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ショートストーリー

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一万円の通り道

三輪精工の朝礼で、専務の三輪拓也がホワイトボードに大きく書いた。 「地元で作り、地元で回す」 県外の協力会社に出しているメッキと切削の外注を、来期からすべて社内か地元の業者に切り替える。外に払っている年間八千万円を、町の中に留める。拓也の言葉に、何人かが頷いた。駅前の商店街のシャッターが一枚ずつ下りていくのを、皆が見てきたからだ。 経理の森下早苗だけが、手元の電卓を見つめていた。数字が合わないのではない。数字が足りない気がしたのだ。 その夜、早苗は一枚の受注伝票を選んだ。取引先から入った一万円分の部品の注文。その一万円がどこへ流れていくのかを、仕入れ伝票と原価表をたどって書き出してみた。材料の鋼材に二千四百円、県外のメッキ業者に千八百円、電気代に六百円、運送に四百円。残りが社内の人件費と利益になる。 拓也の言う通り、千八百円は町の外へ出ていく。けれど早苗の目を引いたのは、その先だった。県外のメッキ業者・東光化工は、三輪精工の研磨部門にとって、二番目に大きな客でもあったのだ。東光化工が三輪に払う研磨代は、三輪が東光化工に払うメッキ代より多かった。 翌週の会議で、早苗はこの「一万円の通り道」を一枚の図にして配った。 「外に出ていくお金は、確かにあります」と早苗は言った。「でも、出ていった先から、また戻ってきているお金もあります」 拓也は図を一瞥して首を振った。 「理屈はわかる。でも、戻ってくる保証はない。外の会社は、いつでもうちを切れる。だから自分たちで握れるところは握る。それが経営の筋だろう」 拓也の言い分も間違ってはいなかった。外注先の急な値上げに泣かされたことは、一度や二度ではない。会議室の空気は、どちらにも傾かないまま重くなった。 沈黙を破ったのは、研磨部門の岩城だった。四十年、ほとんど磨きだけをしてきた男である。 「若い頃のこの会社はな、何でもやってた。切って、削って、磨いて、塗って。客が町の中にしかいなかったからだ。全部やらなきゃ、仕事にならなかった」 岩城は自分の手のひらを見た。 「わしが磨きだけやってられるようになったのは、よそから磨きの仕事が来るようになってからだ。磨きだけやってたから、磨きがうまくなった。うまくなったから、また仕事が来た」 「外を切ったら、どうなりますか」と早苗が訊いた。 「また何でも屋に戻るんだろうな。何でもできて、何もうまくない会社に」 拓也はしばらく黙っていた。それから早苗の図を、もう一度手に取った。 「この図で、うちに一番お金が残っているのはどこだ」 「研磨です」と早苗は答えた。「メッキを社内に戻しても、うちに残るのは一万円あたり数百円です。でも研磨の仕事を外から一件増やせば、千円以上残ります」 外注をやめる計画は棚上げになった。代わりに拓也が始めたのは、研磨の仕事を県外の会社に売り込む営業だった。最初に訪ねたのは、切るはずだった東光化工である。 半年後、研磨部門には新しい機械が一台入り、岩城の下に若手が二人ついた。町の外へ出ていくお金は、むしろ前より増えた。それでも三輪精工に残るお金は、それ以上に増えていた。 早苗は今も、ときどき一枚の伝票を選んで、その一万円の通り道をたどっている。 お金は、囲い込んだ場所ではなく、行き来する道の途中で育っていく。

論考

縦書き

需要は囲い込むほど細くなる――「外に出るお金」より「どの段に残るお金」を見る

序:供給網の裏には、需要の連鎖がある

国でも地域でも企業でも、苦しくなると「まず自分たちを」という囲い込みの発想が強まる。外に出している仕事を手元に戻し、外に払っているお金を内側に留めようとする。このとき見られているのは、たいてい供給網(サプライチェーン)だけだ。しかし供給網の裏には、もう一本の鎖がある。誰かの支出は誰かの所得になり、その所得がまた次の支出になる。最終製品への注文は、部品、素材、設備、電力へと川上に向かって次々に需要を生む。いわば需要の連鎖である。

問い:自社の売上一件が、社内外のどこに何円ずつ落ちているかを、伝票レベルでたどれるか。

展開:連鎖が長いほど、専門化が進む

需要の連鎖が外に向かって開いていると、何が起きるか。古くから知られているのは、分業の深さは市場の大きさに制限される、という原理だ。客が町の中にしかいなければ、一社が何でもこなすしかない。外から仕事が来るようになって初めて、一つの工程に専念でき、専念するから腕が上がり、腕が上がるからさらに仕事が来る。市場の広がりと専門化が互いを押し上げる、累積的な循環である。

問い:自社の最も得意な工程は、社外からの需要にどれだけ支えられているか。

反証:連鎖は無限には膨らまない

とはいえ、囲い込みの側にも理屈はある。連鎖には必ず漏れがある。所得の一部は貯蓄や税に回り、一部は外部への支払いとして出ていく。外に払った分は、外の誰かの所得になる。だから「つなげばつなぐほど需要は際限なく膨らむ」ということはない。連鎖の効果は、漏れの分だけ段ごとに薄まり、どこかで頭打ちになる。加えて、外注先の値上げや供給の途絶は現実のリスクだ。取引の段数が増えても、それだけで豊かになるわけでもない。

問い:主要な外注先が止まったとき、代わりを立てるまでに何か月かかるか。

再構成:争点は「つなぐか閉じるか」ではない

本当に見るべきは、連鎖を閉じるか開くかではなく、連鎖の各段で生まれる付加価値が、どこに落ちているかである。囲い込みで取り戻そうとするのは、多くの場合、付加価値の薄い段だ。薄い段を手元に戻しても、残るお金はわずかしか増えない。一方、自社が最も厚い付加価値を持つ段を、より広い需要につなげれば、外に出るお金が増えても、手元に残るお金はそれ以上に増えうる。支払先が、同時に自社の顧客である例も珍しくない。

問い:内製化で取り戻そうとしている工程の付加価値率は、自社で最も厚い工程と比べてどうか。

示唆:囲い込む前に、通り道を描く

外に出ていくお金は目に見えやすく、戻ってくるお金は見えにくい。だから囲い込みは、いつも直感的に正しく聞こえる。判断の前に必要なのは、一件の売上が通る道筋を描き、段ごとに何が残っているかを確かめることだ。そのうえで守るべき段と、開くべき段を分ける。囲い込みは手段であって、目的ではない。

問い:自社の主要な支払先のうち、自社の顧客でもある先は何社あるか。

実務への含意

  • 内製化・取引先の切り替えを検討するときは、外に出る総額ではなく、工程ごとに社内に残る付加価値で比べる
  • 支払先と販売先を突き合わせ、相互に依存している取引先を把握してから、関係の見直しを決める
  • 守りの内製化より先に、自社の最も厚い工程を外部の需要につなぐ営業を検討する

参考文献

  • 『国富論(上)(中)(下)』アダム・スミス著、山岡洋一訳(日本経済新聞出版、日経ビジネス人文庫)
  • 『グローバル・バリューチェーン――新・南北問題へのまなざし』猪俣哲史(日本経済新聞出版)
  • 『世界経済 大いなる収斂――ITがもたらす新次元のグローバリゼーション』リチャード・ボールドウィン著、遠藤真美訳(日本経済新聞出版)

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