなくなった。用語がわからないのではない。ひとつひとつの言葉は、意味を知っている。ただ、その言葉と言葉の間が、どうしてもつながらない。
説明していた法務の担当者は、間違ったことを何ひとつ言っていなかった。丁寧で、正確で、そして、まったく届かなかった。
会議室を出たとき、鏑木は自分の資料の四枚目を思い出した。
その晩、鏑木は自宅の押し入れから、学生時代の実験ノートを引っ張り出した。埃をかぶった三冊目の、真ん中あたり。共振という言葉に赤で丸がついていて、余白に「なぜ揺れが大きくなる? ばねの絵で考える」と、自分の字で書いてあった。日付をたどると、そこで三週間止まっていた。
自分にも、わからなかった時期がある。それも、かなり長く。
鏑木は資料を作り直した。四枚目の前に、五枚を差し込んだ。ブランコを押すタイミングの話。金属の板を指ではじく話。揺れが揃うと大きくなる話。どれも技術者には冗長で、書きながら何度も削りたくなった。削らずに残した。
五回目の勉強会に来たのは、五人だった。増えてはいない。
ただ、終わったあと、沢井が言った。
「今日は、最後まで一緒に来られました」
二週間後、沢井は担当先の工場でMR-7の説明をした。同行した鏑木は、口を挟まなかった。沢井はブランコの話から始めて、そのあと、鏑木の言葉ではなく自分の言葉で、共振点をずらすということを説明した。細かいところは、いくつも間違っていた。それでも、相手の設備課長は最後まで頷いていて、質問をひとつした。その質問は、確かに導入を検討する側の人間の質問だった。
帰りの車で、沢井が「間違えました」と言った。鏑木は「三か所だ」と答え、それから、直すのは次でいい、と付け加えた。
階段は、上りきってしまった者からは見えない。自分がどこでつまずいたのか、印を残しておいた者だけが、もう一度その高さを測ることができる。
論考
わかりやすさは才能ではなく設計である
知識の量と、それを他人に届ける力は、別の能力である。この二つはしばしば同じ人物の中で共存するが、片方が伸びたからといって、もう片方が自動的に伸びることはない。むしろ逆のことが起きる。深く知るほど、知らない人の立っている位置が見えなくなる。伝わらなかったとき、その原因を聞き手の理解力に帰属させた回数を、あなたは数えられるだろうか。
理解は跳躍ではなく、階段を上る運動に近い。ある知識から別の知識へ移るには、その間に何枚の踏み板が必要かという問題がある。専門性の高い人は、自分がその階段を大股で、ほとんど無意識に上っている。だから段差そのものが視界から消える。さらに厄介なのは語彙の偏りだ。日常的に会話する相手が同質な集団に閉じるほど、使う言葉と前提の置き方が、その集団の内側に最適化されていく。過去一か月で、自分の専門分野を専門外の人に説明した回数を、あなたは具体的に挙げられるだろうか。
ただし、「わかりやすさ」を無条件の善とするのは危うい。段数を増やせば所要時間は伸び、すでに知っている聞き手にとっては冗長を通り越して失礼になる。噛み砕く過程で条件や例外が落ち、正確さが削られることもある。さらに深刻なのは、うまく設計された階段が「わかった気」を生み、実行段階で誤用を招く場合だ。説明後に聞き手が「わかった」と答えた割合と、実際に正しく行動できた割合の差を、あなたの組織は測定しているだろうか。
だとすれば、目指すべきは「わかりやすくすること」そのものではない。相手の現在地を測ることである。階段は絶対的な設計物ではなく、聞き手ごとに始点が違う。同じ資料が、ある相手には冗長になり、別の相手には飛躍だらけになる。最も安価な測定方法は、理解できたかを尋ねることではなく、脱落した地点を尋ねることだ。「どこがわからなかったか」は答えにくいが、「何分目で追えなくなったか」なら答えられる。あなたの説明資料には、聞き手の脱落地点を記録する仕組みが埋め込まれているだろうか。
そして、段差を刻み直すための最良の材料は、外部にはない。自分自身が学び始めた頃の記録である。どこで三週間止まったか、何の比喩で腑に落ちたか。それは他人の理解の軌跡ではないが、少なくとも「その分野を知らなかった人間」が残した唯一の一次資料だ。捨ててしまえば、二度と手に入らない。あなたは、自分がその分野の初心者だった頃の記録を、まだ持っているだろうか。
**実務への含意**
- 説明の評価指標を「満足度」から「脱落地点」に変える。研修や勉強会の後、理解度ではなく「何分目で追えなくなったか」を回収する。
- 半期に一度、自分の専門を完全な専門外の相手に説明する場を意図的に作る。家族でも、他部門でも構わない。通じなかった箇所が、そのまま段差の位置を示す。
- 新人が最初につまずいた質問を、破棄せずに記録として蓄積する。熟練者には自明でも、それは組織が二度と自力では作れない「わからなかった側の資料」である。
### 参考文献
- 『「分かりやすい説明」の技術 最強のプレゼンテーション15のルール』藤沢晃治(講談社ブルーバックス)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4062573873?tag=digitaro0d-22)
- 『わかりやすく〈伝える〉技術』池上彰(講談社現代新書)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4062880032?tag=digitaro0d-22)
- 『アイデアのちから』チップ・ハース、ダン・ハース(日経BP)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4822246884?tag=digitaro0d-22)
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