ショートストーリー
一万円の通り道
論考
需要は囲い込むほど細くなる――「外に出るお金」より「どの段に残るお金」を見る
序:供給網の裏には、需要の連鎖がある
国でも地域でも企業でも、苦しくなると「まず自分たちを」という囲い込みの発想が強まる。外に出している仕事を手元に戻し、外に払っているお金を内側に留めようとする。このとき見られているのは、たいてい供給網(サプライチェーン)だけだ。しかし供給網の裏には、もう一本の鎖がある。誰かの支出は誰かの所得になり、その所得がまた次の支出になる。最終製品への注文は、部品、素材、設備、電力へと川上に向かって次々に需要を生む。いわば需要の連鎖である。
問い:自社の売上一件が、社内外のどこに何円ずつ落ちているかを、伝票レベルでたどれるか。
展開:連鎖が長いほど、専門化が進む
需要の連鎖が外に向かって開いていると、何が起きるか。古くから知られているのは、分業の深さは市場の大きさに制限される、という原理だ。客が町の中にしかいなければ、一社が何でもこなすしかない。外から仕事が来るようになって初めて、一つの工程に専念でき、専念するから腕が上がり、腕が上がるからさらに仕事が来る。市場の広がりと専門化が互いを押し上げる、累積的な循環である。
問い:自社の最も得意な工程は、社外からの需要にどれだけ支えられているか。
反証:連鎖は無限には膨らまない
とはいえ、囲い込みの側にも理屈はある。連鎖には必ず漏れがある。所得の一部は貯蓄や税に回り、一部は外部への支払いとして出ていく。外に払った分は、外の誰かの所得になる。だから「つなげばつなぐほど需要は際限なく膨らむ」ということはない。連鎖の効果は、漏れの分だけ段ごとに薄まり、どこかで頭打ちになる。加えて、外注先の値上げや供給の途絶は現実のリスクだ。取引の段数が増えても、それだけで豊かになるわけでもない。
問い:主要な外注先が止まったとき、代わりを立てるまでに何か月かかるか。
再構成:争点は「つなぐか閉じるか」ではない
本当に見るべきは、連鎖を閉じるか開くかではなく、連鎖の各段で生まれる付加価値が、どこに落ちているかである。囲い込みで取り戻そうとするのは、多くの場合、付加価値の薄い段だ。薄い段を手元に戻しても、残るお金はわずかしか増えない。一方、自社が最も厚い付加価値を持つ段を、より広い需要につなげれば、外に出るお金が増えても、手元に残るお金はそれ以上に増えうる。支払先が、同時に自社の顧客である例も珍しくない。
問い:内製化で取り戻そうとしている工程の付加価値率は、自社で最も厚い工程と比べてどうか。
示唆:囲い込む前に、通り道を描く
外に出ていくお金は目に見えやすく、戻ってくるお金は見えにくい。だから囲い込みは、いつも直感的に正しく聞こえる。判断の前に必要なのは、一件の売上が通る道筋を描き、段ごとに何が残っているかを確かめることだ。そのうえで守るべき段と、開くべき段を分ける。囲い込みは手段であって、目的ではない。
問い:自社の主要な支払先のうち、自社の顧客でもある先は何社あるか。
実務への含意
- 内製化・取引先の切り替えを検討するときは、外に出る総額ではなく、工程ごとに社内に残る付加価値で比べる
- 支払先と販売先を突き合わせ、相互に依存している取引先を把握してから、関係の見直しを決める
- 守りの内製化より先に、自社の最も厚い工程を外部の需要につなぐ営業を検討する
参考文献
- 『国富論(上)(中)(下)』アダム・スミス著、山岡洋一訳(日本経済新聞出版、日経ビジネス人文庫)
- 『グローバル・バリューチェーン――新・南北問題へのまなざし』猪俣哲史(日本経済新聞出版)
- 『世界経済 大いなる収斂――ITがもたらす新次元のグローバリゼーション』リチャード・ボールドウィン著、遠藤真美訳(日本経済新聞出版)